25■ 悪党豚の余談 ~ファットマンの決闘後~
お酒は成人してから!
夢は無い。
生きなきゃいけない理由はあるけれど、それも守りたいと思わない。
はて?では何故俺は生きているのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると声がした。
「ファットマン!!」
チップスの奴だ。
学生が楽しく帰ろうって所に煩いやつだ。
俺は作り笑顔を浮かべて奴を見た。
「どうしたんだ?パン屋の三騎士の一人」
言うと、ウグッとチップスが黙る。
ストローとエイカーはいない。
「それは忘れてくれ」
「うん、分かった。で用は?」
「……お前の状況だよ」
「はて?」
「仮にもバンダンを退学まで追い込んでおいて、翌日のうのうと出席。しかも王子に礼を言うとか…」
「カルナデルさまに言われた?」
「ちげーよ!立場を心配してだよ!このデブ!守銭奴!心配すればすぐこれだ」
「チップス、僕ら友達じゃないか?そういうこと言うと、もう勝たせたくなくなるなあ」
暗に賭場の事を振れると、チップスはうっと言葉に詰まる。
「場所を変えようか。僕も話したいしね」
俺はそう言うと、チップスに提案する。
「ストロー、エイカーを呼んでくれないかな」
「わかったよ、お前ん家か?」
「いいだろ?寮の飯では出ない、【酒】も【巻草】も出そうじゃないか」
「言ったな?飲むぞ?」
「酒商人の子孫だよ。安心してくれって」
チップスは、俺に言う。
「二人とも部室で詩でも読んでる筈だから、すぐ来る」
「まかせた。じゃ、車寄せに来てくれ」
俺は、そのまま車寄せに向かうことにした。
平民の学生も帰宅している。
俺は御者に友人も夕食に招くことを伝え、待機していた下人を先行かせることにした。俺はコレでも気を使う方である。
「若」
壮年の御者が俺を呼ぶ。なんだと思えば納得だ。
――それは声をかけるわな、アストリオの倅だ。
「これはこれはこれは、ヘリオス様!豚に何の御用でしょうか?」
大げさに言ってやると、彼は眉を動かした。
「聞きたい事がある」
「ははあ、豚の言えることならば何なりと」
俺が言うと、ヘリオスは言う。
「あの娘、お前の何だ?」
――俺も知りてえよ。
「あの娘とは?私はご夫人との交遊も婚約者も無い身ですの「決闘の時に連れていた、鎧斬りの女だ」」
せっかちな野郎だ。
俺はトボケつつ答える。
「ほう?お武家としての血が興味を持たれましたか」
「…ああ」
ぶっきらぼうに言う、ヘリオス。
「場末で給仕をしていた女が、何故あんな武を修めているのか不思議に思ってな」
そう続けて言われた俺は、言葉を脳裏でなぞる。
「甲冑師ゆえでしょうや。傭兵、草刈り、荒くれ、それらが商売相手の家業の娘です。父か母がし込んだのでしょう」
真っ赤なウソをつくと、ヘリオスは考え込むことなく言った。
「魔法を扱ったのにか?」
俺はヘリオスを見る。
奴の発言を残念に思ったからだ。
――嫡子にアストリオの馬鹿は何を教えたのか。
俺は彼を見る。
「魔法は貴族以外にも表れる力でありますよ」
言葉通りだ。
魔法の力が大きかった馬鹿が土豪となり、その土豪からぬきんでた奴が貴族になった。
貴さは歴史があるからで、それこそ帝家を別とすれば俺ら貴族の大半は土豪の末裔だ。
家畜や犬猫のように魔法に優れた奴を交配し続けた結果、魔法の才能が多いに過ぎない。
平民にも普通に魔力持ちは存在する。
「……三重にも使用してか?」
だからこそ俺は、ヘリオスのこの発言に反応せざるを得なかった。
こいつ、他人の魔法発動が見えるらしい。
「魔法が無ければ女の細腕で鎧は断てませんからねえ」
俺は狂喜しそうだった。
―――なるほど、こいつが後継者扱いなのは資質か。
暗愚なら嫁や家臣が支えればいい。アストリオに必要なのは武。
その当主が、魔法の発動を見破る魔眼を持つなら?
俺は己の秘すべき情報を吐いたアホを見ながら、次の言葉を言う。
「で、それがどうしましたか?」
「何処で拾った?」
「さあ?義侠心のある良い娘ですが、血が卑しいですよ。傍女にすら置けぬと思いますが」
俺の煽りにヘリオスは剣を抜きかける。
が、すんでで止めた。何故だ?斬られれば美味かったのだが…?
