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4話




 レストラン『黄金郷』に、愉快な笑い声が響いた。


「わーっはっはっは!

 いや、今時すばらしい若者だ! 王子にしておくにはもったいない!」

「いやいや! 公爵様には及びませんとも!」

「さあさ、もう一杯!」

「メリディアニとヤポニカの未来に、かんぱぁーい!」


 ……うん、どうしてこうなったのだろう。


 頭を抱えたルビィの眼前で、酔っぱらい二人が楽しそうにぶどう酒を飲み交わしていた。


 一人はカールスだ。

 赤ら顔のままぐびぐびぶどう酒を飲んでいる。

 ぶどう酒を注いでいるのは、ルビィの親戚でありシーラの父親、コバールだ。

 ルビィは同じテーブルにつきながらも、しらけた目で二人を見ていた。


「はぁ……」


 最初ルビィがコバールに相談したとき、シーラの父のコバールは怒りを露わにした。


「メリディアニ王国め!

 我らが栄光あるヤポニカをなめくさりおって何のつもりじゃい!

 ボンボン王子なんぞ、わしがビシーっと叱ってくれるわ!」


 ……そんな勢いだった。

 筋骨隆々の中年男性がそんなことを言うのだ。

 ルビィは安心しきっていた。


 そしてルビィへの求婚について意見があると、コバールは自分の店にカールスを呼び出したのだ。

 最初の最初は、剣呑な気配だった。


「おまえか! 我らが王女を口説こうなどと……!」

「ということは、あなたもまたヤポニカ魔導王国の係累と言うことですな! いや、それは素晴らしい!」


 が、カールスはそれをひらりとかわした。


「う、うむ、その通りだ。確かにメリディアニ王国に比べれば手のひらよりも小さい国だろうが……」

「いや、国とは大きさに比例して威厳が増すというものでもありません。小国には小国の誇りや歴史があるというものです」

「その通り!」

「三百年前の戦国時代、小国はまさに無数にありました。すべてが消え果てた国も珍しくはありません。我がメリディアニ王国でさえ、三百年前の伝統や文化を守っているとは言いがたい。それを思えば、三百年の歴史をわずかな人間だけで守り通したヤポニカの努力というものが垣間見えるものでありましょう」

「う、うむ!」


 そこからはカールスの独壇場だった。


 カールスは論文発表にしろ何にしろ、人に演説を打つのが得意だった。


 特に、年配の男の相手をするのが実に上手かった。


 カールスの王位継承権はほぼ最下位に近いが、それでも王族として様々なパーティーに顔を出したり、高位貴族や商人、文化人、話題の吟遊詩人アイドルといった、自分より年上の人を褒め称える場面は多かった。殊勝な若者らしい振る舞いは得意中の得意だ。


 そもそもカールスは立場を笠に着て偉ぶってるところもなく、年上受けする性格だった。王子という身分の若者がへりくだって褒めてくれるならば、大体のおっさんは陥落おちる。


