3話
「いや、いきなり求婚しようなどと言うのは流石に軽率だった、すまないルビィくん」
「だったら『これから結婚を申し込みます』みたいな格好はなんなんですか」
カールスはただ赤い薔薇の花束を持っているだけでは無かった。
白いスーツにシルバーのネクタイという、ミュージカルの主役でも張りそうな格好をしているのは、流石に意図があからさますぎた。
「いや、結婚の前に、婚約とか交際とかを申し込むべきと思ってな」
「ですからなんでそういう話になるんですか!」
「頼む、幸せにするよ!」
「結構です! ていうか結婚が前提みたいな話の進め方やめてください!」
と言ってルビィは、カールスを置いて学校へと走って行った。
だが、学校でも結局カールスにつきまとわれる結果になる。
昼休みにご飯を食べようと食堂に行けば派手なカールスに捕まり、古典の恋の詩を現代風に置き換えてささやかれた。
「おお、ルメーレシア川の流れは太古より激しく、だがしかし、人はいつの世も橋を架けてる」
三百年くらい前、アスマ国の王子とミラード国の王女が恋仲にあった。
だが二カ国は冷戦状態にあり、いつ戦が勃発するかわからない状態にあった。
だが雨期が到来し、二カ国を隔てるルメーレシア川が氾濫し、一次休戦となった。
そのとき、アスマ国の王子が和睦を訴え、そしてミラード国に王女を娶りたいと伝えたのだ。
ミラード国の騎士のことごとくはアスマ国王子を嘲笑した。
そんなに我が国の姫に執心ならば、氾濫した川を一人で渡ってくるがよい。
だが、ルメーレシア川は大きく、流れも激しい。
漁船どころか大きな商船でさえ沈みかねない川だった。
それでも王子は諦めなかった。
一人で材木とロープを用意し、小舟を並べ、寝る間を惜しんで少しずつ作業を続けて、人一人が通れる程度の橋を架けた。
その姿にミラード国の国王や騎士は感銘を受けて、王子と王女の結婚を許したのだった。
ちなみにこれは史実であり、橋が架けられた場所は今もデートスポットとして有名である。
「……あのですね、先輩」
「なんだね、ルビィくん」
「私は橋を架けてくれとも頼んでないし、何か条件を達成すれば結婚してあげますなんて言うつもりもさらさら無いんです」
「つれないな、ルビィくん。昨日まではあんなに素直だったのに」
「いきなりこんなことされたら誰だって怒ります!
ていうか目立つから止めてください!
ここ食堂のテラスですよ、正気ですか!?」
二人は、周囲の注目を引きまくっていた。
しかもカールスの囁いた内容が告白の詩であることを察した女子達が好奇心丸出しの目でこちらを眺めていた。
「あれってカールス王子でしょ……? 高等部の子に告白してるの?」
「ホントだ……しかもあの子、貴族とかじゃないよね……? 身分違いの恋とか?」
「うわっ、ドラマだなー」
まずい、このままではあらぬ噂が立ってしまう。
そう思ったルビィが取った行動は、
「すみません先輩!」
「あっ、ルビィくん! 待ちたまえ!」
今回も逃亡だった。
◆
「おいルビィ」
放課後、ルビィは研究室に寄り道せずに帰宅することにした。
しかし腹が減っては戦はできぬ。
家には夕飯の用意がまったく無い。
そのため、ルビィは近くの商店街で食材を買いこんでいたところ、
「おい、聞こえてるかー?」
背後から声をかけられたことに気付いた。
「あー、シーラ……お疲れさま……」
「滅茶苦茶疲れてるな……」
ルビィが振り返ればそこには、黒髪の男の子が居た。
日に焼けた肌やがっしりした体つきは、カールスとは違った意味で健康的な雰囲気を放っている。
彼の名は、シーラ=トラバス。
ルビィと同い年の幼馴染みだった。
普段は活動的で体育会系のスポーティーな表情なのだが、今は深刻な顔つきをしている。
おそらく、私の噂を聞きつけたのだろう。
「ちょっと相談したいことあるんだけど……良いかな?」
「こっちも聞きたいことがあったから構わねえけど……」
◆
シーラの家は、この道50年のレストランだ。
激安という程では無いが、ハイソと言うほど高くは無い。
学生が背伸びをすれば楽しめる程度の値段帯の店だ。
今日の日替わりはポークカツレツらしい。
店の裏口から入ると揚げ物を揚げる音がひっきりなしに聞こえて食欲が否応なくそそられる。
ルビィは食事を頼みたい気持ちを抑えつつ、2階の彼の部屋に案内された。
「おまえ、カールス王子と結婚するってマジなのか……!?」
「マジなわけないでしょ」
「だ、だよなぁ。お前、一応は王女だしなぁ」
シーラは、ふうと息を吐いて胸をなでおろした。
シーラの家、トラバス家は3代前にヤポニカ王家の分家となった。
近所付き合いも長く続いているため、ルビィがヤポニカ王国の王女であることも知っていた。
「本当に『一応』だけどね……。でも、それがカールス先輩にバレちゃって……」
ルビィはシーラに、昨日おきた出来事をありのまま話した。
カールスが、ヤポニカ魔導王国が存続していることに気付いたこと。
ヤポニカを支配してメリディアニ王国の支配を完璧なものにしようとしていること。
そんな与太話を真に受けた自分が、王女であると明かしてしまったこと。
カールスにとって与太話だったはずが、なぜか本気で求婚しにきていること。
ルビィの話を聞き終えたシーラは、一言、
「ばかだな」
と言った。
「バカは無いでしょバカは!」
「ったくもー、しょうがねえな……」
シーラは呆れたようにため息をつく。
「過ぎちゃったことよりもこの先のことを考えてほしいわけ」
「うーん……カールス王子は突然お前に一目惚れしたとかじゃなくて、打算があってお前に求婚してるってことなんだな?」
「うん」
「だったら冷静に話し合うしかないだろう。フッたフラれたじゃなくて目的があるんだから、逃げ回っても仕方ないんじゃないか?」
「だ、だよね……」
だが、あのカールス先輩と冷静に話し合うことができるだろうか。
ルビィは昨日の失敗が後を引き、少々ネガティブな心持ちになっていた。
自分に冷静な交渉などできるだろうか。
「話しにくいなら、オレが代わって王子と話するか? あるいはオレの親父に出てもらっても良いし」
「うーん……」
申し出自体はありがたい。
だがそれはそれで余計こじれたりしないだろうか。
「立場的には王子とも釣り合うぞ。一応オレは公爵家だからな」
「ヤポニカ魔導王国のね」
実はシーラの先祖が分家となった際、「なんか形だけでも良いから爵位とかほしいんだが」「じゃあヤポニカ魔導王国の公爵でどうだ?」「オッケー」という会話が取り交わされていた。
当然ながら領土は持たないが、ちょっとした特権はある。
ルビィの家――ヤポニカ魔導王国の屋敷の食堂を借りて、貸し切りパーティーを行う権利だ。
このレストランはさほど広いわけでもないので、三十人を超える宴会は不可能だ。そんなとき、ルビィの家を会場として使用することが度々あった。食堂使用料と給仕の手伝いはルビィにとって割の良い収入だった。
「……じゃあ、コバールおじさんに相談してもいいかな?」
「おう、わかった」
「ありがとう、シーラ」
持つべきものは秘密を共有できる友人だ、とルビィは思った。
これできっと、いきなりふってわいた問題も解決できるだろう。
……なんて頭の軽い考えを抱いてしまったのだ。