勇者様は友達がいる
案内されたのは、王城の客館だった。
この建物は先日お世話になったデネルの町長屋敷の軽く2倍の大きさがあるように見える。しかも内部には磨き上げられた大理石の床が広がっていて、各所には絵画やら彫刻やら割ったら大変なことになりそうな壺やらが所狭しと置かれていた。芸術品の良し悪しは分からないけれど、どれもきっとかなり高価なもののはず。
そんな高級品に囲まれた空間は、正直言って居心地が悪かった。レンがいたなら「貧乏人はこの程度で緊張できて羨ましいな」と嫌味を投げかけてきたことだろう。
客間にて、上質なサテンが張られたソファに腰かけ1人しゃちほこばっていると、お茶を運んできた侍女と共に、私たちの応接担当だという男性文官が訪ねてきた。
「アルタ様、長旅大変お疲れ様でした。国王陛下より、こちらの客館は勇者様御一行にご自由にお使い頂くよう仰せつかっております。どうぞお寛ぎになって下さい。使用人も常時控えておりますので、ご用命の際は彼らにお声がけをお願いします」
「ありがとう、ございます。でも、レンも——勇者様もいないのに、1人で羽根を伸ばすのは気が引けちゃって。彼は今、どちらに……?」
「勇者様は現在、国王陛下に旅の報告をされています」
「そうですか……」
それではもうしばらくの間、慣れない部屋で1人緊張の時間を過ごすしかなさそうだ。まさか、レンの到来を待ち侘びる日が来ることになろうとは。
淹れてもらったお茶を一口啜っても、まるで味がしない。
心の内でため息をつくと、男性は苦笑混じりに言葉を重ねた。
「あの会話能力の欠如した不愛想相手では、いくら陛下でも話を弾ませることなど不可能でしょう。旅の報告なんてきっと数分で終わってしまうので、そうお待たせすることはないはずです。突然こんな場所に押し込められて窮屈だとは思いますが、もう少しご辛抱下さい」
「えっ?」
随分とレンに対して気安い物言いに、驚いて男性の顔を見上げる。彼はこちらの疑問に答えるように、軽く一礼して名乗った。
「俺はセルデンと申します。レンとはガキの頃からの結構古い付き合いでして、まあ、一応友人っていうことになるのかな」
「友……人……!?」
衝撃的な単語の出現に、思わず聞き返してしまう。
あのレンに、友人? 見知らぬ人に話しかけられただけで威圧という名の人見知りを惜しみなく発揮するレンに、友人? 罵倒の方面にばかり口が回って、肝心なところでは言葉が足りな過ぎるレンに、友人? この世で最も清廉で慈悲深い存在であるはずの聖女様をブチギレさせ、旅の同行を断られたという噂のレンに、友人?
「はは、まあそんな反応になりますよね。俺もどうしてあいつと友人なのかよくわかりません。関係を切り損ねてずるずる付き合いを続けていたら、なんかこうなっちゃって」
「はああ……」
……本物だ。
彼とは気の合う仲で大親友なんですよ、なんて言われたら即自称友人認定をするつもりだった。けれどこの言い方は、レンのあの厄介な性質をよく知る人のもので相違ない。
レンに友人がいたとは。世の中何が起こるかわからないものである。このセルデンという人物は、レンと仲良く会話ができるのだろうか。彼と友人関係を構築するなんて、私には未知の領域すぎて、2人が友人らしく接する姿を想像できない。
私が衝撃を受けて固まっていると、セルデンさんは苦笑を更に濃くした。
「そんなに驚かないで下さいよ。俺からしたら、あいつとの旅を1年も耐え抜いた貴女の方がよほど稀有な存在なんですから」
「ご、ごめんなさい。レンにこんな見た目がまともそうなお友達がいるなんて知らなかったので」
そう言ってから、自分が随分失礼なことを口走ったことに気付く。慌てて弁解しようとしたら、セルデンさんは笑顔のまま、「お気になさらず」と首を振った。
……大人な対応だ。レンならここで更にきつい言葉と嫌味を織り交ぜてやり返してくるところなのに。
やはりセルデンさんは、かなりまともな人物に見える。
「まあ、とにかくそういう事情があって、本来客人の応対は専門外の俺が、しばらくあなた方の御用担当になりましたので、何か困ったことがあったら教えて下さい。ここには毎日顔を出す予定ですので」
「ええ、よろしくお願いします」
「もし室内が落ち着かないなら、庭園でもご覧になるといい。俺は花のことは詳しくありませんが、ここの庭はなかなかのものですよ」
「お気遣い、ありがとうございます。じゃあ、折角なのでそうさせて頂きます」
気さくに話しかけてもらったお陰で、強張っていた顔の筋肉が和らぐのを感じる。もう一口お茶を口にすると、今度は少しだけ香りがした。