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母なる森

 暗い森の中に、細く小道が続いていた。

 その、むせるような緑の中を、私は歩いて行く。

 この森は、私の管理する百以上の「森」のうちの一つなのだ。


 そしてどうやら、私は滅多にない異常を見つけてしまったらしい。

 ひと枝の葉が、黄色くなっているのだ。樹勢が弱っている。


「仕方ないな」


 私はつぶやき、その樹の根元を撫でた。

 樹の養分を横取りしている「あれ」を取り出して、樹勢を戻してやらねばならない。

 一本の樹が弱ると、それは周りにも影響を与え、森全体の調和が崩れるのだ。


 私は樹の根元に超振動ナイフを当て、ゆっくりと切り裂いた。

 羊水に似た樹液の流れ出す切り口に腕を入れて「あれ」を取り出し、樹と繋がる管を引きちぎる。

 明日までには切り口も塞がり、十分な栄養が樹全体に回るようになるだろう。


 強化セラミックの体に付いた汚れを拭いながら私は、足元でキイキイと鳴く「あれ」を見下ろした。

 泥色にぬめぬめと光る、胎児に似たちっぽけな生き物。

 しかしこれが、森と私達の創造主、人類の成れの果てなのだ。


 文明の果てまで昇りつめ、種の老年期に入った彼等は、その種としての胎内回帰願望を満たすための揺りかごとしてのこの森と、その管理者としての我々を創り、眠りに入っていった。


 樹々はへその緒から彼等に栄養を与え、その排泄物を吸収し、更には互いに繋がる根を介して遺伝子を送り合い、彼等の子をーー宿りのいなくなった樹の中にーー作るのだ。

 今、彼等は樹の中で生まれ、成長し、そして死んでゆく。

 ただ、それだけだ。

 意味なぞありはしない。


 足元からの鳴き声は、もう途絶えていた。

 今の彼等は、樹を離れては生きてゆけないのだ。

 私は、自分に与えられた感情という余分なものを疎ましく思いながら、森を出た。


 高台から見るこの世界。

 文明の光と闇が満ちていたであろうそこには今、ただ暗い森だけが広がっている。


 どこまでも、どこまでも。

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