19■ 悪役令嬢によるイベント介入
でぶ、やり返されるの巻
クララとモニカを撒いた。
俺はそのまま、私兵と別れ闘技場の別室を目指す。
あの二人を騙して悪いが、ソレオ、そして【父】にも根回し済みだ。
カルナデルからも使者は来なかった。なら、このまま目的を果たすだけだ。
俺は、そうして控室に入り――手を上げた。
「降参です。騎士様、勘弁してください」
扉を開けるなりだった。
首に段平を突き当てられれば降参しかない。
「随分早い決断ですね」
女の声だ。俺は彼女を見る。
正直、この騎士はどうでもいい。降参したのも、この女を目視したからだった。
「カーミラ様と争う理由がございませんから」
俺が答えると、カーミラは扇子で口元を隠す。
「軽口が回るのね」
俺は冷静に周囲を確認する。
私兵は俺に剣を向ける騎士とは別の男に取り押さえられている。
さらに、カーミラの傍らには別の男もいる。
どうにも都合が悪い。
「それでカーミラ様はなんのご用でしょ?このブタめに会いに来たと言う訳ではないのでしょう?」
俺が言うと、カーミラは俺をまっすぐに見る。
薄く微笑みつつ、彼女は言った。
「大好きなクララの為に動く貴方に会いたくて」
動揺したが一瞬だ。
俺は彼女を見る。
「はて?何故このブタがゼペット家の利益になるようなことをしますかな?」
俺がトボケると、カーミラは扇子を下ろす。
「では、潜り込ませた私兵はなんでしょうね?」
――この、女。
俺は内心舌打ちする。
手はずではこの後、私兵を紛れ込ませたゴロツキを使い学園周辺で騒ぎを起こして決闘を潰す予定だった。
その混乱に乗じレーレロイや王都派が動くのを見るつもりだった。
が、それすらもカーミラには露呈しているらしい。
よほど優秀な間諜がいるようだ。
「念の為ですね。金で爵位を勝った家の人間です。武門の名家たるバンタン、そして王家に近しいカルデナルに決闘を申し込みました。もう怖くて怖くて、ああ不慮の事故があったらどうしようかと…」
俺の答えをどう思ったか、俺に剣を突き付ける男が言う。
「カーミラ、コレは殺すべきだ」
「ロラン、それは駄目よ」
ロランと呼ばれた騎士は返事の代わりに剣を更に俺の方へと近付ける。
「ファットマン」
カーミラは俺を見る。
見目は美しい女だ。王子を繋ぎとめる価値は確かにある女だろう。
彼女は俺に言った。
「お願いがあるの。貴方は、“まだ”動かないで欲しい」
どういう意図だ?考えをめぐらす俺に、彼女は俺には難解なことを言った。
「彼女とはフェアに戦いたいの。“シナリオの強制力”から外れたことはしないで欲しい」
「どの彼女でしょうか?」
探るための一言を、別の男の一言が遮る。
「オメーが知る必要はねえよ」
私兵を抑える男だ。
俺は、カーミラに向き直る。
「それは今回、引けと言うことでしょうか?」
「ええ。出来れば、彼女にはまだ手を出さないで欲しい」
レーレロイの娘にカーミラは思うところがあるようだ。
俺はそれだけ確認すると、考える。
天秤は二つ。俺の目的と、利益。それから危険と、安定。
「わかりました。カーミラ様」
俺は一礼する。
首を叩き斬れるように下げると、カーミラは言う。
「分かってくれてありがと」
そう言うと、彼女は言う。
「皆、行くわよ」
「「「御意」」」
男らを引き連れ、彼女は去った。
俺は私兵を引き起こす。
「無事かな?」
「…申し訳ありません」
「逆に無事でよかったさ」
そう言いつつ、俺は失態の回復を考えていた。
ソレオに決行がされなかった場合は伝えてある。が、間諜がいる以上うかつに動けない。
「あの姫は何を考えてる…?」
俺の内心まで看破したカーミラへの対策を考えつつも、俺は次手のため私兵に言いつけることにした。
最悪、国の暗部に力を借りる必要も感じながら俺は、思考を重ねた。
