表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/68

30  モブの弟は主人公系


 ケリーに仕事を教えてもらう。

 私がやるのは、お手伝いが中心らしい。

 人手の足りないところを手伝って欲しいとケリーから伝えられた。

 あとファットマン家は金貸しを営む為か、食客…ほぼ、私兵や取り立て要員らしい…がいる。

 彼らには気を遣わなくて良いようである。

 ケリーから彼らの詰め所である離れは仕事しなくてもいいことを告げられた。

 ふーんと納得しながら、ケリーについて掃除を行う。

…流石本職、金属系の部品のメンテや掃除術は目を見張るものがあった。

 ふむふむと勉強になるなと感心していると、ガタンと音がした。


「?」


 私たちは今廊下にて、調度の埃を落としているところだった。

 音の主、その使用人の目つきの悪い若い男。

 彼はあんぐりと口を開けていた。


「モニカ姉ちゃん?なんでよ?」


 片目を黒髪で隠した我が弟、アルジャーノンであった。

 無駄に背が高く、無駄にお父さんとお母さんに似て顔立ちが良い。

 だが目つきが悪い残念な弟である。

 幼いころは黒髪の天使だったのに…今や小汚いチンピラ的な感じの弟である。


「デイヴィット様に頼まれたのよ」


 私が言うと、彼は戸惑った様子だった。


「え聞いてない」


「そうなの?一週間だけだから」

 

 そう言うと、弟はまじまじと私を見た。


「そう?あ、でも姉ちゃんが仕着せ着ると…」


 もごもごする弟を私は疑いの目で見る。


「なんか、あざとい?…エロ?いや…キツイのか?」


 愚弟はわたしに向かって、そう言った。

 プッツンきた私は【記憶】の大爆笑を聞きながら、弟の側頭部に後ろ回し蹴りを叩きこんだ。

 どたんと、弟はぶっ倒れる。


「アルくん?!何やってるんですかモニカさん!」


 急いで愚弟を介抱するケリー。

 いやもう、ケリーちゃんでいいや、年下だし。


「姉ちゃん、見えなかったぞ…」

 

「嗜みよ愚弟。覚悟は良い?ちょっと私、アンタを痛い目に合わせたい気分だから」


 ぽきぽき指を鳴らすと、慌ててケリーちゃんが止めた。


「ちょっとモニカさん!」


 仕方なく手を下ろすと、彼女はほっとした様子で私と愚弟を見比べた。


「あの…姉弟?仲良くした方がいいかなと」


 ケリーちゃん、見比べた理由はなんだい?

 あとウチの愚弟に近くないかい?

 アホの上半身抱き上げる必要あった?

 スルーしたけど愛称呼びって親しい証しだよね?

 私、察した方がいいのかな?


▽▽▽


 午前の作業を終える。

 給仕係だけ主人の昼食に付き合うため仕事らしい。

 お昼は賄いをみんなで使用人食堂で食べた。年頃の女の子たちと話すのは楽しい。

 打ち解けられるかと、ちょっと不安だったが心配したのが馬鹿らしいほど自然に接することが出来た。

 空気を読んでケリーちゃんと、愚弟のアレコレは聞かないでおいた。

 流行の演劇の話から、人気の俳優の話でキャーキャー盛り上がっていると、給仕係の女の子がやってきた。


「モニカさんを…その、旦那さまがお呼びです」


 私ぃ?


 微妙な空気の中、期間限定とはいえ使用人である。

 私は、給仕係の女の子についてこの屋敷の主の部屋へと向かう。


「失礼します。モニカ=フレイザーを連れてまいりました」


 給仕係が去り、私は彼を見た。

 ファットマンが痩せればそうなるだろうか?

