勇者様は空を見上げる
ハーフポーションによって復活した私と、心なしか元気のないレンは、魔王城からの脱出を果たした。
見上げると、空を覆っていたはずの暗雲は綺麗に消え去り、久方ぶりの青空が果てまで広がっている。私は空を仰いで、大きく息を吸い込んだ。
かつてこの一帯は、魔王城が吐き出す毒雲によって、昼も夜も不気味な闇で覆われていた。行きの道では、毒雲の落雷に何度も打たれそうになってはじめ苦労したっけ。
暗闇が続き、酸の雨が降るせいで人間がこの辺りで暮らすこと能わず、また近隣地域の人々も、作物の不作に困窮していた。
この美しい青空を見て、人々は魔王の消滅を知ることだろう。私たちは、大義を果たしたのだ。
ルルタ(妹1)、カルタ(弟1)、ポルタ(弟2)、マルタ(妹2)。
姉ちゃん、やったよ。
(彼女の苦しみを利用して、俺は己の欲を満たそうとした……。くそっ! 何が勇者だ……!)
……。
……後はこの問題をどうにかしなければ。
私は隣でおし黙る勇者を見て、重い重いため息をつく。
「えっと、レン。これからどうしますか」
「当初の予定通り、デネルの町へ向かう」
「……やっぱりそうなりますか」
あああ。どうしよう。結局町へ行くことになっちゃうか。
どうする? もう洗いざらい全てレンに教えちゃう?
レンは勇者だ。これから王に謁見したり、教会総本山へ行ったり、凱旋パレードがあったり、色々なさねばならないことが多いだろう。けれどこんな状態じゃ悲劇しか起きない。彼をいきなり王都の中心に放り込めば、世界的な大混乱が生じる可能性だってある。
覚悟を決めて、私は彼に教えてあげなくてはならないのだ——
(しかしやはり、元気なアルタが一番可愛い)
はい、無理ッ!!
崩れ落ちそうになるのを懸命に堪える。もう膝に土をつけたくない。
ハーフポーションで回復した魔力がガリガリ減らされるのを感じながら、私は苦肉の策を提案することにした。
「れ、レン。せっかくこんな美しい晴空を勝ち取ったんです。今日は近くで野宿して、この戦利品を堪能しながら体を休めるというのはどうでしょう」
「野宿だと?」
嫌そうにレンは顔を顰める。そうだよね。せっかく魔王を倒したその日に、固い地面と硬い保存食しかない野宿なんて嫌だよね。
だけどこれしかない。とにかく人を避けて避けて避けまくって王都へ向かう。そしてその間にどうにか呪いのスペシャリストについて調べて、この忌々しい呪いを消してもらうのだ。
……つまり、これから私はレンと2人きりでしばらく過ごさなくてはならない。考えただけで吐きそうなほど恐ろしい苦行だけれど、なんとか耐えてみせる。
嫌味な奴であっても、おかしな幻聴を聞かせてきても、レンは勇者。そして私の仲間なのだ。
「これだから田舎者は困る。汚らしい泥の上でも平気で眠ることができるのだからな」
自分だって、ドケチ節約でよく野宿していたくせに。しかもこれはレンを慮っての提案なのに。
しかしぐっとこらえて、私は笑う。
「ごめんなさい。だけど、こんなに空が綺麗なのが嬉しくって。魔王を倒したという喜びを、今日は噛み締めたいなって思ったのですが……」
「ふん」(確かに、この空は悪くない……)
お、傾きかけてきた。
レンが遠い目をして空を眺め始めたので、私はその横顔をじっと見る。
(よく分からない呪いのせいで、使命を果たしたという喜びを感じる余裕もなかった)
そうそう。その調子。
(未だ効果不明の呪いが俺の身に残っている。他人に害をなす可能性があることも考えると、安易に一般人と接触することは避けたほうがいいかもしれないな)
災厄レベルの害なら既に私が受けているけれど、その心意気やよし。民を気遣うなんて、勇者らしいところもあるじゃない。
(隣にアルタがいる。これ以上の贅沢があるだろうか。どんな馳走を並べられても、彼女がいなければ味気ない……)
……。
我慢、我慢。ご飯はみんなで食べた方が美味しいよね。
(……そうだ、今日は2人で星空を見よう。きっと彼女は喜ぶはずだ。2人きり、肩を並べて話をして——最高のシチュエーションではないか。……そうか! これこそ神が与えたもうた恩賞なのだ! 今が好機だ。チャンスを生かせッ!)
「やっぱり町に行きましょう」
「!」
バッ! とレンがこちらを向く。その目は「なぜだ」と言うように少し見開かれている。
「王都に連絡した方がいいし。お風呂入りたいし。美味しいもの食べたいし。うん、そうしましょう。わがまま言ってほんッと申し訳ない」
しばらく沈黙が続いた。レンは体を固まらせていたが、やがて腕を組んで見下すような視線を私に向ける。
「……分かればいい。お前はもう少し人間的な生活を送った方がいい」
「ははっ、そうですね。そろそろ土から卒業しまーす」
乾いた笑いを響かせると、レンもわざとらしく「ふっ」と笑った。
ごめんね、ルルタ(妹1)、カルタ(弟1)、ポルタ(弟2)、マルタ(妹2)。
姉ちゃんは世界の平穏より、自分の心の平穏を選びます。
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