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勇者様は肩を貸したい



 無傷でありながらノックダウン状態となった私は、レンに肩を貸してもらって魔王城の出口へと向かっていた。

 ちらりと横を見れば、すぐ隣にはレンのぶすっとした不機嫌そうな顔。


「全く、忌々しい。鍛錬を疎かにするから、魔力切れ程度で動けなくなるんだ」(華奢な肩だな。それに、良い匂いがする……)


 ううぅ。やめてくれぇ。


 レンは今も、絶賛呪われ中だった。

 きつい言葉の後に続く、甘いというか悩ましげな言葉の数々(Voice by レン)は、私の心を抉る抉る。

 本人に自覚がないのもまた辛い。それに、この呪いの性質が分からない以上、「レン、心の声がダダ漏れですよ」と言うこともできない。

 これが、呪いによる偽りの幻聴だったら、教えたとたん気まずくなる。これが本当に心の声だったら……考えたくない。


 こんな状態なのに、レンに助けてもらわないと帰れないなんて。

 今、2人パーティーの弊害がもろに私を直撃している。

 だから欲しかったのに、仲間。


 「私のことはいいから置いていってください」と言えたらどんなにいいだろう。けど、魔力切れの私なんて畑を荒らすゴブリンより弱い。

 魔王が倒された今も、魔王城では中級〜上級モンスターがそこかしこを徘徊している。だから私は、レンを頼って出口を目指すしかないのだ。


 それに、この状態のレンを放っておけない。

 この声の正体が何であれ、今の状態で人里に出れば大混乱が起きる可能性がある。そうなったら、いくらレンでも辛い思いをするはずだ。


 本当は、このことをレンに伝えるべきなのだろう。それは分かっている。



「……チッ、またモンスターか」


 小さく舌打ちをして、レンは前を見据える。

 彼の視線の先には、白く浮遊する影があった。白い影は私たちの方へと真っ直ぐに進んで来て、ただれた死者のへと姿を変える。そして苦しみ喘ぐような咆哮をあげた。


「下がっていろ」


 レンは私の肩から手を離し、腰元の剣に手をかけた。その視線は少し険しい。


 ——クレリックゴースト。よりによって、今一番避けたいモンスターと遭遇してしまった。

 奴らは名前の通り、霊体を持つ上級モンスターだ。ただのゴーストなら、レンが聖剣を一振りすればたちまち浄化される。けれど、聖職者の魂を汚染して生まれたこのモンスターには、聖なる力があまり通じない。もちろん、実体を持たないから物理攻撃は通らない。

 普段であれば、ここで私の出番になる。魔法は普通にダメージが通るので、ちょっと炎で炙ってやればそれですぐ解決するのだ。魔力が切れていなければ、簡単に倒せる相手なのに……。


「レン、こいつらは聖剣じゃ……」

「魔力切れが口を挟むな」


 しかしレンに、恐れる様子はない。効果がないはずの聖剣を抜いて、クレリックゴーストに刃を向けた。


「こんな雑魚、お前を頼る必要もない」


 そう言うと、レンは地面を蹴って、白い亡者へと突進する。

 突然接近する敵の姿に、ゴーストはたじろいでいるようにも見えた。


 聖剣が光の線となって、ゴーストの体を貫く。実態なき敵の体を貫通して、剣は手応えなく前に進んだように見えた。


 え、幽体相手に一体何を……。


「はッ!!」


 剣で亡霊の体を貫いたまま、レンも短く咆哮した。

 その瞬間、突風が吹き遊び、びりびりと空気が震える。


『あ゛ああああああっ!』

 

 聖剣より放たれた氣の圧を、身の内側からもろに食らったゴーストは、悲鳴をあげて霧散する。


 まるで煤のように散り散りとなった幽体は、やがてふわりと消えていった。


「すごい……」


 思わず口から声が漏れてしまう。

 これは練氣闘術。古来より伝わる、人間の氣を用いた武術だ。魔力でも霊力でもない、純粋な人間のエネルギーを用いて武器とする、人間だけの戦い方。

 これまでレンと行動してきて、練氣闘術を用いるところは何度も見たことがあるけれど、まさか上級モンスターを瞬殺できるほど強力な技だったなんて。

 やはり、勇者という存在は格が違う。


「言っただろう。お前を頼る必要はないと」


 レンはそう言いながら、ゴーストの残滓が消えた地面に、そっと手を置いた。


 ……その時、私は見た。


 レンはゴーストが消えたあたりに向けて、探し物をするようにキョロキョロと視線を動かしている。

 そしてふと視線を止めると、ささっと屈みこんで何かを拾い上げ、懐にしまい込む。

 その後、何事もなかったようにこちらを振り向いた。


「いつまでぼさっとしているつもりだ。そろそろ行くぞ」

「はあ。ところで、今何を拾ったんですか?」


 尋ねると、レンの表情が険しくなる。


「何も。それよりさっさと先へ向かうぞ」(くそ、見られたか)


