03 妹
03
貴族街の学園から、城壁近くの平民街を抜けた。
そのまま歩いて我が家まで帰る。
塗装の痛んできた我が家の看板を見上げつつ、私は扉を開けた。
「ただいま」
騒がしい声がする。
どうやら妹らが喧嘩しているらしい。
ため息をつきながら、私は仲裁へと向かった。
服の貸し借りで喧嘩していた妹二人。
平等に鉄拳を落として静かにさせると、私は手早く着替え夕食の作成に取り掛かった。
パンを切り分け、ひよこ豆を煮るため水に浸す。
その間に、ニンジンやらセロリやら日持ちする野菜を刻む。
ふと戸棚を見ると、塩が減っていた。
ため息をつき、干しきのこを水で戻しつつ同時に塩漬け肉の塩抜きをする。
にんにくを6かけ、ヘットと共に鍋で炒める。
香りが出たら、野菜を加え戻したきのこと水、肉を入れる。
捨てないでいた、塩漬け肉の水で豆を煮はじめて一息ついた。
…お母さんは仕事か。
おそらく今夜は戻らないな。
そんなことを思いつつ、私は豆の入った鍋をかきまわした。
夕食が終ると、さっさと父さんは工房に引っ込んだ。
なんでも急ぎの仕事を抱えているらしく、今夜は徹夜かもとぼやいていた。
その背中に、「お酒飲みながら仕事しないでよ」と釘を刺しつつ、末の妹をお湯で拭いてやる。
下の弟が寂しそうにしていたので、同じように拭いてやろうとすると激しく抵抗された。
しかたがないので放置した。
大部屋に末っ子を寝かせると、私は洗い物を始める。
そうして家族の食器を洗っていると、マリアが帰ってきた。
「ただいまー、あー疲れた…お姉ちゃんお水!」
どっかりと椅子の背を抱えるように彼女は座った。
淑女が顔をしかめる行動だった。
大股のせいでスカートが引っ張られ、脛がモロに見えている。
「はいはい」
私は陶器のコップに水を汲んでやることにした。
手渡すと、マリアは一気に飲み干すと言った。
「ありがとー!生き返るわ!」
「なら、よかった」
派手な顔で、ニパっと笑うマリア。
私は洗い物をしながらマリアに話しかける。
「お店、どうだった?」
「何時も通りかな?あ、【石花の旅団】がうざかった」
どうやら地方から出てきた傭兵団が、まだ帰らないらしい。
ふうんと、納得しながら返事を返す。
「傭兵団の人だから、荒っぽいもんね」
「そそ、今日もうざーいの!好きあらば触ろうとするし」
「うっわサイテー」
「でっしょ?ツケを頼む奴もいてさ」
「酷いね」
「そう、もう大変!お姉ちゃんはどうだった?」
「わたし?別に普通だけど」
そう言いかけて、私は手を止めた。
食器は洗い終わっているので、自分も陶器のコップを取り出す。
そのまま水を汲みつつ椅子に座る。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
マリアを、まじまじ見る。
…ほんと昼間のそっくりさんと似ている。
「マリアさ、今日学園に忍びこまなかった?」
「なんで?オルランド学園でしょ?私が行く理由がある?」
「…だよねえ。学園で、マリアそっくりな子みたの」
「ほっほー、マリアちゃん並の美少女がいたんですか!」
私は軽く妹にチョップを入れる。
「痛いよお姉ちゃん!もう、無言で叩かないでよ」
「あんたね、自分でかわいいとか…」
脳裏にブリっ子の下の妹が浮かんだ。
「ジーンみたいなこと言わないでよ。私もあんたも15過ぎて成人してんのよ」
私が言うと妹はムッとした。
「私的にはー、フレイザー家の美人姉妹の長女だからー、お姉ちゃんは自慢してもいーと、思うんだけどー」
「誰が言ってんの…そんな頭の悪いこと」
ちょっと、気持ち悪かった。
「お父さんだけでしょ?」
私が娘大好きな父が言ったのではないかと確認すると、マリアは首を横に振った。
「え、みんな言ってるよ?おねーちゃん、私、カメリア、ジーン、ウェルキン、マナの美人姉妹だって」
私は納得しかけ……即座に否定した。
「待って。なんでウェルキンが妹扱い?!あの子、男の子!」
ふわふわヘアーの可哀そうな末の弟の姿が浮かんだ。
ウェルキンはチビで華奢で少々内気だが、弟である。
「ウエルかわいいじゃん、もう妹でいいじゃん」
だが、現実は非常であった。
散々大きい方の弟でも、リアル着せ替え人形で遊んだ戦友である妹は断言した。
「ウエルなら、付いててもいい」
意味が分からない。
私が絶句していると、マリアは無駄にキリっとした顔で言った。
「そう思わない?」
「確かに」
はっ?! 私は何を言ってんのよ!?
即答した私をマリアは、にやにや見ていた。
弟達にとっては最低の理由で姉妹の心が一つになったところで、マリアが咳払いした。
「ウエルの天使がお姉ちゃんも感じてくれて、私は嬉しい」
「……まあ可愛いもんね」
「けど、その私のそっくり気になるな―」
マリアは話題を変えつつ、髪の毛をいじる。
サラサラの毛だった。
モテるからだと、手間がかかるのに彼女は髪を伸ばしていた。
「姉妹で無いのに似てるって不思議じゃん?」
「………この世には自分そっくりな人が3人いるんだって」
「なにそれ、誰の言葉?聞いたことないよ」
「誰が言ったかとかは良いじゃない?多分それだと思う」
「ふーん」
マリアは納得したのか、ぐでっとテーブルに突っ伏した。
「あーでも」
「何?」
「その子がちょっとうらやましいかも」
「なんで?」
「学生さんなんでしょ?かっこいい男の子とかと友達になれるじゃん!」
マリアは顔だけ私に向けて、瞳をきらきらさせながら言った。
私は顔が引きつった。