▽▽▽
「…流石、悪役」
アタシはファットマンとの面会を終えて一人呟く。
ソレを聞いたロランが言う。
「カーミラ、やっぱりアノ豚を殺してこよう?そうしよう?」
イケメンが笑顔で殺人を提案しても、怖いだけだとアタシは学習した。
ロランは強い。強いが…うん、すぐ殺すって思考は付いていけない。
「殺したら駄目だって」
「…っ。わかった」
しょんぼりする私の騎士が黙ったところで、ローレンスが言う。
「しかし間一髪だったわ。金貸し伯爵がゴロツキ集めたから張ってて良かったぜ」
旧都最大の裏ギルド、そしてリダブリン王国でも有数の空賊、その首領の息子である彼はカラカラ笑う。
「旧都の物流を探した僕もいますが」
「あんがとよ、ロイハルト」
前髪メカクレのロイハルトの肩をローレンスは抱える。
やっぱり…イケメン同士のカラミは素敵だわ…
アタシが恍惚として見ていると、ロイハルトが首を捻って私に言った。
「でも、カーミラ。なんでファットマンを止めたんだい?僕らなら倒せるよ」
ハッとしつつ、アタシは答える。
「あのデブ、見かけ通りじゃないのよ。実家が金貸しだから情報通、しかも旧都派で奴から金を借りた家からも情報を得てる。また領地も近いからね、私兵だって荷に紛れて入れられるのよ」
それに、とアタシは設定を思い出す。
彼はクララを好いている。
ゲーム中でも、カーミラが破滅する際に主人公に手を貸すのは彼だ。
その後、本編でもファンディスクでも彼は旧都派として暗躍し主人公と敵対するのだ。
主人公、そしてアタシにとっても敵に違いない。
「なら、なおさら殺すべきだよカーミラ」
笑顔でサーベルを抜こうとするロラン。
「まだ、駄目。リリシアが仕掛けた時からじゃないと…」
アタシは、今、王子の近くにいる彼女の事を考えた。
リリシア=レーレロイ、彼女は主人公だ。
そしてアタシは悪役令嬢で、このままだと彼女に打倒される。
ルートによっては、アタシやアタシの派閥が彼女に嫌がらせをしていなくても…王都派と旧都派の流れの中で敵対する。断罪イベントを回避しても、今度はリダブリン国内の因縁で破滅する。
…そりゃ、ヒーローに物理的に倒されるコッぺリアや理不尽に死ぬクララに比べたらアタシはまだマシかもしれない。
けど、王子に戦力と鎧を渡してお家滅亡。
あるいはリリシアのせいで断罪させられてヒーローにより本宅強襲からの討ち取られ。
そんな未来、アタシはごめんだ。
「なら、我慢する」
「一番大事な時はお願いするから」
アタシはロランを宥めつつ、考える。
…この世界は概ねゲーム通りに動いている。
アタシは王子の婚約者になったし、リリシアも入学してきた。
シナリオの強制力か、ゲームそっくりの展開でここまで来た。
スプリングパーティーは個別ルート分岐の一つだった。バウムクーヘンルートや逆ハーレムでも必ず経由する。出席しない、ドレスを着る…と言う選択肢はファンディスクでしか選べない。そして、FDのフラグはアタシが折っている。
本編で攻略できない、ロラン、ローレンス、ロイハルト…通称3ロは私が子分にしたのだから。
ただ、それでも不安はあった。
“ファンディスク”の展開としてしか未来を変えられないかもしれないとアタシは思っていた。
けど、違った!
やっと、シナリオから外れたのだ!
だからこそ、これからはより慎重にならなければならない。
「みんな、今回のコレ例外だからね?」
そうアタシは仲間に言う。
「あいよ、姫」
「わかったカーミラ」
「了解です。カーミラさん」
アタシの頼れる子分が返事を返す。
ソレを見て、アタシは決意を新たにする。
――ヒロインのせいで、ぶっ殺されてたまるか!アタシは長生きしたんだもん!
みんな大好き悪役令嬢!
カーミラは知りません。
自分が、彼女が知るオタサーの姫状態だと言うことに。