 声が聞こえる。私には見られたくない何かを拾ったようだ。

 

 モンスターは稀にアイテムを落とすことがある。内容はゴミから宝石、装備品に巻物など様々だけど、上級モンスターがドロップするものは高価であることが多い。私たちも、冒険を始めたばかりの頃はモンスターから得たアイテムでお金を貯めていたものだ。


 クレリックゴーストは何を落とすんだっけ。覚えていないけれど、魔王城の上級モンスターともなれば、そこそこのアイテムを隠し持っていることだろう。

 だけど、引っかかる。今ゴーストを倒したのはレンだ。だからドロップアイテムの権利は彼にある。


 いつもの彼なら「何を拾ったのか」という問いにためらいなく答えたに違いない。それなのに、どうしてこそこそ懐に隠したりするのだろう。


「レン、もし呪われたアイテムだったら危険なので見せてください」

「だから何も拾っていないと言っているだろう。しつこい女だな」(くっ。どうしてこういう時に限って追及してくる)


 しかし尚もレンは否定する。おかしな声は認めているけど。

 やはり私の目から隠したいらしい。


 彼が頑なに「何も拾っていない」と主張するなら、私にはどうしようもない。彼のアイテムなわけだし。

 すごく気になるけれど。ここで無駄に質問責めにしてレンから罵られたくはない。ここは私の見間違いだったということにしておこう。


 私が「すみません、勘違いでした」と謝ると、レンは「ふん」と返して、こちらに手を伸ばす。ああ、また肩を組んで歩くのかあ、と思いながらレンの手を掴んだとき、またあの声が響いてきた。


(可哀想なことをしただろうか)


 ……何だと?


 助け起こされながら、私はレンをまっすぐ見る。彼も険しい目つきでこちらを見返す。


(くっ……。やはり顔色が悪いな。俺のために魔力を使い果たして、すっかり疲弊しているのだろう。何とかしてやりたい。いや、してやるべきだ。しかし……)


 レンはさりげなく、胸元に手を置き、隠し持ったアイテムを服の上から握りしめる。


(ハーフポーションを拾ったと言ったら、肩を寄せ合い歩くという、この奇跡的なシチュエーションが失われる!)


 ……はい?


 え、なに。この人、さっきハーフポーション拾ったの?

 ……そう言えば、クレリックゴーストは元が聖職者だから、薬草や回復系のアイテムを落とすことが多いんだった。


 ハーフポーションがあれば、体力と魔力を中程度回復することができる。そうすれば、私のこのへろへろ状態だって改善できる。今まさに、一番必要なアイテムじゃない!


(チャンスを生かせッ! これは神が俺に与えたもうた世界救済の恩賞! 何も行動に移せなかった、この一年間の遅れをここで取り戻すのだ!)


 闘志に満ちた声が、私の頭に鳴り響く。


 レンが握る手をぎゅっと強くする。そしてぐっと一歩、こちらに近づいて来た。


 は? え? は? この人何する気なの? お、遅れを取り戻すって……


「……アルタ。さ、さっきから、お前の歩みが、その、遅くて苛つく。仕方ないから、俺がっ……そのっ……お……」(お、おぶってやると、さりげなく言うのだ。いや、違う。そうじゃない。ここは、あれだ……!)



(お姫様抱っこだッ!)



「あ゛ああああああっ!」


 私のMPに深刻なダメージが入る。

 会心の一撃を決められた私は、そのまま地面へと倒れ込んだ。


「なっ……。お、おい。大丈夫か!」


 レンが慌てて私を助け起こす。

 ゆっくりと見上げれば、心配そうなレンの顔。少し焦っているようにも見える。


 私は力なく首を振り、声を振り絞った。


「レン……私はもう駄目かもしれません……」

「何を馬鹿なことを言っている! 出口はすぐそこだ、諦めるな!」

「あの……ほんともう、限界なんで。死ぬ前に、ハーフポーション的な回復薬がないか……荷物袋をもう一度、確かめてもらえませんか」

「……!」


 レンは何かを感じ取ったか、あるいは後ろめたさがあったのか。小さく息を飲んだあと、すぐに頷いた。


 そしてごそごそと荷を漁りつつ、こっそり懐からブツを取り出す。その背中はちょっと情けない。

 再びレンは私へ向き直ると、水色の透明な小瓶を差し出して来た。


「運のいい奴め……。ちょうど一本だけ、ハーフポーションがあったぞ……」(俺は……彼女が苦しんでいたのに、何ということを……)

「わあ……。ラッキー……」


 私はそれを受け取ると、遠慮なく飲み干した。



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