39 モブ赤面する
>お嬢…やらかしたな 男心を軽視した結果だぞ
アルが部屋から去った後、【記憶】からの指摘にぐうの音も出なかった。
おそらく恋心を気付かせることに成功したものの、アルの答えは想像外だった。
アルの、言わんとすることは分かる。
…愚弟はミリベルちゃんの隣にふさわしくないと思っている。
その原因が何なのか私にはわからないが、何にせよ今すぐ出来るものではないのだろう。
>お嬢が 似合わない恋のキューピッドをするからだ
>うっさいわね
>あー弟君 鈍感かと思いきや何か抱えてるタイプだったな…ありゃ、ケリーちゃんも無理だろう
私は否定できなかった。
>特典のせいかもね
【記憶】に伝えた。
何時からかアルには奇妙な特典が付いていた。
>なんだそりゃ
>【妖精からの狂愛】
>物騒な名前だな 何の意味がある?
>さあ…? でも好ましいものじゃないことはハッキリしてる
現王家に政権を取らせ、旧都の諸侯を跳ねのけた臓腑公が持ってたものだから
>ドギツイ別称だな んな猟奇な名乗りで通じるってどんな人物よ?
>平民出身の男。傭兵上がりで仕えた家を滅ぼして乗っ取った。
そのまま将軍家を討ち払い、旧王家に止めを刺した。うん、化け物ね
>コッテコテの立身出世と下剋上の極みだな。一代で?
>そ、しかもウラージの縁戚にまでなってる
>うへあ
>子供はいなかったらしいけど
>はー、それでもおすごいことで なんで臓腑?
>ピンクの頭髪と、若い時から敵の処刑を腹を捌て殺すことにしてたかららしいわね
>そんな蛮族が持ってたような特典ならいわくつきって言われるわな
【記憶】はそこで言葉を切った。彼は、間を開けてから言う。
>ま お節介もここまでだろうよ。お嬢、上の弟君の人生だ 姉が出しゃばる必要もなかろう
>……うん
【記憶】の言うとおりだ。
>意外とお嬢が恋愛脳で俺 びっくり
が、直後に【記憶】は私をバカにしたように言う。
>ほんと あんたムカツク言い方するわね…
>そうか? あーなら、お嬢があの無表情と付き合っちまいな
>なんでボイドを出すのよ! 話の流れ関係ないでしょ!
>え? あの表情死亡野郎、今は平民だろ? お嬢の相手として充分だろ
>異議あるんだけど 何でよ?!
私が質問すると【記憶】は淡々と答える。
>第一に身分差が無い 第二に格好は悪くない 第三で少なくともお嬢より強い
うっとなる。
>婚活では悪くねーべ、金も伯爵の庭師ならある程度の収入有るだろうし…
>アンタね
>まあ、冗談だ。表情キツイ同士だからお似合いとは思うが
>ほんと、アンタに体があったらぶっ叩いてるのに…
>DVはいかんぞ お嬢
そんな冗談を交わした翌朝。
ケリーちゃんが何故か期待のまなざしで私を見るが回避しつつ、仕事に励む。
なんだかんだで、臨時の仕事も後わずか。
私は気を抜いていた訳ではないが、多少緩んでいた。
…もう、騒動のど真ん中にいたと言うことを私はすっかり忘れていた。
「モニカさん」
廊下で燭台の点検をしていると、ミリベルちゃんが話しかけてきた。
若干気まずい気分で彼女を見る。
「おはよう、ミリベルちゃん」
返事を返すと、ミリベルは嬉しそうに言う。
「今日、久しぶりにアルと普通に話せたんです」
「そう、よかった」
「ええ、モニカさんのおかげです。やっぱり私、アルが好きです」
ミリベルちゃんの発言に、顔が引きつりそうになる。
今さら、自分のおお節介がとんでもない失敗のように思えてきた。
いや…違う。アルが根性無しだから悪いのだ。
そう自分に言い聞かせながら、私は返事を返す。
「頑張って、応援してるから」
「はい!」
