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36■ 無表情と庭師

 バンタン家でなくなった俺は、ファットマンの屋敷の庭師見習いをしていた。

 俺がが家を出ていく際に多少の波乱はあったものの、ファットマンの屋敷に身を寄せてからは何も起きていない。俺はそのことを、極力考えないようにしていた。

 

…庭師から頼まれていた肥料は、混ぜ合わせ終わった。

 

 立ち上がると、俺は次の仕事を思い出す。

 雑草取りは終わってる。

 年老いた庭師の師匠から、午後の庭園の水やりをやれと言われていた。

 俺は錫めっきのジョウロを片手に、庭園を歩いて回っった。


 空は晴れていた。


 綿雲が多いものの、日差しに陰りは無い。師匠に教えられた通り淡々と水をまいていく。

 どたどたと音がする。

 振り返れば、ファットマンの私兵が取り立てに出ていくようだ。

 大変だな、人ごとゆえそんな感想を思いながら、仕事を続ける。

 



 しばらく回ると、水をやり終えた。

 根腐りを起こすもの以外は、言われたとおりに出来ただろう。

 俺は自分の仕事のやりのこしが無いか確認すると、庭師の離れへと戻った。


「ボン、どうだった?」


 庭師の老人―――今の俺の師匠が、珈琲片手に俺に質問してくる。

 

「師匠。何もありませんでした」


「ん、ならいい。虫よけ剤は明日やろうや」


「はい」


 返事をすると、老人はしわくちゃの目元で俺を見る。


「ボン、仕事は慣れたか?」


「覚えることばかりです」


 そう答えると、老人は俺の分の珈琲を出す。


「まあ、ボンはそうだろうな」


 俺は老人である師匠を見る。

 俺をボンと、坊っちゃん呼びする彼。

 彼は昔冒険者だったと言う。どうにも昔俺の祖父か大叔父に世話になったと言う。


「俺は、戦後はずっとこれだ。土魔法だってことでな、先代がいきなり庭師として雇ってよう」


 なつかしむように、彼は言う。

 先代なら、ハムブルグ伯からファットマン伯になった頃か。


穴倉ダンジョンでは壁、戦場じゃ穴掘ってばっかだったな。ボンは雷だろう?派手でいいなあ」


「……そうでもないです」


 決闘にてモニカに鎧を切られた事は今でも覚えている。

 衝撃だった。女だと侮りこそしなかったが、敗北は事実である。

 体一つで鎧斬りをやった彼女が気にならない筈が無かった。

 そして、自分が魔法に頼りすぎていたことも痛感した。


「いいや、雷ってのは恐ろしい。戦場で見たそりゃバンダンの連中は恐ろしかったもんさ」


 俺は、意外な言葉を聞いた。


「師匠は、実家と争ったことが?」


「んにゃ、そらねえ。王都の連中と決戦する時にな。おら24でよ、先代と陣におったんだわ。あんときゃ心底味方でよかったと思ったもんよ」


 師匠の昔話は、面白い。

 俺の知らない、今の小競り合いでは無い貴族同士が熾烈に争った時代を師匠は知っている。

 また穴倉ダンジョンでの冒険譚も、俺は良いこそしないが好きだった。


「師匠も強いではないですか」


 俺は知ってる。彼が、私兵どもより強いのを。

 おそらく今の俺よりも強い。


「ボンに褒められると困るなあ」


 そう、師匠は笑う。


「けどなあ、ボン。戦場で生き残るのはどういう奴か知ってるか?」


 いきなりの質問だった。俺はしばらく考え、答えた。


「運のいい奴でしょうか」


「そう。それも生きるわな。あと、貴族の当主も死ににくい」


 過去を振り返るように師匠は言いい、それから答えを言った。


「後は、"死ねない奴"だ」


「はあ」


 師匠の目つきが少し厳しくなる。


「今の家の兵どもの中なら、フレイザーだろうよ。あの手の奴はそうそう死ねん」


 俺は、モニカの弟の名が出て驚いた。

 本人からも、モニカの血縁だと聞いてはいたが…


「何故です?」


「ボン、それは呪われてるからだ。あんなステータスの持ち主がまともであるか?」


 はっきりと彼は言った。


「いるんだよ、アレみたいなやつがな」


 俺はよくわからないまま、師匠を見る。


「何も起こらないといいんだがなあ。あの手のヤツは争いを呼びやがる」


 師匠は珈琲を置くと言った。


「ボンも気をつけろよ」


「はい」


 俺はそう答えつつ、珈琲を飲んだ。

 苦いが美味かった。


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