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勇者様もつつきたい



 あの後、町長の館では、様々な食事が振る舞われた。

 レンが望んでいた(かもしれない)シチューやらはなかったけれど、久々の温かいご馳走だった。


 レンの周囲には常に人だかりができていて、私は遠目から彼を見守るかたちになったけど、特に問題は起きなかった……と思う。レンは相変わらず仏頂面のまま、それでも嫌とは言わずに、自分を囲む人々にちゃんと応対をしていた。

 幻聴が聞こえると騒ぐ人は、もちろんいなかった。




 宴が終わり、外からまだ漏れ聞こえる人々の笑い声に耳を傾けながら、私は宛てがわれた自室のベッドに横になる。


 何だか色々ありすぎて、どう受け止めればいいか分からない1日だった。

 魔王を倒した喜びなんて一瞬で吹っ飛んだ。あの忌々しい呪いは、確かにレンを呪い、そして私のことも呪ったのだ。


『魔王にも世界平和にもさして興味はなかったが、この瞳を、愛する女性を守ることができたなら、命を懸けた意味はある』


 怪しげでややポエチックなセリフが頭の中に想起される。しばらくしたあと顔がかっと熱くなって、私は枕に顔を埋めた。


「あり得ない……。レンが私を、す、す……」


 好きだなんて。

 好きなら、この1年間の彼の態度はなんだったというのか。私、結構ひどいことを言われてきたと思う。あまりにドライで厳しく辛辣だったから、レンのことを男性として意識したことなんて一度もない。


「うう……眠れない」


 体はひどく疲労しているのに、心臓がばくばく動いて、目がきんきんにさえてしまう。

 今現在も呪いに苦しめられながら、私は魔王を討伐した記念すべき日の夜を過ごすのだった。









 外がなにやら騒がしい。それに、何かが羽ばたくような音がする。

 目をこすりながらゆっくり起きてみると、窓から陽の光が漏れているのが見えた。


 もう朝なのか。いつのまにか寝入っていたけれど、まるで休めた気がしない。


 これで日中移動するのは辛いな……と思いながら、カーテンを開いて外を覗く。


「!」


 空を舞う、2つの大きな影があった。影は太陽を背にすうっと滑空して、館の前へと降り立つ。


「ゴオォォォッ!」


 そして、1つ咆哮する。

 硬く光沢のある赤い鱗に、力強く開かれた両の翼。王者のごとく周囲を見下ろす金色の瞳は知的で、それでいて野生的な輝きを放っている。


 ——レッドドラゴン。


 誇り高く凶悪な空の覇者が2匹、陽光を受けて立っていた。









「レン!」


 魔導杖を持って館を飛び出すと、ドラゴンを見上げるレンの後ろ姿があった。


「……お前か」


 レンはちらりと振り返って、またドラゴンに視線を戻す。

 腰に剣はあるが、柄に手をかけるどころか、警戒している様子もない。あまりに無防備な様子に拍子抜けしてドラゴンを見れば、またドラゴンたちも、火を吹くどころか牙も見せないで、のんびりと欠伸をしている。


 ……あれ?


 てっきり敵の襲来とばかり思っていた私は、杖を持つ手を緩める。レンの隣に立って、猫のように日向ぼっこをするドラゴンをぽかんと見つめた。


「あ、あの、レン。このレッドドラゴンは……」

「敵ではない。飼い馴らされたモンスターだ」(前髪が寝癖で跳ねているな)

「飼い馴らされた……? それって……」


 私はドラゴンの背へと視線を移しつつ、前髪を手で触る。うわ、ほんとにぴょんってなってた。


 2匹のレッドドラゴンの背には、鞍のようなものがくくりつけられていた。一方には、鞍に跨る人の姿がある。


「勇者レン! それに、アルタ!」


 若く、ハリのある青年の声。


 ——この声は。


 人影は跳躍してドラゴンの背を降りると、私たちの方へと歩み寄る。


 それは、赤毛の年若い青年だった。その逞しい体は白の甲冑に包まれ、胸元には王室直属の証である百合の紋章と、竜を象った徽章が輝いている。翡翠色の双眸は自信に満ち溢れていて、なんとも眩い。

 彼は、騎士クレス。王国が誇る最強無二の、麗しきドラゴンライダーだ。


「ああ、本当にやり遂げたんだな! 魔王討伐おめでとう! 僕は君たちが誇らしいよ!」


 美貌を惜しげも無く破顔させ、クレスはがばっとレンに抱きつく。

 レンは非常に嫌そうな顔をしながらも、一応はそれを受け入れた。


「……何だ。そんなことを言いに、わざわざここまで来たのか」(まだ前髪が跳ねている)

