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勇者様は呪いにかかる




 就職先を間違えた。


 勇者レンとパーティーを組んでから、何度そう思ったことだろう。


「遅い、この愚図! さっさと炎魔法を打たないか!」

「はい!」


 おっと考え事しちゃってごめんなさいね、と。私は魔法を詠唱して、業火球を敵に打ち込んだ。

 敵は炎に包まれて、悲鳴をあげる。すると敵の額に埋め込まれた魔水晶が、青に変化する。


「おい、水属性に変わったぞ! ボサボサしてないで、今度は土魔法だ!」

「はいはーい」


 気の抜けた返事をしたら、ギロッときつく睨まれた。いやだからごめんて。

 謝罪がわりに私が大樹召喚を行うと、それに合わせて男は敵と距離を詰め、白く光る聖剣を振りかざした。


 さっきから私を罵倒しつつ、人間離れした動きで敵をバサバサ切り刻むあの男は、人類の希望・勇者レン様。そして語るはこの私、凄腕魔導師アルタさん。以上、こちらが全パーティーメンバーになります。


 やけに人数が少ないって? 私もそう思う。普通、冒険者パーティーは回復魔導師や弓使いがわっさわっさいるものだからね。

 けれど我らが勇者様は、新たに雇う冒険者の雇用費を出し渋って、勇者と魔導師のみという無茶で無謀な編成で強引に冒険を進めた。結果、私たちは2人ぼっちで魔王城に突入し、現在玉座の間で属性がコロコロ変わる魔王と交戦中だったりする。

 そう、この場所では、世界の命運をかけた戦いが繰り広げられているのだ。





「お前がアルタ・クレストか」


 1年ほど前。中堅ギルドから独立し、晴れてフリーランスの冒険者となった私に、レンが声をかけてきた。

 なかなか良い仕事にありつけず酒場で腐っていたところ、聖剣の勇者が突然目の前に現れ、驚きのあまり咄嗟に声が出なかったのを覚えている。


 艶やかなインディゴブラックの髪に、強い光を湛えた瞳。整った顔は少し険しい表情で、私を見据えていた。腰には白銀に輝く、一振りの長剣が提げられていて——そのときのレンは、まるで物語の勇者様そのものだった。


 間抜けにも口をパクパクさせる私に、レンはこう言った。


「魔王討伐のための仲間を集めている。お前は腕の良い魔導師だと聞いた。俺のパーティーに入らないか」


 ——当時、冒険者の間では、協力志願者を拒み、1人で魔族と戦う孤高の勇者の噂でもちきりだった。勇者は人嫌いで単独行動しかしないのだとか、あるいは仲間に足る実力の持ち主がいないのだとか、色々な話を耳にしたものだ。

 そんな噂が飛び交うなか、自分が勇者のパーティーメンバー第一号に選ばれたことがすごく名誉なことに思えて、私は二つ返事でパーティー加入を了承してしまった。


 その時の私は、知る由もなかった。

 勇者が仲間を募ろうとしないのは、ただ雇用費をケチっていたからだと。そして、自分が最初にして最後のパーティーメンバーであったということを。


 2人だけのパーティーというのはどうあっても無理がある。私とレンはひとまず2人で冒険を開始したものの、次々と立ちはだかる多様な種類と属性のモンスターたちを前に、すぐ行き詰ってしまった。

 空を飛ぶモンスターには弓が要る。怪我や毒を治すのに、回復魔法が要る。鍵や宝箱を開けるのに、技術屋がいる。だけど私たちのパーティーには、剣士と攻撃魔導師しかいない。


 しかも当時の私は炎魔法をメインに取り扱っていて、水魔法や土魔法などは初級のものしか習得できていなかった。そうなると、物理・炎耐性持ちの敵には、まるで歯が立たなくなってしまう。


 もっと言うと、レンと2人きりというのもきつかった。レンはとにかく口が悪い。ちょっと連携をミスしただけでも「愚図」だの「のろま」だの様々な罵倒を浴びせてくる。勇者の性格がねじ曲がっているのは仕方がないとして、彼への不満を共有できる仲間が、私は猛烈に欲しかった。……それに、男1、女1という構成はちょっと気まずいし。


