10 悪役登場(主人公の味方として)
01の回収その2です。
「失礼、貴女は“どなた”だろうか?」
「大変失礼いたしました。私、甲冑師アスタ・フレイザーの娘、モニカと申します」
私は一応覚えていた貴族向けの礼をする。
ボイドは気に入らない。が、彼の方が身分が上だ。
彼はじろじろと私を見てから言った。
「今、私はクララ嬢と話していたが」
「存じております。ただ、『たかが鎧』とボイド様がおっしゃられたので失礼を承知でご意見したく」
ボイドの目が変わる。
クララ嬢に向けていた敵意の視線だった。
「何かね?」
「軍を率いられる貴族様ありきの軍でありますが、兵士が頼むるのは鎧であります。無名の甲冑師の娘ではありますが、たかが鎧と言われては私ども甲冑師らの立つ瀬がございません。何卒、鎧を軽んじられるのを控えて頂けますでしょうか?」
私は感情を出さず、怪しい敬語で言いきる。
意味合いは「鎧をディスんな、せめて抑えてくれ」だ。
この返答にボイドは、やや間をとってから返答した。
陰険そうだけあって、多少は発言の責任を考えられてるようだ。
「モニカ、確かに私が浅慮であった。お前たち甲冑師、兵どもの気持ちを測ることが出来なかったな」
そこまで言ってから奴は続けた。
「平民ですら思慮あるのにクララ嬢、あなたはどうだ?」
私は眼を細めた。
この野郎、私をダシにして更にクララ嬢を貶めるつもりか。
「……そこの平民とは関係ありません。ただ」
ボイドと取り巻きの視線を受けても、クララ嬢は動じなかった。
「姉上への侮辱は許せません」
はっきりとボイドの目を見て言ったクララ嬢。
対する無言のままのボイド。
険悪な雰囲気だ。
何が起こっても不思議ではない。
やがて何かが起これば一触即発まで空気が変わった時だった。
「そこまでにしようか。うん、うん、空気が悪いよ」
場を崩すような、ずいぶん気楽な声が聞こえた。
ボイドの後ろから歩いてきたらしい。
その声の主は、肥満の大男だった。
彼は笑って言った。
「ボイド様にソレオ様、僕と決闘しよう。クララ嬢の代わりに僕が挑むよ」
「ファットマン!」
怒りの声はボイドではなかった。
ボイドの背後にいた少年、おそらくソレオ様が大声を出した。
ソレを見て、ほとんど開いているように見えないファットマンの目が更に細まる。
「どうしたんですか?大声あげて」
「なぜ貴様がしゃしゃりでる。これはボイドと、クララ嬢の…」
ソレオ様が最後まで言うことは無かった。
太い手でファットマンが制したからだった。
「そう、それ。女性から決闘売らせるなんて、ソレオ様のそういうところ嫌いだね」
「貴様…ッ」
「それに僕は君の行動を不快に思った。だからさ、決闘しようぜ」
表情とは裏腹に険悪な雰囲気のファットマンとソレオ。
その横でボイドは考え込んでるようだった。
>決闘を受けるか、否か。その悩みと見るな
【記憶】が言う。
>どういうこと?
