35 モブと無表情
弟とミリベルちゃんをくっつけよう。
そう決めたものの、その計画はすぐに失敗した。
その理由はと言うと…ケリーちゃんに呼びとめられ、言われたセリフからだった。
「モニカさん、お願いです。アルくんとお付き合いする為に手伝ってください!」
露骨に顔が引きつるのが分かった。
場所は、お昼休憩を終えた庭園である。私は庭師を呼びに行く途中で、ケリーちゃんに呼び止められた。
「……えっと、その?ケリーちゃんは、アルの事好きなの?」
「はい!その、ミリベル様がモニカさんにアルくんの事相談したって聞いて、居てもたってもいられず」
>恐るべし、メイドの口コミ力
【記憶】の言うとおりだった。
彼女に仔細は伏せて話して筈だが、もうケリーちゃんまで伝わってるとは。
「いや…あんまり私、何も出来ないって言うか…」
ケリーちゃんが以外と行動派で驚いた。
「それでも、お願いします!メイド長の仕事終わらせたら、また話します!」
彼女は、バタバタと走り去る。
「……えー」
私はぽつねんと残された。
え?何、私、今…弟の恋人を選べる立場にいるわけ?
無いわ、無い。
庭師への呼び出しはすぐ終わった。
メイド長からの呼び出しを伝えると、庭の隅の小屋で待機していた庭師も心得たもので、すぐ出て行った。
「パーティーの花の相談だろうよ」
そう庭師は言う。伯爵夫人がいないファットマン家ではメイド長が女主人の役割を代行しているらしい。
今度あるパーティーで使用する生花の相談だったようだ。
「お嬢ちゃん休んでけ、メイド長には言っておく。おおいボン。茶でも出してやれ」
彼は私に休憩するように言うと、彼はボイドに茶を入れるように言う。
ボイドはすこし表情を動かしたが、黙って茶を入れる。
流石、元貴族だ。洗練された動きだ。
「……ほら」
「どうも」
受け取ったカップはほんのり熱い。
悔しいことに、美味しかった。
「………」
ボイドは何も言わない。
無口なのだろうか?
そう言えば、決闘した相手だと言うのに、私は彼の事を何も知らないんだ。
話すか、迷った。
嫌われてるだろうに、私は彼に話しかけることにした。
紅茶の礼はしたほうがいいのだし。
「紅茶ありがと。淹れるの上手なんだ」
会話のきっかけを入れた私の言葉で、ボイドはこちらを見る。
無表情だ、ホント。
「そうか、良かった」
彼もまた自分の紅茶に口を付ける。
会話する気はあると私は考え、言葉を続けた。
「私に恨みはないの?」
彼は手を止めた。何を言ったのか理解できないような様子で、不思議そうに質問し返して来た。
「なぜ?」
「…貴族じゃなくなったんでしょ?」
嗚呼、そんな気の抜けた言葉を吐いてボイドは答える。
「別に気にしてもない。決闘の結果だ。恨みどころか悔いもない」
ボイドはそう言うと、カップを置いた。
淡々とした彼の態度に、逆に私は面食らった。思わず言葉が出る。
「学園も退学でしょ?」
「除籍じゃないだけましだ。平民なら別に特別の意味もない」
「それでも」
最後まで言えなかった。私の顔をボイドが見る。
何も変わらない無表情、彼は私に言う。
「モニカ=フレイザー、君は俺に負い目があるのか?」
そう彼は質問する。
「いや…」
私は、何も言えなくなった。
ぽつぽつと、ボイドは語る。
「君が気にしなくても勝手に生きるさ」
何処か人ごとのように、ボイドは続けた。
「ゼペットに思うことも、自分の生き方を考えたけれど、どうにも分からなくてな。ファットマンの元に世話になってるのもたまたまだ」
彼はそれだけ言うと、私から視線を外した。