 長身の男性だった。咳き込むところからも、体が丈夫ではないらしい。


「ありがとうね。うん、君がモニカさんか」


「…お世話になります」


 にっこりと彼は笑う。

 おかしい、息子に似た容姿なのに息子ブタから感じる邪気が彼にはない。


「そうかそうか…ごめんね、息子が悪さして。ボイド君と喧嘩したのだろう?怪我は無かったかい?」


 親族がいないので想像でしかないが、おじさんのような口調の柔らかさである。 

 毒気を抜かれながら、私は彼に答える。


「心配して頂きありがとうございます。デヴィト様のお心遣い感謝します」


「オールドでいいよ、息子と同じで紛らわしいだろう?」


「え…ええ」


 彼はニコニコしている。本当に、強欲な金貸しの印象を彼からは受けない。


「アルジャーノン君にも助かってるよ」


「ありがとうございます。愚弟を雇って頂き…」


 本心交じりの御世辞を言うと、からからと彼は笑った。


「いやあ、今や歌姫のミリベルの護衛として具合が良かったからね」


 私は笑えなかった。




 私の弟、アルジャーノン=フレイザーには幼馴染が二人いた。

 どちらも可愛い女の子で、幼いころは私もマリアもよく遊んだ。

 当然、アルも巻き込まれた。

 おままごとに必須のお父さん役から、赤ちゃん、犬猫役まで彼はこなした。


…思えば、幼少期のアルはおとなしい子供だった。


 普通に男の子に混じって遊んでいた私と違い、アルはどちらかと言えばその二人にべったりだった。

 転機は、その幼馴染の一人が仕入先に向かった途中で盗賊に殺された事だった。


 私も衝撃も受けたが、弟はどう思ったのか。


 私には分からないが、明確にアルは変わった。

 一時は死ぬかもしれないと思わせるほど、落ち込んだ彼だったが、急にお父さんに剣を習うようになった。

 私やマリアよりも、アルは剣を振るった。お母さんが止めるほどアルは何かに取りつかれたかのように自身を鍛えた。

 まるで、責めてるかのように彼は強さを求めた。

 その理由を、私はアルに聞いたことがある。

 弟は言った。


「周りを守りたい」


 その言葉の通り、我が愚弟は平民街で負け知らずの腕自慢まで成長した。

 実際、私よりも実戦に強いのは間違いない。更にアルは私が扱えなかった外への魔法も修めている。

 傭兵ですらお父さん同様に軽くぶちのめし、身体強化抜きで私との腕相撲に勝つまでになったアル。

 アルが驕っていなかったかと言えばそうじゃないだろう。


 だが、アルの強さは幼馴染を救えなかった。


 残ったアルの幼馴染、ミリベルには才能があった。

 それは天性の歌の才能だった。

 昔から歌が上手い子だったし、本人も歌が好きだった。協会の聖歌隊で独唱を勝ち取るほど、彼女は歌に愛されていた。

 優れた容姿もあり、彼女が好きならとミリベルの両親は娘の才能を応援していた。

 行く末は、歌劇の女王かと言われた彼女。

 だが、不幸が彼女に降りかかった。


…強盗だ。


 雑貨屋を営んでいた、ミリベルの実家に強盗が押し入った。

 良くある話だ。自衛のために、ミリベルの父は争い殺された。

 母親は犯され、それから殺された。

 ミリベルだけは、恐怖で隠れていて助かったものの、彼女は一夜にして全てを失った。

 親族もおらず、店の仕入れが重なったこともあり、借金だけが彼女に与えられた。


 よくある理不尽だ。


 何故彼女だったのかと思うが、これが現実だった。

 その事実にアルは打ちのめされた。

 そんな矢先だ。

 ミリベルが言いだしたのだ。「ファットマン伯爵のところへ行く」と。

 彼が歌劇や芸術家のパトロンをしていることは、誰もが知っていた。

 義理から彼女の当面の支援をしていたお父さんも、お母さんも、何も言えなかった。

 だから、私たちは彼女を送りだした。

 話がこじれたのはアルのせいだった。アルは、お父さんとお母さんが許せなかった。

 幼馴染を追い出したと、お父さんとアルは大喧嘩を繰り広げ、引け訳の後アルは家を飛び出した。


…ここで済めば、若気の至りなのだが、アルがやらかしたのはその先だった。

 



 オールドが笑いながら言った。

 

「いやあ…あの若さで戦場帰りの私兵を投げ飛ばし、ちぎっちゃ投げ、ちぎっちゃ投げってね…僕感動したよ」

 

 頭の痛い話だ。

 その後、アルは何も考えず徒手空拳ステゴロでファットマン家に殴りこんだ。

 正門を蹴りでぶち抜き、飛び出す私兵をぶん投げ、ぶっ叩き、最終的に鎧を持ち出されてアルは止められた。


…本当に、愚弟である。


 そのまま打ち首も可笑しくなかったものの、事情を聴いたオールドは何故かアルを雇った。

 それ以来、アルは家に帰ることなく使用人をしている。


「その節は大変なご迷惑を」


「いいよいいよ」


 私は、オールドに少し違和感を覚えた。


「強さってのはわかりやすいからね」


 オールドはそう言うと、目を細めた。


「とりあえず、息子の我がままに付き合ってくれてありがとう。一週間だけだけれどよろしくね」


 柔和な笑顔をされれば、それ以上私は何も言えなかった。

繁忙期で遅くなりました…

不定期で更新します…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