6話
納得がいかないなら、納得できるようにすれば良い。
頭の中のもやもやをスッキリさせるならば、相手に直接聞くしか無い。
だいたい、今までは向こうからこっちに強引に迫ってきたのだ。
こっちから強引に聞き出すのは決して悪いことじゃない。
などとルビィは頭の中で言い訳して、三日ぶりにトルキオ地方史研究室の扉を開けた。
「失礼しまーす」
「む……? ルビィくん」
部屋の中に居たカールスが、驚いた顔をしてルビィを見つめる。
「なんですか、その顔」
「……いや、また来るとは思ってなくてな。貴重な研究員を失ったかと後悔していたところだ」
「また結婚とかなんとか言うなら帰りますけど」
「言わん言わん。まあ茶でもどうだ」
「良いですよ、私がやります」
そもそもここにコーヒーや茶を持ち込んだのはルビィだ。
カールスはあまり興味が無いので、ルビィが淹れたら飲む程度だ。
むしろ飲まず食わずで研究に没頭するタイプで、茶菓子くらい飲み食いさせないと倒れるのでは、とルビィは訝しんでいた。
「ふむ、君の淹れるコーヒーは美味いな」
「それはどーも」
ルビィはなおざりに賛辞の言葉を受け取る。
「ところで先輩」
「なんだね、ルビィくん」
「一応確認として聞きたいんですが」
「うむ」
「目的って結局何だったんですか?」
「ふむ?」
「つまり、ヤポニカ魔導王国を支配するのが目的で、結婚がその手段って理解で良いんですよね?」
「……いや、どうだろうな。改めて聞かれると難しい」
「あれ?」
カールスが、顎に手を当てて悩んでいる。
「正直言うと、『面白そうだから』の一言に尽きるんだが」
「面白い面白くないで人の一生を左右させないでください」
「まあ待ってくれ。そもそも君がヤポニカ魔導王国の子孫であるというのが予想外だったんだ。もっと、なんというか、冒険の果てに三百年前の暮らしと国を守り続ける秘境を見つけて、長老の許しを得るみたいな流れを想像していたんだ」
「ウェンズデー探検隊ですか」
ウェンズデー探検隊とは、メリディアニ王国で流行った冒険家の回顧録である。
山奥に人食い族が居たとか、ミイラを崇拝する邪教が居たとか、あまりにも嘘くさい内容の冒険譚だったのだが、語り口が面白くてフィクションとして楽しまれていた。たまに本の内容を事実だと思っている子供がいたりして、そういう子は周囲からからかわれる……という流れが誕生するほどの大ベストセラーだった。
「だいたいそんな感じだな」
「そんな面白い結婚を王室の方々が許すとは思えないんですが」
「その通り、オレにはあまり結婚相手を選ぶ自由が無い」
「あっ……」
「王……親父殿はあまり子供にあれこれ言うことは無いが、それでも王室にはべる近衛騎士団は結婚相手にあれこれ口うるさく言うだろう。母殿も見合い相手を探してる。オレが自由に結婚相手を見つけるチャンスは相当無理しないと難しいのだ」
「……無理って、どのくらいのですか?」
「そうだな、左派政治家を抱き込んで王室の権威や予算を削いで……」
「あっ、すみません、想像以上に生臭い話なんで聞きたくないです」
「なんだ、政治の話は嫌いかね」
「他人事ならともかく、先輩が実際に実行しそうな陰謀はちょっと」
「そうか? キミは政治家秘書や政治家に向いてると思うがな」
「えー……」
「ま、それはさておき、だ」
カールスが、ルビィをまっすぐに見つめた。
「ルビィくん、きみもオレと似たようなものじゃないかと思ったんだ」
「……結婚の自由が無い、と?」
「少なくとも自由すぎる状況では300年間、子孫が王位を継ぐというのは難しいだろう?」
「まあ、そうですけど。でも最近は割とゆるいです」
「だから……まあ、怒らないで欲しいんだが」
「それは約束しかねますが、はい」
「きみとこうして、馬鹿な会話を続けるような結婚生活が送れるなら、素晴らしいじゃないかと思ったんだ」
「……」
「親や他人に結婚相手を決められて『はい、それじゃあ明日からオレが旦那でお前が奥さんだ、よろしく』となるよりも遥かに幸せになれるし、幸せにさせることができる。きみがどこの馬の骨ともわからん奴とくっついて不幸になるのも、オレが誰か他に思いを寄せてるかもしれない女性と結婚するのも、なんというか……困るなと」
「……あの、先輩」
「なんだ?」
それって私が好きってことですか?
「……いえ、なんでもないです」
「ん? そうか」
一瞬、口から出そうになった言葉を押し止めた。
それを聞いてどうなると言うのだろう。
カールスは好きだ嫌いだというだけで結婚を決められる立場ではない。
だからこそ、建前や名分を大前提とした。
「それに、ヤポニカ魔導王国の価値のわからん男と結婚したら価値ある物が散逸してしまうリスクもあるだろう? せっかくオレが研究しようとしていたんだ、それは困る」
「そこですか」
「きみ、というかヤポニカ魔導王国にとってもメリットがあるだろう……?」
「ま、そうですけど」
「だが、ルビィくんがそういう王侯貴族の結婚観が無いというなら、そもそも成り立たん話だ。むしろ無礼な内容だっただろう。すまなかった」
「あ、いえ……」
つまり、ただカネや名誉で釣ろうと言うよりも、カネや名誉を用意するのが当たり前の結婚観の世界の人なのだ。ルビィは今更、カールスが王侯貴族という特殊な世界にいる住人なのだと気付いた。平民のように、空手形での結婚など不可能に近いのだ。むしろ、そうしたしがらみの中で出来る限り相手にメリットを与えようとするのは、カールスの一つの誠実さなのかもしれない。
ルビィは、そういう現実的な諸々の事情と誠実さの帳尻を取ろうとする人生観を、まだ実感として理解できていなかった。理解できない自分に気付いたからこそ、根掘り葉掘り聞いてカールスを困らせることはできない。だから、カールスの本音を尋ねることができずに居た。
「将来のことはわかりませんけど……先輩は、良い人と巡り会えますよ」
「いやまあ、王室なんてそっちのけで色恋に狂えるなら取れる手段はあるんだが、」
「政治的なクライシスを起こさなくても良い人と巡り会えますよ」
「ルビィくん、きみはオレを危険人物か何かと思い込んで無いかね?」
「それはともかく、提案があります」
「ふむ、なんだ?」
「結婚どうこうという話はともかくとして……先輩の興味関心については、私は叶えられると思います」
「ふむ?」
「私の屋敷に、来てみませんか?」