>断れば彼らは臆病者として失笑の対象になるだろ? 男の子も面倒なんだよ お嬢
【記憶】はそこまで話して私に周囲に気を使うように促した。
>話しをすれば やっと仲裁者がやってきたわ 遅いこった
「…何の騒ぎだ」
「これは殿下」
近づいてきた少年に対し、真っ先に恭しくもファットマンが礼を取った。
その相手が第三王子ルドウィクだと気付いた私もクララ嬢も、慌てて礼をした。
遅れてソレオもボイドも同様に礼をしたが、一番先にソレオが弁明した。
「殿下、つまらぬ話で御座います。クララ嬢が私の言葉を誤解し、ボイドと口論になったのです」
自分がクララ嬢と同じ立場になったと自覚したためだろう。
ソレオはすらすらと続ける。
「そこで鎧を鎧をないがしろにしたボイドの発言を、そこの平民が諫めたのです」
咄嗟にしては自分の汚点を伝えない見事な言い方だった。
だが、殿下もこのホールに居たのだ。
詳細は聞こえずとも雰囲気は察していたのだろう。
彼はフンと鼻を鳴らす。
「ならファットマンは何だ?」
「バンダン殿に決闘を申し込んだのです」
きっぱり言い放ったファットマンをボイドは見る。
表情は変わらない。
殿下はそんな二人を見て、考え込む。
殿下の取り巻き、ヘリオス様が口を開いた。
「ルドヴィク様、ここは決闘を認めてはいかがでしょうか?」
ヘリオスがそう言うと、枢機卿嫡子クライストスが同意する。
「ですね、決闘は権利でありますから」
ソレを受けて学園主席ミコラが反対する。
「良くある学生闘争ではないんですよ、お二人。珊瑚もそう思いませんか?」
西国の貴族である珊瑚はボソリと言う。
「いや俺はそう思わない。果たし合いならば受けるべだろう。貴人ならば名誉を重んずべきだ」
私は「こいつらぞろぞろ来たな」と内心毒づいていたのだが、最後の一人を見て気分が変わった。
リリシア様だ。
制服姿の彼女は私たちを見てボソリと零した。
「…これ?イベント」
私がおやと思う前に、ファットマンが発言した。
「恐れ多くも皆さま方にご意見いただき、このファットマン、感激の極みであります」
いっそ悪徳商人になった方がよさそうな卑屈さを押し出した態度で彼は続ける。
「何卒ボイド殿 ソレオ殿との決闘を許していただけませんか?」
そんなファットマンを見てから、殿下は口を開いた。
「クララ嬢の為なのだろう?許す」
「殿下!」
言葉は短い。だが王族の言葉だ。
不服ゆえか即座にソレオが声を上げたものの、殿下は表情を変えず言った。
「くどい。ただ、それではソレオとボイドが不利だ。そうだな、クララ嬢には二名加勢を受けたのだ。ソレオもボイドも友人に加勢してもらえ。3名で決闘すればよかろう」
嫌な予感がした。
リリシア様は何か思うところがあるのかクララ嬢を見ている。
「代理人を立てても構わぬ。鎧の扱いで始まった争いなのだ、10日後、鎧で決着を付けたまえ」
そう王子は満足そうに沙汰を下した。
あの事件から一夜明けて、私は貴族校舎の中を歩いていた。
セリーヌに叱られ、両親に叱られ、妹と弟からは称賛を受けた。
ちなみに衣類商の男の子と宝石商の女の子はいい意味で宣伝になったと後からこっそり声をかけてくれた。流石商人、肝が据わってら。
やっと目的地についた。
生徒同士の談話室…もっとも談話と言っても、高位の貴族か金持ちの貴族が自由に使える部屋なのだが。
私は息を吸い込むとノックした。
返事があった。ファットマンの声だ。
扉を開けると、ごつくデカいゴブレットでファットマンがお茶を飲んでいた。
「やあ、フレイザー女史」
「ファットマン様も御機嫌うる…」
「いいよ、そんなの」
ファットマンは手で制すと、私に椅子を勧めつつ言う。
「アルジャーノンの姉だろう?使用人の家族、そしてその勇気に応えるために僕が勝手にやっただけだからね」
家名で疑っていたが、やはり彼は弟が雇われている家の人間だったようだ。
私は警戒する。彼は、血も涙もない取り立てをする『金貸し伯爵』の息子なのだから。
私はファットマンを注意深く見た。
そんな私の心情を彼は見てとったらしく、笑うと言った。
