17■ 決闘前の八百長(モブ抜き)
デブと性悪の密会
デヴィード=ミンチ=ハムヴルグ=ファットマンはぼんやりとしていた。
貴族の教室の中、友人である三馬鹿は既に昼食に向かったようだ。
ぼうと、彼は爪を見る。
特に意味のない、その行動だったが、話しかけてきた男には好都合だったようだ。
「爪なんか見て如何したんだ、ファットマン」
カルデナル公爵家の放蕩息子ソレオを、ファットマンは見る。
細めた眼に感情を読み取らなかったようで、ソレオは言う。
「話しがある」
ファットマンは薄く作り笑いを浮かべると、言った。
「護衛のボイド様はよろしいので?」
カルナデル派の武闘派がボイドの実家のバンダン侯爵家である。
単体で武門の名門として知られるアストリオ公爵家と違い、ソレオの実家は武で鳴らしてはいない。
暗にそのことを触れると、ソレオは眉間にしわを寄せた。
「今はいい」
そうか。
ファットマンは、席を立った。
ちらりとボイドを見ると、彼はぼんやりと窓の外を見ている。
主従と言うより、まだ友人でしかないのだろうな。
ファットマンは、ソレオの後ろについて談話室に向かった。
▽▽▽
子飼いのメイドに声をかけさせ、茶の準備をソレオはさせた。
彼は高位貴族、それも王族に近いだけあり、なかなか堂に入った采配である。
俺とは違うな。
ファットマンがそう思っていると、ソレオは口を開いた。
「俺は、お前が馬鹿じゃないと見てるんだ」
「光栄でございます」
「……その作ったような話し方を止めろ。腹が立つ」
言われれば、やむをえまい。
家格は大きく劣るが、学園での建前は「爵位を持たぬ学生同士は同列」とのことだ。
なので、ファットマンも口調を崩す。
「では、ソレオは僕に何の話を聞きたいんだ?」
「二つだ」
ソレオは右手でV字を作る。
「一つ。何故、お前がゼペットに口を出した」
最初から本題か。
俺は、思考する。
これでも【伯爵】の【長子】だ、ゼペットの名も、その悪名も知っている。
だから手を出したと言うのは愚策だろう。
ファットマンはごく普通に返事を返した。
「我が家で雇っている使用人の姉が、バンダン侯爵家に絡みに行ったんです。そんな縁でしかなくとも、僕が止めるしかなかったでしょう」
「ボイドだって馬鹿じゃない」
ファットマンはソレオを見る。
ああ、だろうよ。バンダンの次男は馬鹿じゃない。
だが、ソレを見越してゼペットにカマかけたソレオを、俺がどう思うかは別だ。
助けようとしたら、『アレ』が出たのだ。
姉弟で妙なところが似ると言うか…
「でしょうね。ボイドなら切りぬけた。けどま、あの平民が出てきたら僕が出なければならなかったでしょうよ」
そう答えると、ソレオは不愉快さを隠さない。
「平民風情など捨ておけばいいだろ」
「残念ながら、我が家はその平民に銭を貸して禄を食んでますから」
「このクソタヌキ」
「王都や旧都の雀よりマシでしょう?」
ソレオはこめかみを右手で押す。しばしの間があってから、彼は言った。
「二つ目だ。殿下の前での芝居は何を考えてる?」
俺は目を細める。
ソレオの本音はこちらだろうと、俺は察した。ゼペット嬢の件は、コイツにとっては本意で無い。
おそらく、ソレオは仏頂面をからかってやろうとしたのだろう。高位貴族かつ、王家に近しい彼にとって本当の友人などボイドくらいだ。
だから、ゼペット嬢を使ってからかってやった。
…おそらくソレオ自身がゼペット嬢にあしらわれたかで、そのやり返しと友人の反応を見て楽しもう程度の積りだったのだろう。が、もくろみを俺が崩したばかりか、王子の判断まで仰がれた。
こいつが疑っても不思議ではない。
俺は、紅茶で口を湿らせつつ、ソレオに言う。
「言ったじゃないですか、ソレオ様が嫌いだって」
「ガキのような事を言うな。お前が立場を考えない筈がない」
「金で爵位を勝ったような家の後継者に…」
俺が嫌みを返そうとすると、ソレオは語調を荒げた。
「あまり、ふざけんな」
「失礼」
謝罪しつつ、俺は彼に本音を言う。
「殿下のレーレロイの娘への態度が気がかりでして。ちょっと、殿下を引きずり出したく」
俺が言うと、ソレオも反応した。
「レーレロイ?ああ、殿下らのお気に入りね」
反応が早い。
伊達に王家に近しい家の出ではない。
「ソレオ、市井から庶子を娘として取り立てること、どう思います?」
