32■ 悪党親子(モブのバイトの裏話)
豚の親も豚
夕食を終えた後だった。
女主人がいないファットマン家の当主執務室に二人の男がいた。
一人は当主オールド、対面しているのは息子であるデヴィドだった。
「父上は彼女をどう見ますか?」
息子の質問に、当主は顎を右手で揉みながら答える。
「綺麗な娘じゃないか。少し身長が大きいけれど、女中らの感触も悪くないようだ」
「武人や、間諜だとは思わなかったので?」
息子が再度問う。
父はため息をつきつつ、答えた。
「疑うことが全て悪いとは思わんよ。けれど、ジュニア、お前は疑いすぎだ。決闘のほとぼりが冷めるまで、当事者たちをかくまうと言うのが当初の話しだったろう?」
「それでも、父上は警戒心が薄いですから」
息子は父の言葉を真っ向から否定する。父は黙り、息子は父を責めるように言う。
「はっきり進言します。あの姉弟、いやあの家族は怪しい」
「探った結果からか?」
「ええ。彼女らの実父アスタは冒険者上がりの甲冑師、母マルガレータは花街で顔役しているようです。そして…」
息子は、息を止めた。
言うか言わまいか悩んだ様子だ。
「モニカの妹は、ゼペットの娘にそっくりです。これを疑わぬ父上ではないでしょう」
「ゼペット、か?」
父は執務室の天井を眺める。
「ゼペットの当代は王都の近衛だったな?…領地は代官任せで気楽だねえ」
「ええ。そろそろ旧都の王軍に将校として来るでしょう。領地の事は父上が言えますかな?」
オールドは薄っぺらい笑いを浮かべた。
彼は息子に何も言わず、執務机の引き出しを開ける。
太い葉巻を取り出すと、彼は咥えた。
指を弾くと、彼の指の間に火が灯る。
紫煙を漂わせつつ、父は言う。
「……それでお前は僕に如何してほしいんだ?一昔前のゼペットの内乱を解き明かして欲しいのか?」
「違います、俺は」
息子は続けようとしたが、父親が制した。
「であれば、だ。お前の懸念はお前の疑心暗鬼に過ぎないだろう。モニカの妹とは他人の空似であろうよ。ゼペットの当主の妹は“一人”だ。アレに深入りするとロクなことがない」
息子は黙る。
父は諭すように言った。
「念押しするが、今ゼペットと縁を組む理由が我が家にはない。お前が、最終的なゲデヒトニスの勝利と政権樹立を信じていてもだ」
「父上は現体制で良いと?」
「義憤、尊王の気持ちがないわけではないさ。だがね、僕は戦が嫌いなのだよ。そして、まだ当主だ。戦を起こす気もない」
父は息子を見る。
「僕がここに座したのは一族の不幸だろう。ああ、僕もそう思う」
父は紫煙を吹かす。
「だが、伯爵位そして権力を手放す気はさらさらない。お前の育ちから、領地や領民を阿ることを理解してもだ」
息子は返事をせぬまま、聞いている。
「領地の代官、寄り子への対応。お前に好きにさせているが、それでも僕がまだ当主だ」
オールドは立ち上がると、窓の外を見た。
「戦なんぞ起きぬ方がいい。屈辱から立てと?馬鹿馬鹿しいじゃないか、なあ?どれだけ人が死に、金が飛ぶと思う?何よりも、戦は美しくない。僕はだ、ジュニア。芝居狂い、歌劇狂いと言われてるがね、それでいいと思うのだよ。文化は財産だ。詩や歌を愛さずして何が人生だ。財を積み上げた祖には悪いが僕はそう思う」
息子は口を開く。
「目の前の息子による追放を恐れていないのですか?」
オールドは葉巻を吸う。
「まだお前に利が薄いからな。ここで僕から当主の座を奪ったとしよう。代官は賛同しても周囲がついてこないだろう?まだ社交に出てないお前では、国内への政治力が足りない。いくら僕同様、死ねなくても、当主の地位を奪い取った後が続かない。違うかな?」
おもしろくなさそうに、デヴィドは鼻を鳴らす。
事実であり、彼自身が良く理解していることだった。
「まあ、悪いと思ってるさ。息子よ、先代のツケだ。僕もお前も、な」
「ええ」
不機嫌そうな息子に、父は嫌みの一つをぶつけた。
「さっさと婚約者を作るなり、嫁を貰えばどうだ?したらば、不倫し放題だ」
息子の表情が更に悪くなる。
「ゼペットの妹も手に入るだろうよ、お前ならば」
「する気もなく出来ない父上に言われたくありません」
それ以上言わせないために息子が放った痛烈な指摘に、心底愉快と言った顔でオールドは笑う。
「事実の指摘が一番効くなあ」
「でしょうよ」
オールドは、葉巻の灰を落とすと言った。
「男も女も不自由だ。愛するのが貴いのかな?」
息子から表情が消えた。
彼は父親に向けて吐き捨てるように言う。
「父上には理解できない感情でしょう」
「違いない。美しいとは思えども、実感がないからな」
葉巻を弄びながら、金貸し伯爵は嘯いた。
「だから、芝居はいいんだよ。人ごとだからさ」