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勇者様には近寄れない

ここから数話コメディ薄めです


 クレスの言う通り、オルフィーヌは空を飛ぶのがとても上手だった。

 風を切り、青空を泳ぐように滑らかに進む空の旅は心地よく、疲れも憂いも全て忘れてしまいそうになる。

 ……でも、視界の端にちらちらともう一匹の竜が映る度、私は現実に引き戻されることとなった。

 竜の背中に乗る彼らが、どういう状況なのか分からない。直視する勇気はなく、彼らの存在を感じる度に、私は下界の景色に視線を落とした。

 

 そうしていると、緑の中にぽつぽつと人家の小さな影が見えていただけの風景が、段々と建造物で埋められていく。やがて、まっすぐと伸びる街道が眼下に現れ、その先には中心に豪奢な城を据えた巨大都市が見えてきた。

 ——王都だ。


「アルタ。僕たちはこれから王城広場に着陸するが、広場には竜2頭を降ろせるだけのスペースがない。悪いけど、オルフィーヌには王城の竜舎に降りるよう指示を出すよ」


 クレスにそう呼びかけられて、つい反射的に声の方へと顔を向けてしまう。姫君と騎士よろしく、仲良く鞍にまたがる美男子2人の姿が目に入って、慌てて私は視線を逸らした。


「わかったわ」


 クレスの方を見ないようにしながら、頷く。するとクレスたちを乗せたエルフィーヌは、ばさっと翼をはためかせ、そのまま王都の中心へと滑空した。


 オルフィーヌも続いて、王城方向に進路を定める。胸が痛む空の旅は、ひとまず終りを告げるのだった。








「あれ、クレス様は……貴女は……?」


 オルフィーヌが竜舎の真横に着陸すると、数名の従卒らしき人々が慌てて駆け寄ってきた。彼らは、てっきりクレスがここに降り立つものと思っていたらしく、オルフィーヌの背に見知らぬ女が跨っているのを認めると、大きく目を見開いた。


「えっと、私は勇者レンのパーティーメンバーの1人、アルタです。クレスは勇者レンと共に、もう一方の竜と王城広場へ向かいました」

「そ、それはそれは。アルタ様、魔王討伐の旅お疲れ様でした」


 従卒はそう言いつつも不思議そうに首を捻っていたが、すぐに切り替えて私が鞍から降りるのを手伝おうと手を伸ばしてくれた。鞍から転げ落ちた痛い記憶に少し怯えながら、私は慎重に鞍から足をはずす。


 ——そのとき。


 わあああああ!


 少し離れた場所で歓声がどっと湧き上がり、大気がビリビリと揺れた。

 オルフィーヌが驚いて首を持ち上げる。予期せぬオルフィーヌの動きに対応しきれず、私は見事に足を滑らせ、ごちんと地面に落ちた。


「いったぁ!」

「アルタ様! 大丈夫ですか!」

「……え、ええ。大丈夫、です。それより、これは一体?」


 数人に助け起こされながら、私は今も続く地響きと歓声に耳を傾ける。


「恐らく、広場に勇者様が到着なさったのでしょう。勇者様の凱旋と聞いて、今日は王都のみならず周辺地域の人々まで広場に殺到しておりましたので」

「そんなに……?」

「はい、当然のことかと。さあ、アルタ様もお早く」


 そう言うと従卒たちは、私の両脇をがっちりと固めて歩き始める。ほとんど運ばれるようにして、半強制的に私は王城広場へと移動することになった。


 広場は確かに、隙間が見えないほど大勢の人で埋め尽くされていた。そして群衆の海原を越えた先に、ぽっかりと人のいない空間があって、その中心にぶすっと不機嫌な表情のレンの姿がある。更にその隣では、クレスが気まずそうに遠慮がちな微笑みを浮かべていた。

 クレスがふと何かに気づいたようにレンの肩を叩いて、耳元で何か言う。その様子に、まず「キャアアアアッ!」とあちこちで黄色い歓声が強まった。次に、レンが不本意きわまりない、といった表情のまま、人々に向かって手を振る。今度は、「オオオオオッ!」と、地割れを起こしかねない勢いで、群衆全体が沸き立った。


「ひゃっ」


 気圧されて、私は情けなくも数歩後ずさる。案内をしてくれた従士も、一帯を見回して「こりゃダメだ」と頭を掻いた。


「まさかここまでの騒ぎになるとは、想定しておりませんでした。流石に我々だけで、アルタ様を広場の中心にお連れするのは難しそうです。申し訳ございませんが、一度城に戻りましょう」

「そ、そうして下さい」


 こんな熱狂した人々の壁をこじ開けてレンの隣に行くなんて無茶な話だ。たどり着く前に、圧死してしまう。

 よく見ればレンとクレスの周囲には盾を装備した兵が数人いて、今にもレンに飛びつきそうな人々を、必死の形相で押し留めていた。彼らの表情が、いかに群衆の圧と熱気が凄まじいかを物語っている。


 クレスはこうなることを見越して、私とレンを同じ竜に乗せようとしたのだろう。今更彼の計らいに気がついたけれど、最早私にはどうすることもできない。……彼には、悪いことをしてしまった。


 従士に導かれて、私は再び王城を目指す。最後に振り返ると、怖気付く様子も圧倒される様子もなく、いつもの仏頂面で堂々と立つレンの姿が目に入った。

 

 ——レンは、勇者なんだな。


 そんな当たり前の事実を、何故だか噛みしめる。そうすると同時に、もう一度黄色い歓声が広場から聞こえてきた。


「……」


 どうしてだろう。なんだか、嫌な予感がする。

 何もおかしなところはないはずなのに、また何かやらかしてしまったような——取り返しのつかないことをしてしまったような、そんな気がする。


 いやいや。デネルの町では人前で余計なことを騒いでレンに悪臭という不名誉を与えてしまったけれど、今の所王都では私は何もしていない。きっと大丈夫。


 ——そんな風に己に言い聞かせながらも、未だ得体の知れない不安を抱えながら、私は王城広場をあとにするのだった。





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