「婚姻の駒だろ?」
正解だった。
そう『本来ならば』。
「ですね。でも変じゃないですか?」
「何が」
「どうしてヘリオスを初め、複数の貴公子に声をかけてるんですかね?」
俺の指摘にソレオは考える。
「半ば平民だ。レーレロイが好きにさせてるのでは?」
「ソレにしては奔放です。高級娼婦なら、卒業してからでも十分です。彼女本人に芸や技があるとも見えませんし……変じゃないですか?レーレロイはポンコツですが、一応当主です」
俺の問いに、ソレオは返事を返せない。俺は畳みかける。
「ソレに、何故だか知りませんが彼女はソレオ、僕、ボイドと…旧都の諸侯系にはアタックしてません」
ソレオの表情が変化する。硬調な面持ちだ。
「ウラージ系に近すぎる彼女が不思議でしてね。殿下もまあ…」
「不敬だぞ」
ウラージから降嫁した姫を母とするソレオが、その先を阻む。
俺は話題をずらした。
「バンダンでなく、アストリオをウラージが重用する理由をお忘れですか」
「王国は一つだ。別の王家はもはやない」
苦しい顔で、ソレオが言う。
世が世なら、それこそ目の前の男が王太子であったかもしれない。
「ナルデバル朝が続いてれば逆でしょうに」
「忌々しい、ゲデヒトニスがいなければな」
沈黙が落ちる。先にソレオが言った。
「あれか、お前は殿下に近づく小娘の為に俺まで巻き込んだのか?」
「巻き込んだのは申し訳ありません。自業自得でしょうが」
俺の返答にソレオは鼻を鳴らす。
「父への釈明に、お前の考えを出す」
「カルナデル公には、よろしくお伝えください」
俺が一礼すると、ソレオは言う。
「何をするかだけ事前に教えてくれ」
「了解です」
俺が言うと、ふとソレオが質問した。
「カーミラの事はどう思う?」
カーミラ=セストラル。第3王子の婚約者。
ゲデヒトニス、アストリオ、ムートベックではなく、初めてセストラルから選ばれた姫君。
「どうとは?ナルデバル……その後継カルデナルもウラージを受け入れたんです。セストラルから娘を出しても不思議ではないでしょうが」
「ずけずけ言うな」
悪いな、お前のおふくろの実家を悪く言って。
しかし、事実だ。
旧都系でウラージと縁戚を持つ必要がある家と言ったら、セストラルくらいしかない。
「そのカーミラが何もしないのはどうだ?」
俺はソレオを見る。
こいつ、取り巻きと友人がアレだから質問すれば答えてもらえるとでも思っているのかね。
「知らねえっす」
「お前」
「カーミラにホの字なら、動いてください。婚約破棄など何なりと。権力的な話なら、まだレーレロイの娘は放置できますっしね」
俺は続ける。
「カーミラの障害として見ても、レーレロイの娘は家格が違いすぎて話しになりません。伯爵ならいざ知らず、準伯爵の娘。まずあり得ませんが…これでカーミラから殿下を寝取っても、殿下が王位継承権を捨てなければ正妻は無理でしょうよ」
「ウラージが帝家に姫を嫁に出した前例があるのに?」
現王家がこのアンケルトの王家として認定された経緯をソレオは話す。
俺は、歴史の知識を引っ張り出して答えた。
「あれこそ例外でしょう。
あの時代公式にはアンケルトに王家は無かった。クロティルダ王家亡き後、国を采配していた将軍家ポーツマスは絶え、護国卿…現ゲデヒトニス、アストリオ、ムートベック、そしてウラージ。家格として下であろうと、ウラージの姫が帝家に嫁入り出来ました。
ナルデバル朝は末期で難しかったのでしょうよ。結果的にナルデバル直系も断絶、女系であるカルナデル家がセストラルでなく、後継についたじゃないですか」
ソレオは納得する。
「思えば複雑怪奇だな」
おおむね同感だ。俺は私見を話す。
「そもそもがクロティルダ王家が絶えた後、ポーツマスが将軍職で国を治めたのが変なんですよ。外憂があったと言えね。その統治も内戦でボロボロになりましたが」
俺はそこまで話して脱線した話しを戻す。
「何にせよ、カーミラがレーレロイの娘に何しようが僕は知りません」
「…そうしてくれ」
話は終わった。
俺は席を立つと、ああと思いだしたように付け加える。
「ニキビ直ったんですね。多分今なら、クララ嬢に謝れば許してもらえますよ」
「…口が悪いぞ!ファットマン!」
俺は笑いながら部屋を後にした。
二人とも非童貞です。
ボイドは割と普通の貴族様で、ブタとスケベが変なだけです。