 しかし重篤なケチの上に人見知りなレンは、頑として新しい仲間の加入を認めようとしなかった。


 弓が必要だと言えば「俺が射る」。回復魔法が欲しいと言えば「お前が習得しろ」。水魔法が必要だと言えば「お前が習得しろ」。土魔法が欲しいと言えば……もうやめておこう。とにかくこんな感じで、レンは私の要求を跳ね除け続けたのだ。


 どうして魔王を倒すのにここまで節約と工夫をこらさなければならないのだと、ひどく腹が立ったものだ。こんなことやっていられない、勇者パーティーなんか辞めてやると何度も思った。

 けれど、私には故郷に残した幼い弟と妹たちがいる。

 「お姉ちゃん行かないで」と泣いて縋るきょうだいたちを振り切って冒険者の道を選んだのは、彼らに豊かな生活を送らせたいと思ったからだ。その為に、小難しい魔術を必死に学び、修行を重ねて、勇者と肩を並べるまでに至った。

 これで魔王を倒せば、私は救世の魔導師として最高の栄誉と巨額の富を得ることになるだろう。だけど途中で勇者から逃げ出せば、私には「魔王討伐から逃走した魔導師」という、何とも微妙な称号しか残らなくなる。


 だから私は頑張った。とにかく必死で頑張った。

 昼間冒険し、夜はひたすらガリ勉して、苦手な属性の上級魔法と、回復魔法、いくつかの補助魔法を次々と習得していった。

 普通、一属性でも上級魔法を極めれば、一人前の魔導師と言われている。だが私は涙ぐましい努力の末、全属性の上級魔法を習得するに至った。凄腕上級魔導師アルタさん爆誕の瞬間である。たまたま知り合ったエルフにも「お前すげーな」と褒められた。

 後々、勇者には仲間の能力や才能をブーストさせる特殊能力があることを知ったけど、それにしても私の努力は相当なものだったと思う。


 一方、レンも雇用費節約のため、いつの間にか弓や斧、槍といった他の武器を達人クラスにまで極めていた。夜にこっそり修行でもしていたのだろうか。彼の節約にかける情熱は本物だった。

 実は鍵開けまで出来るようになっていたと知ったときには、思わず爆笑してしまった。


 それぞれが万能に近い力を手に入れた頃には、私もすっかりメンタルが鍛えられていて、レンに何を言われても「へいへーい」と受け流せるようにまでなった。

 懸念していた男女の気まずいあれこれも、レンの刺々しい言葉と態度のお陰で一切発生することなく、私たちは健全な冒険生活を送ることができていた。


 慣れればレンも、そう悪い人間じゃないのだ。

 ……と、私は自分に言い聞かせている。

 