「今日はこれでいい。何時か話して貰うぞ」
そう言うと、奴は去っていく。
俺がその背中を見ていると、御者が言った。
「若…ご友人が魔法を」
振り返ると、膝を笑わせながら我が友人が火の球を三つ浮かべていた。
俺は、その姿を見て噴き出した。
「助かったよ。みんな」
どうやら、こんな俺でも友人だと思われているらしい。
それが嬉しかった。
▽▽▽
寮より分厚い肉を出し、父から勝手に拝領させて頂いたヘアトニックを開けた。
友人は、それらに舌づつみを打ちながら俺に質問をぶつけてくる。
「馬車でも聞いたが…で、旧都派同士でぶつかって利があったのってお前だけだろ?」
チップスの言葉に、俺は糖蜜の紅茶割を飲みながら答えた。
「だねえ」
「僕らを協力させた理由を教えてくれよ」
チップスの言葉を食う形で、ストローが言った。
「…ま、安全確認さ。アレが王都派の差し金かもしれなかったし」
「なんだ、てっきりファットマン好みの美人の自慢かと」
ぐさりと、心に刺さるセリフをエイカーが言う。
…確かに髪色、眼の色、身長は違うがモニカはクララに似ている。
家庭環境も、血縁も無い筈なのにだ。
「俺もソレは思った、エイカー!」
既に出来上がりつつあるチップスは、ナイフで切った肉をフォークで刺し言う。
「ファットマンはいいよな、金持ちで」
ストローが横から言う。
…おいヤメロ。俺が金で女を買いあさりまくってるような眼で見るな。
「親父殿そっくりだ」
父の悪癖をエイカーが言う。
…父上は熱心な芸術愛好家だが、父が支援するのは女性作家だけである。
俺は難儀な父を思い出しつつ、否定する。
「だったら金の力で、美姫を婚約者にしてるっての」
俺が言うと皆、笑った。
「しっかしよお」
ろれつが怪しくなりつつある、エイカーが言う。
「親父らは別として、俺らは今後どうすしゃいいんか」
「王都派との付き合い?」
ストローが補足する。うんうんと、エイカーは頭を振りつつ言う。
「ナルバデルの王家が絶えた。まあ、仕方がない。王が隠れられた以上、臣下である我らは自領をささえなばならにゅ」
「……エイカー、水だ。水」
チップスが進めるが、それはブドウを樽に入れて出来た水だぞ?
「俺もそれは思う。カルナデルが音頭を取ればよかったんだ。でありゃ、われらリダブリン人、エイラルドの王にくっさずおれた」
チップスは言い切った。それを見て、ボソリとストローが言う。
「やめようよ、何時の話だって。混血進んでもう、リダブリン人だのエイラルド人、マーロウ人の差なんてほぼないよ」
「いや、やめねえ。エイラルド人の糞どもは恐れ多くも帝家がありながらも戦乱に明け暮れた馬鹿だぞ」
何時もの事だが尊王の気の強いチップスは言う。
「リダブリン人、エイラルド人、マーロウ人…大陸のヘリ人、リガリア人のアレは別として…我々アンケルト大島を治めるのは帝をおいて他ならにぅ。それをウラージのアレが王権を得て、そのうえ我らリダブリン人の王冠も得た」
チップス、テメーも酔いかけじゃねえか…
エイカーが言う。
「だぎゃ、ウラージは王である。マーロウ諸族の王権がアンケルト大島の諸族に埋もれ、帝家が認められた以上、ウラージは王だ。クロティルダの縁戚であったゲデヒトニスではなく、な」
「でで、その寄り子…いや、何か隠したがってるから守っているゼペットの娘に肩入れするファットマンの本音は?」
ストローは俺を見る。
「話したじゃないか。…ソレオが嫌いだってな」
俺が半分の本心を言うと、ばんばんチップスがテーブルを叩く。
「今こそ、帝家を我らが土地に迎えるべきだ!」
「チップス…さああさあ、お水だよ」
煩く感じたらしく、ついに薄めもしない麦から作る手間のかかる水でストローがチップスを潰した。
俺はストローを見る。
「チップスは放置しておこう。まあ王都派よりナカヨシコヨシしなくても中の良い僕ら旧都派だけど…ゼペットを勝たせたのは不味いって思うんだよ、僕はね」
ストローはそう言った。
見ればエイカーも器用に水魔法で水を酌んでは酔いを覚まそうとしている。
「そた。ふぁとまん、お前にしては微妙だ」
…まさか本音を言う訳には行かない。
好きなあの子が可哀そうだったから、手を貸したなど。
「まあ、話してくれなくてもいいんだけど。僕ら、所詮寄り親のキミに従うだけなんだから」
ストローは言った。
俺は、ストローに別の【酒】と【巻草】を取りだして渡す。
「いいのか?我が君」
「この友情の対価なら安いさ」
俺が言うと、ろれつも回ってない中、チップスが言った。
「はれらのゆう情に!」
俺はエイカーと、ストローを見た。
二人とも笑っている。
「「「乾杯!!」」」
その後、俺らは当然酔い潰れた。
さらっと用語解説
【この国の公侯伯子男】
王の下での、五等爵。
基本は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵。
領地と歴史で格付けされる。
領地の大きさ
王=※全国土
公爵=小国クラス
伯爵=一地方
子爵=県
男爵=市町村レベル
騎士=地主レベル(※世襲なら)
※王領除けば臣下に国土の統治をゆだねてる形になる。
※騎士爵は領地持ちだと世襲だが、一代貴族の称号である。
【王権】
王が王たる権利。
ファットマンたちはアンケルト大島の統治権として認識している。
貨幣鋳造、諸侯からの徴税、法令発布の権利を持つ。
また国軍を持ち、徴兵を行える。
過去に存在した民族の王。
旧王朝の王。
現王家。
さまざまな王家があるものの、
民の統治者、そして国土の守護者という役割は一貫している。
原則的に、王権は血に宿ると考えれている。
【帝家】
王権を授ける、王の王。
かつての覇者あるいは侵略者の家系だが、現在は権力闘争を避け沈黙を保つ。
【寄り親・寄り子】
親子に真似て結ばれる主従関係。
貴族の連中が傘下獲得のために行う。
王権が領地の保護(保証)をする代償に忠誠を誓わせることで成り立つなら、
こちらは権力を持つ親が子の権利の保障、訴訟の解決等を行うことで成り立つ。
子は親に協力する義務があり、有事とあらば親へ兵を出さねばならない。
逆に親は子の面倒をみる必要がある。
現状ファットマンは三馬鹿の寄り親の後継者に該当する。