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禁忌

 新しい年も明け、あれから二十年目の春を迎えたのを機に、私は妻を連れて故郷を訪れた。最愛の姉を失った、この桜の森を。


「……この樹なの?」


 まだ堅いつぼみを見ながら、妻が尋ねた。


「ああ、そうだよ。ちょうどここだ。僕がまだ、七つの時だった。姉さんと二人でこうやって歩いていると……」


 何もかも憶えている。あの時、私の後ろに浮かんだ何かに視線を氷りつかせ、突然に足を止めた姉の、恐怖に満ちたあの表情。


「見ては駄目。あれは、見てはいけないものよ」


 そう言って慌てて引き寄せ、私の視線を塞いだ姉の体の震えさえ、私は憶えている。そしてもちろん、その日のうちに姉が高熱を出し、二度と還らぬ人となったことも。


 ……あの時、姉が一体何を見てしまったのか。

 一体何を、私に見せまいとしたのか。今となっては知る術もない。ただ、もしあの時姉が私を庇ってくれなければ、きっと私自身も姉と同じように……。


 私は桜の幹を抱いて目を閉じ、姉の面影を脳裏に浮かべた。あの頃、姉は十七、八だっただろうか。美しかった。決して忘れることなぞ、出来ぬ程に。


「あ、あなた・・・」


 妻の声が震えた。見ると、大きく目を見開いた妻が、震える腕で私をーーいや、私の背後にある何かを指差している。

 その妻の恐怖に満ちた表情で、私は悟った。


「見てはいけない!」


 心の中の叫びは、私を止めることは出来なかった。

 引き寄せられるように、私は視線を移してゆく。背後に浮かぶ、何かへ。


 ああ、止められない。私は止められない。

 私の視線が今、それを……。


 アア、ワタシハ、ミテシマッタ。ミテハイケナイモノヲ、ミテシマッタ。


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