 虫の息となった魔王を前にして、私の中では壮大なエンドロールが既に流れ始めている。

 レンに速度上昇魔法をかけながらも、「ここまで長かったなあ」「あの時は辛かったなあ」なんて、過去の日々に思いを馳せずにはいられなかった。


「おのれぇ、勇者ぁあ……!」


 魔王が咆哮する。いつの間にか彼の配下は軒並みレンによって倒されていて、敵は魔王のみとなっていた。


「まだ終わりではない! 矮小な人間共よ、余に楯突いた報いをその身でもって受けるがいい……!」


 魔王が周囲に高密度の魔力を張り巡らせる。それらは水、地、火、氷、雷……あらゆる属性へと転じ、そして1つに収束した。

 収束した魔力は巨大な渦を形成し、暴風が玉座の間を吹き荒らす。魔王は渦を仰ぎ見て、笑い声を響き渡らせた。


「これぞ全属性を束ねた究極奥義! 喰らえ! アルティメット——」

「アルタ」

「ほいほい、打ち消し魔法ですね」


 レンが目線で「やれ」と言うので、私もまた全属性を束ねて魔王のアルティメットなんとかを打ち消す。

 途端に風はやみ、静かな空間に高笑いする魔王の姿だけがぽつんと残された。


「……あれ?」


 僕のアルティメットなんとかはどこ? と言いたげに、魔王はきょろきょろと周囲を見回す。

 その隙にレンは魔王の懐に飛び込み、聖剣を深々と突き立てた。


「ぐああああああっ!」


 無慈悲なレンの一撃に、魔王はよろめいて、床へと倒れ込む。

 なんだかひどく可哀想なことをしたような気がする。


「な、何故だ……。何故我が究極奥義を、人間ごときが打ち消せるのだ……」


 それは勿論、私が全属性魔法を習得しているからです。でも死に際にそれを教えるのは追い討ちに近い行為だと思って、私は黙って魔王の最期を見届けることにした。


 一年間ひたすら辛かったけど、最後の戦いはずいぶんあっさりしていると言うか、ぶっちゃけかなり楽勝だった。

 まさか魔王すらこんな簡単に倒せるなんて。全属性習得というのは、思っていた以上にすごいことなのかもしれない。

 勇者の仲間という称号に、鍛え抜かれた魔導の技術。この2つがあれば、若くして大手魔術ギルドの役員ポジションや、某国の魔術顧問になれるかも。そうしたら、故郷に豪邸を建てて、弟と妹たちは王都の名門学校に通わせて——。


 なんだかんだ魔力を消耗しすぎて疲労していたのだろう。私はまだ魔王に息があるにもかかわらず、ぼけっと妄想に胸を膨らませていた。だから、魔王が最後の力を振り絞って、私に魔力を飛ばしていたことに気がつけなかった。


「アルタ!」

「……え」


 レンが庇うようにして、私の前に躍り出る。

 私がはっと顔を前に上げたときには、禍々しい魔力がレンの体を覆っていた。


「ぐうっ……!」


 苦しそうな声を上げて、レンは地面に膝をつく。その様を見て、魔王はか細く嬉しそうに笑った。


「は……は。勇者……よ。それは、呪い、だ。お前を待つのは、華々しい未来では……ない。お前は誰にも近づけず……生涯を、1人孤独に過ごすことになるのだ……!」

「ちょっと! 一体何の呪いをかけたの!」


 私の問いに、魔王は答えない。ただ笑い続けて、そのまま黒い塵となり、闇へと霧散するのだった。





「レン! 今すぐ解呪しますから!」


 私は慌ててレンの両手を握り、魔力を直接流し込んだ。

 レンの体の中で、黒い魔力が渦巻いているのがわかる。


 呪いは、私が用いる正統魔術とは異なる分野に属する古代魔法だ。装備品の呪いや、宝箱の呪いであればなんとか素人の私でも対処は可能だが、思念であったり恨みであったり、そういった感情が影響する呪いになると解呪は段違いに難しくなる。

 魔王がレンにかけた呪いは、間違いなく後者の方だろう。


 だが迷ってはいられない。どんな呪いかは分からないが、私の持てる全ての魔力と技術でもって、呪いの進行を止めなくては。

 だってレンは、私を庇って呪いを受けたのだから。


 彼の中で蠢く黒い魔力を、私の魔力で次々と打ち消していく。慣れない作業に私の魔力はみるみる消費されていくが、なんとか進行を阻止できている手応えはあった。


「もう……だめかっ……」


 しかし、都合よく高度の呪いを解呪できるわけもなく。

 最後は私の魔力が尽きて、わずかに残った黒い魔力が、レンの体に刻まれるのを感じた。


「レン! ごめんなさい、大丈夫ですか!」

「ああ……」


 呪いを受けて苦しむそぶりを見せていたレンだったが、一部の打ち消しには成功したせいか、顔色は良くなっている。苦悶の表情も消えていた。


「何か変化はありませんか?」

「特にはない……。死や精神に影響する類の呪いではないようだ」

「では一体……」

「分からない。だが、魔力が切れたのだろう。こうなったらどうすることも出来ない」


 その通りだ。今の私にはこれ以上何も出来ない。

 私の不注意で、レンに正体不明の呪いを背負わせることになってしまった。レンは命に関わらないと言ったけど、それも私が一部を打ち消したからすぐ死なないのであって、これからじわじわ死に至っていく可能性だってある。