「まあ固くならないでよ、うん。決闘に誘ったのは悪かったけど、負けてもいいんだから」
意外な答えだった。
ボイドとソレオが気に入らないから乗ったのではないか。
「負ければ、ファットマン様の名誉を傷つけますが?」
「死ななきゃいいんだ。再起は何時でも出来る。ご先祖様は酒で失敗しても復活したからね」
私は、やや達観した雰囲気を目の前のファットマンから受けた。
彼は私にも茶を注ぐ。
なんだか良く分からない種類の良い香りの茶であった。
「……ありがとうございます」
「お茶が趣味でね」
彼は自分のゴブレットを満たすと続けた。
「僕の趣味はいいだろう。とにかく一度君と話したかったんだ」
私はファットマンを見る。
一応私も女だ。彼の真意を測りかねた。
ファットマンは先に言った。
「うん?ああ、心配しなくていいよ。君やクララ嬢をどうにかしたいって気持ちもないしね」
おやと私は思った。
私はともかく、クララ嬢は美人だ。
意外に思っていたのが分かったらしく彼は続ける。
「僕はふとっちょだからねえ、もてないしねえ」
「…そうですか?」
「女の子から好かれると思ってないし、どうにかなると思ってないよ」
自己評価が低いのか、それともただ事実を言っただけか。
私が何も言えないでいると、彼は茶で口を湿らせて言った。
「まあ、アルジャーノンの姉さんってのは興味はあったよ」
私は黙って茶を飲む。
驚いた、ドライフルーツベースのハーブティーである。
「あ、おいしかった?良かった。僕が作ったんだ」
「ええ、とてもおいしいです」
「おかわりもあるよ。いやあ、アルジャーノンから姉も鎧に乗れると聞いてたからちょっと怖い人かと思ってたけど、悪い人じゃなさそうで良かった」
私はあいまいな表情を浮かべて、直接的な言及を避けようと頭を捻ることにした。
さて…どう言い訳するか。
傍目には無害そうな肥満児に注意しながら私は、考え始めた。
鎧。
この世界で言う、鎧とは二種類ある。
一つは戦場に出向くために着るもの。もう一つは、乗りこむためのものだ。
魔法だなんて≪わけのわからない力≫で動く、鋼の巨人【ヨロイ】。
このヨロイ、剣や槍より歴史は浅いが、古えの魔術師が発見した魔力反発素材と魔力推進機と言う発明以来、武器の頂点に居座り続けている。
何せ金属の塊が人そっくりに動き、空を飛ぶのだ。
魔力反発素材が関節を動かし腕や足を持ち上げ、魔力推進機で空を舞う。
これには馬上の騎士も、伝説にしかない竜の騎手ですら相手にならない。
攻城兵器なら壊すことも可能だが、鳥のように舞うヨロイを落とすのは至難の業だ。はるかな古代のヨロイは飛べなかったが、以後歴史上に現れるヨロイの全てが飛べたことも手伝い、ヨロイはヨロイでなければ対処出来ないとされた。
以来、ヨロイ乗りは戦場の花形であり続けている。
それは露骨に生まれで強さの天井が決まる魔術と違い、ヨロイならたとえ魔力が乏しかろうと己の腕で先天的な要素を贖えたからだと私は予想している。魔術の才能に恵まれなかったのに、叙勲にまで至った武芸者の話がよくあるのも、その査証だろう。
そんなヨロイを造る甲冑師を実父とする私は、当然ヨロイに乗れた。
だがヨロイに乗れると言うのはうちの家族のような例外を除けば、ただの平民では希なことだ。
いなくはないが、誰もが持っている技能ではない。
そして何より、ヨロイを操れると言うのは、例外なく戦えることを意味していた。
…間違って決闘に出されてはたまらないと、私は慎重に言葉を選んだ。
「単なる、推進機を吹かしたり歩かせたりだけですよ。父の手伝いしかしていませんので」
「なんだ、そうか」
ファットマンはそういうと、私を見た。
「じゃあ、代理人はアルジャーノンにでも出てもらうのかい?」
痛いところを突かれた。
私の知り合いで、ヨロイ乗り、ヨロイ持ちの知り合いは少ない。
彼の指摘通り、上の弟と、お父さんなら乗れるし戦えるだろう。
私は、悩みつつも答えた。
「最悪は。私の方でも考えますが、お力をお借りするかもしれません」
私が言うと、ファットマンは満足そうにうなづいた。
ファットマンはデブです。
ファットマンはデブです。