「それで本題なのですが、コバール殿」

「う、うむ。しかしいかにカールス王子と言えども、この子は王女であり、わしの親友の忘れ形見。そう易々と結婚を認めるわけには……」

「もちろん、今すぐ結婚しようなどとは申しません。時期尚早と言うもの」

「そうだろう、そうだろう」

「……ですがコバール殿。彼女が大人になったとき、どんな人と結婚するのが望ましいのですか?」

「それはもちろん、ヤポニカの女王の夫となる人間だ。ただ人品が優れているというだけではなく、女王を敬い……」

「あの、おじさん。そこまで真面目に考えなくても」


 なんで二人とも普通に私の結婚の話題で盛り上がってるのだろう。

 脱線しそうな気配を察したルビィが言葉を挟むが、酔っ払いの耳には届かなかった。


「いや、わしの目が黒いうちは、ルビィちゃんが変な男に騙されないようにだな!」


 この人、酔うとけっこう面倒くさい……ということをルビィは今更ながら気付いた。


「つまり男が王、その妻が王妃になるのではなく。

 女……つまりルビィくんが女王。その夫が王配となるわけですね」


 カールスがそう呟くとコバールは「その通り」と頷く。


「しかし、昨今の風潮から考えると中々難しいのではありませんか? 見合いで結婚する人間もずいぶん減ってきましたでしょう。晩婚化や非婚化が騒がれておりますし」

「それはそうかもしれん。だがルビィくんはこの通り、若干地味だが器量が悪いわけではない。料理はともかく家事は上手い。魔法の腕も立つ」

「おじさん、あの、さっきから話ズレてます」


 ルビィがじと目で睨むと、コバールはうおっほんおほんと、わざとらしく咳払いして誤魔化した。


「俺もルビィくんの魅力を疑っているわけではありません。ですが、ヤポニカの威光を知らない人間に、女王に仕える夫になれ……というのは中々理解されにくいでしょう」

「だが、それで諦めるわけにはいかん。君のところに嫁ぐということは、ヤポニカ魔導王国の命脈が……」

「ええ、俺も積極的にヤポニカ魔導王国の滅亡させたいわけではありません」

「なんだと?」

「まあ、ヤポニカが無い方がメリディアニ王国としては都合が良いのかもしれません。ですがそれはそれ。駄目ならば駄目で良いのです。……ですが、もしもルビィくんの夫となる者が現れず、次の世代に託すことが難しいとなった場合はどうするのです? 私が何をせずとも、亡国の危機となるでしょう」

「そ、そんなことは……」

「あくまで仮定の話ですが、ある日突然、何らかのトラブルで王の血脈が途絶える可能性はある。歴史を紐解けば後継者争いによって国が割れたり、あるいは後継者が見つけられないまま潰れた国もある。我がメリディアニ王国も三百年の間、何度か断絶の危機は事態がありました。ヤポニカも無いとは言えますまい。万が一、そんなことが起きたときは……」

「お、起きたときは?」


 ごくり、とコバールは唾を呑んだ。

 もはや完全にカールスの術中だ。


「国にも終わり方というものがある。やがて人々の記憶から消えてしまう国として終わるか、それともメリディアニ王国の庇護に入り、歴史に残る終止符を打つか」

「む、むむ……!」


「あのー、すみません、私の意思はどこにいったんでしょうね?」


 ルビィはもうコバールが陥落寸前だと悟った。

 もう自分で話すしか無いと思い、会話に横槍を入れる。

 すると、カールスがルビィに向き直った。


「ルビィくん。では君はどうしたい?」

「あえて言うなら、大事な決断をいきなりこの場で求められてるのがまず納得行かないんですが」

「では、保留ということかな?」

「それは……」

「なあルビィくん。俺は別に君を困らせたいわけではないんだ。結果的に困らせてしまっているが」

「自覚あるのがタチ悪いですよね」

「ただ、俺が、俺であるがゆえに与えられる選択肢がある」

「それが先輩の言う、『歴史に残る終止符』ってことですか」

「ああ」


 そしてカールスは、妖しい微笑みを浮かべながら言った。


「正式にメリディアニの支配を受け入れると俺に言ってくれれば、『ヤポニカ魔導王国』の名が歴史の教科書に乗るぞ? 三百年もの間、メリディアニ王国から支配を受けず独立を守り通した誇り高き国であると、何百万、何千万もの人々が知ることとなるのだ」

「おっ、おお……確かに……!?」

「うっ……!?」


 コバールは完全に目の色を変えた。

 ルビィさえも、抗いがたい誘惑があった。


 ルビィは、王女だ。

 だが王女であると赤の他人から認められたことはない。

 あくまで家族や親戚の中だけで通じるローカルネタなのだ。

 こんな風に真面目に取り合ってもらえる機会は初めてで、『本物の名誉』には免疫がなかった。


 つまり、けっこうグラっと来た。


「ルビィくん。君が国というものを締めくくる最後の王女となる。一時の有名になった吟遊詩人など目ではない、本物の偉人の一人だ。自叙伝や自国史を書いたら売れるんじゃないか? ああ、出版社とタイアップするのも良いな。この手の話が好きな編集の知人が居るんだ」

「いいい、いや、私は別に偉人になりたいとかは、な、ないんですけどぉ……。そ、それに、本当にそんなこと認められると思いますか?」

「今のメリディアニ王国の王室がどう捉えるかは正直わからないところもあるが、学術的な価値は間違いなくあるだろう。むしろ君の家に家系図なり300年間守り通した物品なりがあるんじゃないか? それを見せれば学校の教授陣が進んでお墨付きを与えてくれるだろうさ」

「た、確かに……」


 カールスの言葉通り、今のルビィの住む屋敷には、300年前の書物や手紙、美術品や魔道具などの数多くが宝物庫に眠っている。史学をかじったルビィには、そこに歴史的な価値があることを知っていた。これを世間に出せば、確かに学術肌の人間は騒ぐ。


「まあ、結論は急がない……と言いたいところだが、俺も王族のはしくれ。20代でいつまでもぶらぶら独り身というわけにもいかん。母や近衛から、そろそろ身を固めろとせっつかれてうるさくてな」

「くっ……!」


 急がないと言っておきながら曖昧なタイムリミットを示す。

 なんていやらしい人だろう……! と、今度こそルビィは思った。


「悪い、ちょっと良いか?」


 そんなカールスの弁舌空間に横槍を入れたのは、シーラだった。




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