34 モブとアイドル
翌朝、早起きした。
ケリーちゃんが来る前に、食事女中の子たちから弟とケリーちゃんの情報をまとめておく。
メイドさん曰く。
「目つき悪い癖に買い出しの帰り、ゴロツキから庇った」
「領地へ巡行の際、目つきの悪いままメイドの乗った馬車を守った」
「黙ってるといい男だから、目つき悪いけど」
「強いし逞しいし、目つき悪いけど」
「目つき悪いけど良い声してるし」
とのことである。
弟がゲロった通りで、どうしようか…
>弟氏、連呼されるほど目つき悪いもんな
>そうね
>機嫌悪い時の お嬢クリソツ
>黙ってくれない?
【記憶】にけん制を入れつつ、私は情報をまとめた。
【記憶】とも確認取ったが、愚弟は馬鹿であった。
幼馴染のためにカチコミしたのも義侠心からで、恋心はゼロであった。
めんどくさいのはここからで、ミリベルちゃんは、そんな愚弟をおそらく好いている。
なのに愚弟は、ケリーちゃんと仲良くする始末。
そりゃ、ミリベルちゃんは面白くないよね…
>あー…でも弟君が悪いってわけじゃないだろ?
同性である【記憶】が、アルを庇うような発言をする。
>だから腹立つのよ
>…なんだかなあ
そう【記憶】と話していると、ケリーちゃんもやってきた。
メイド長も最後にやってきて、食事が始まる。
私はケリーちゃんに、愚弟の事を聞きたかったがグッと我慢した。
代わりに、メイド長に言ってみた。
「あの…メイド長」
「なんでしょう?」
「ミリベル様と話すことって出来ますか?私も彼女の幼馴染なので」
メイド長は私の顔をまじまじ見た。
「……いいでしょう、今日はケリーではなくミリベル様付きの子についてきなさい」
言質は取った。
さあ、ミリベルちゃんの気を確かめようか。
ミリベル=ローダーを旧都で知らない旧都っ子はいないだろう。
大ジャン劇場の若き歌姫、そして金貸し伯爵の秘蔵っ子。
その美貌、その声、全て貴種の姫君に何ら劣らない歌姫。
いや…歌唱力に関しては、天賦の才が彼女にはあった。
芝居も歌も上手い彼女は、絵姿が大量に売られ、有名画家のモデルになるほどの知名度と人気を誇っていた。
……そんな金貸し伯爵のお気に入りの彼女が目の前にいる。
うん、お化粧と衣装ってすごいね?
最早街娘姿が想像できないほど、彼女はお姫様していた。
喉に良く効くと言う飴をなめていた彼女は、私を見るなり驚きの声を上げた。
「モニカさん!お久しぶりです!」
なすがままにハグされた。
お付きのメイドが目を白黒させていたが、私も彼女と幼馴染でなかったら同じ対応だったろうな。
そんなことを考えながら、私は彼女に言う。
「久しぶり、ミリベルちゃん。元気だった?」
「元気でした~。モニカさんこそ、お貴族様と決闘したって聞きましたよ。大丈夫だったんですか?」
「んんん!ま、まあね」
ボイドの顔が浮かんだ。
いやそーな顔だった。
私は話題を変える。
「弟も良くしてもらってるみたい、だ…し……」
アルの話題を振ったとたん、彼女の眩しい笑顔が消えた。
「アルなんて…勝手にすればいいんです」
あ、これ…
>あ(察し)って奴だな
【記憶】も言うとおりだ、ほぼミリベルちゃんは黒だろう。
「…喧嘩したの?弟と」
何も知らないていで、そう言うとミリベルちゃんは不機嫌そうに言う。
「してないです。でも…」
ちらりと彼女はお付きのメイドを見た。
ここは、察してやるのが年上の幼馴染の役割だろう。
私は、お付きのメイドにお願いする。
「ごめんなさい、ちょっとだけ席を外してほしいんだけど…」
メイドは私を見る。にやりと笑うと、彼女はミリベルちゃんには聞こえないように小声で言った。
「わかった、モニカさん」
「ありがとう」
もちろん視線で、後から詳しく話すよと返事しておいた。
そうして、二人っきりになった部屋で、私はミリベルちゃんに言う。
「さ、二人だし言ってみて?アルがバカやってるなら、私が怒るから」
そう言うと、もじもじしながらミリベルちゃんは話しだした。
「オールドさまのおかげで、劇場に立てるようになったし、好きなだけ歌えるから感謝してるんです」
上目つかいで彼女は私を見る。
「でも、思うんです。あの時、アルが私を助けに来てくれた時…アルと駆け落ちしてたらまた違ったのかなって」
だよねー?勘違いするよねー?
私は内心が出ないように気をつけながら、言う。
「でも、結果良かったじゃない。アルも雇って貰えたし、ミリベルちゃんも大好きなことを仕事に出来たじゃない」
私が言うと、ミリベルちゃんは考え込む。
「そうなんですよね、けど」
彼女は、スカートを握りこむ。
「お貴族のみなさんばっかりとお話するようになって、なんだかアルと距離が出来た気がして…」
愚弟の性格から、絶対ないな。
普通に、使用人または私兵の皆さんと仲良くするのに忙しかったのだろう。
「そう…なんだ」
真剣な顔で同意している格好を見せながら、私はミリベルちゃんの言葉を待った。
「でも、アルは隣にいてくれて、私の護衛だからって思ってたんですけど…知らない間に、メイドのケリーと仲良くしてて聞いたら、守ってあげたりとか…したらしくって」
ちょっと、ミリベルちゃんの気持ちが分かってしまった。
「私は、特別じゃないのかなとか思っちゃって、そう言えばアルから好きだとか言ってもらった記憶は無いし…でも、恥ずかしくて聞けなくて…」
「だから、無視しちゃった?」
コクリと頷くミリベルちゃん。
「無視すると、アルが慌てたり、驚いたりして私のこと考えてくれると思うと…なかなか辞められなくて」
あー…愚弟、ほんと悪い奴だ、うん。
ミリベルちゃんに、弟が恋愛感情がまだ無いって事を伝えるのも出来たけど、私は言いだせなかった。
「…アルも、気にしてたよ。ミリベルちゃんのこと」
「え?」
「嫌われたのかなって、心配してた」
「…ああ、よかった」
そう安堵のため息を吐く、ミリベルちゃん。
私は決めた、よしさっさと弟に告白させようと。