うれしそうなミリベルちゃんに、罪悪感を私は覚えた。
昼食を囲もうとすると、ケリーちゃんに呼びとめられた。
別宅と本宅を繋ぐ渡り廊下である。遠くには私兵の詰める離れが見える場所だ。
「…モニカさん!ピンチなんです!」
気まずい気持ちを押し殺しつつ、ケリーちゃんに私は向き直る。
まかないは、この分だと無理っぽいな…
「どうしたの?」
自分でも意識してしまうほど作った声だったが、ケリーちゃんは気にした様子も無く言った。
「ミリベル様が、アル君の攻略に本気出したんです」
「ああ、そうね」
ちょっと気圧されるケリーちゃんの調子にやや引いた。
ジトっとケリーちゃんは私を見る。
「聞けば、モニカさんが焚きつけたとか…」
「う…ごめん。聞いちゃった」
素直に謝罪すると、ケリーちゃんは拗ねたように言う。
「分かってますよ。そりゃ、モニカさんも私よりミリベル様の方が付き合い長いですし」
責められてるので、心が痛かった。
「でも、アルはまだ誰とも付き合う気が無いみたい」
逃げるように、私が言うとケリーちゃんは驚いた。
「ええ?!」
「私も問いただしたんだけど、その…なんていうか…」
歯切れが悪くなるが、実際答えようもないのだから仕方ない。
本人の問題だし、困っていると意外な声がした。
「ケリー、メイド長が呼んでいる。出入りの美術商の相手をしろとのことだ」
二人して振り返った。
見れば、食客の離れから歩いてきたらしいボイドだった。
「あ、はい」
「使用人の詰め所にいなくて俺が呼ばれた。早く行け、待ってるらしい」
ケリーちゃんは不完全燃焼な顔をする。
彼女は私に小声で言いつつ、本宅へと向かった。
「今夜、色々と作戦の相談させてください」
返事を返す間もなく、ケリーちゃんは本宅へと消えていく。
私は、ボイドに振り返り礼を言った。
「伝言ありがとう。別の意味でも助かったわ」
「……別の意味?」
あッと、私は失言に気がついた。
ボイドは無表情だ。色恋にどうかなるタイプだと思えない。
こいつなら話しても大丈夫だと思った私は、正直に話すことにした。
「彼女、私の弟に惚れてるみたいで」
「アルジャーノンに?」
ボイドの口調は以前のままだ。
「みたいよ」
「そうか。本人はミリベルに無視されてへこんでいたが…横恋慕か?」
私も表情豊かな方ではないが、無表情で言われるとくるものがある。
「……それも違う。ミリベルちゃんも、弟が好きなんだけど」
私が答えると、ボイドは察したようだ。
「ミリベル嬢はフレイザー姉弟の幼馴染だったか?」
「ええ。それこそ近所だったけど、うちの弟は付き合う気が無いといってるのよ」
「結婚したくないと?」
ぶっきらぼうの物言いだが、事実だ。
「身分とか気にしてるみたいよ」
そう言ってしまったと、私は再度の失言に気がついた。
ボイドの表情は変わらない。
「身分か、そうだな。重要だろう、伴侶を得たり養うのに重要だ」
ずれた回答で私はホッとした。
彼のコミュ症は直ってないようである。
この直後、ボイドは爆弾発言を繰り出した。
「モニカこそ考えなければならないのでは?」
「な――」
絶句、そして羞恥心が湧きあがった。
まさか、無表情から言われるとは。
「違うか?」
「余計なおせっかいよ!私は、フツーの家庭が目標なんだから!」
ボイドは失言に気がついたようだ。
「失礼した」
そう言うが、私は恥ずかしいやら情けないやらでまともにボイドの顔が見れなかった。
「あんたは、どうなのよ!誰か気になる人いないの?!」
暴発気味に私が言うと、ボイドは無表情のまま答えた。
「君が気になってるけど?」
私は、無表情から逃げ出した。