 私がバカなことを考えなければ……。


「ごめんなさい、レン……。私が油断していたせいで、こんなことに……」

「全くだ。まだ息のある敵を前に、ぼけっと阿保面下げて突っ立っているからだ、この愚図」(魔王の究極奥義を打ち消して消耗していたからな。疲れて気が抜けてしまうのも無理はない)


 ……ん?


 …………んん?


「レン……今、何か言いましたか」

「お前を愚図と言ったんだ。魔力切れで耳までおかしくなったか、軟弱者が」(そう言えば手を握ったままだな。出来ることならこのままずっと彼女に触れていたい)

「うへぇ!?」


 不吉な台詞が聞こえて、私は勢い良くレンから手を離し、3歩後退した。


 今のは何? レンが言ったの? あのレンが? ありえない!

 試しにそおっとレンを見てみると、「なんて失礼な反応をするんだ」と言いたげに顔を険しく歪めている。とても甘いトークを口にできるような男の顔には見えない。


 うん、幻聴だ。これは幻聴なんだ。


「人を呪いの盾にしておいて、随分と失礼な女だな。……まあいい、魔王は倒した。さっさとここを出るぞ」(アルタに怪我が無くて良かった。彼女のためなら、別に命など惜しくはない)

「へ、へえ……」

「何だ、その腑抜けた返事は。ふざけているのか」(ふっ。どんな状況でも大らかで明るいところが魅力なのだがな)

「いえ、そんな、滅相もない……」

「じゃあ荷物を纏めて、今日はデネルの町で休もう」(本当は、この時間ならより王都に近い町まで移動することも可能だが……。長く共にいたいからと、わざと近場の町を選ぶとは、俺も随分女々しいことをする)

「うわあああ! タンマ! ちょっとタンマです!」


 幻聴をかき消すように、私は空を必死に手で扇ぐ。

 まずい。これはまずい。なんだかとんでもないものが聞こえる。


 ま、まさか、これが呪い? 私は呪いで、おかしくなってしまったのか?

 いや、だけど呪いはレンが受けたはず。つまり、これはレン自身の声……?


 顔を青くしたり赤くしたりする私を訝しんでか、レンが口を開きかける。慌てて私は駆け寄って、彼の口元を覆った。


「ちょっとレンは黙っててください!」

「……!」


 レンは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。しかし一応は私の言に従って、何も言わないでくれた。

 しばらくそのままでいるが、特になにも起こらない。

 良かった、レンが言葉を発さなければ、変な声は聞こえてこな——


(近いな。こんなに近くでアルタを見るのはいつぶりだろうか。鳶色の瞳がすごく綺麗だ。ずっと眺めていても飽きることはない。魔王にも世界平和にもさして興味はなかったが、この瞳を、愛する女性を守ることができたなら、命を懸けた意味はある)


「あばばばばば!!」


 甘い囁きが怒涛のごとく頭に雪崩れ込んでくる。

 脳の神経が熱でブチブチと焼き切れていくのを、確かに感じた。

 そして魔力切れと胸焼けと恥ずかしさのせいで、そのまま私は崩れ落ちるのだった。





 ——魔王城での壮絶な戦いは、勇者とその仲間の勝利によって幕が閉じられた。

 しかし、魔王が死に際に放った『呪い』は、思わぬ形で勇者を蝕むこととなる。

 役目を終えた勇者を待つのは、華麗なる栄光の日々か。それとも冷たい孤独の虚か。


 これは、恐ろしく天邪鬼な勇者と、恐ろしく初心な魔導師の、むず痒い恋の物語である。


ここまでご覧いただきありがとうございます。

また性懲りも無く連載に手を伸ばしました。ゆっくり更新していく予定です。よろしくお願いします。

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