「ははっ、相変わらずドライだな。だがもちろん、それだけではないよ。君たちときたら、魔王を倒したというのに王都へ使い鳩の1つも寄越さないものだから、陛下が大層ご心配になってね。こうなったら勇者一行を探し出してそのまま王都へ連れてこいと、指令を出されたのさ」


 クレスはレンから体を離して、少年のように微笑む。


「国で一番足の速い、この僕にね」

「速いのはお前ではなく竜だろう」(アホ毛みたいで実に良い)

「はは、手厳しいな」


 全く気分を害した様子もなくおおらかに笑い、そしてクレスは私の方を向いた。


「久しぶりだね、アルタ。暴竜討伐のとき以来か」

「ええ。もう2ヶ月ぶりくらいになるかしら」


 そう返すと、彼は「懐かしいな」とレンの肩を無理やり抱いた。 


 クレスは、王室直属騎士団の竜騎士だ。竜騎士とは非常に稀有な役職で、ドラゴンテイマーという才能があり、かつ勇気と高い戦闘技能を兼ね備えなくてはなることができない。

 にもかかわらず、クレスは12歳という若さで竜騎士の称号を得て、以来王国最強騎士の名前をほしいままにしている。


 彼とはこれまでに何度か、国から依頼された特殊任務で共に戦ったことがあった。先ほど話していた暴竜討伐というのもそれだ。

 平時は雇用費節約と人見知りのため、他人のパーティー同行を嫌がるレンだが、国からの指令があったときには、一時的にその道のスペシャリストとタッグを組むことがしばしばあった。そういうとき、雇用費は国負担になるし。


「こんなに早く、君たちが魔王を倒してしまうとは思わなかった。こんなことなら、暴竜を鎮めた後もそのまま君たちに同行していれば良かった」


 クレスの言葉に、私は何度も頷く。私もそうして欲しかった。

 レンはそんなことなどどうでもいい、と言いたげに「ふん」と鼻をならす。


「では、王都には魔王討伐の知らせがしっかりと届いているのだな」(寝癖をつけたままでいるとはなんと愛らしい)

「ああ。街中お祭り騒ぎさ。すでに王宮では君たちの祝賀パーティーが予定されている。しばらくは忙しくなるだろうから、覚悟したほうがいい」

「俺は、俺の職務を果たしたまでだ。関係のない連中に褒めそやされる会になど用はない」(髪ひとつ跳ねただけでここまで心揺されるとはな)

「そう言うなよ。君は英雄なんだ。人々の前にでて褒めそやされるのも、勇者の仕事の1つだよ」

「くだらん。そういう仕事はお前1人でやればいい」(もういっそ、前髪跳ねアルタという新たなジャンルを打ち立てるべきか)

「ああもう、しつこいっ!」


 驚くほど会話に関係のないレンの声に、つい私は声を荒げてしまう。しばらく我慢していたけれど無理だった。

 なんだよ前髪跳ねアルタって。


 突然の叫びにクレスとレンがびっくりした顔でこちらを見ている。


「アルタ……? 大丈夫かい」

「あ……ご、ごめんなさい。私、ちょっと疲れているみたいで」


 あはは、と笑って誤魔化す。疲れているのは本当だし。

 そんな私に、レンは冷たい視線を送るが、クレスはくつくつと何故か小さな笑いを見せた。


「仕方ないさ。君は魔王と戦ったばかりなんだから。疲れ果てて、ついさっきまでぐっすり眠っていたんだろう? 僕のせいで起こしてしまったようで、申し訳ない」

「え? どうして私が起きたばかりって分かるの?」


 尋ねると、何故かクレスは私をじっと悪戯っぽく見つめる。世の女の子たちは、彼のこういう無邪気な振る舞いに夢中になるのかな、なんて考えていると、クレスはこちらへと数歩歩み寄って、私のおでこをつんと突いた。


「ほら。可愛い寝癖が残っているよ」

「ああ。そういうこと」


 クレスに突かれたおでこをさすりながら、私は苦笑交じりに跳ねた前髪を手でおさえる。

 ちょっとだけ、彼の仕草にどきっとしてしまった。こういうことをさらりとしちゃうから、モテるんだろうな……。


 ——そのとき、私の隣でピシッと空気が冷たくなるのを感じた。


 ……あ。


 恐る恐る隣を見ると、私とクレスを、まるで道端に落ちた汚物を前にしたように、険しい顔で見るレンがいる。

 視線に内包された殺気に、私の体は勝手に竦んだ。


(……潰す)


 初めて聞く、いつものレンらしい心の声。

 不穏な予感が渦巻いて、私は恐れおののいた。


ここまでご覧頂きありがとうございました。

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