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2話




「しまった……やってしまいました……」


 いやでも、アレは先輩も悪いですよね。

 と、ルビィは思いながら帰宅の途についた。


 ルビィの自宅は、王立トルキオ学園から徒歩20分ほどの場所だ。

 学校の裏の森の中にある、古くて大きなお屋敷である。

 学生達はこの屋敷を学校の賓客用の宿泊施設と勘違いしているが、実際は個人の邸宅だ。

 ルビィの親の親の親……初代ヤポニカ魔導王国の王が立てた別荘であった。

 高い建築技術と魔術によって300年もの間守られてきた、伝統ある建物である。


「ただいまー……」


 大きな玄関をあける。

 がらんがらんとやかましい音が鳴る。

 だが、その音を聞いても出迎える家族も使用人も居ない。

 たまにハウスメイドを雇うときもあるが、常勤で雇ってはいない。

 ルビィはそんな、豪邸に住む一人暮らしの女の子だった。


「あーもう、無駄に広いから困っちゃいます……」


 普段は自炊するが、今日ばかりはそんな気力も無かった。

 夕飯は帰宅途中に買った弁当だ。

 食堂にも行かず、自分の部屋で食べる。

 三十人以上は座れる食堂で一人もそもそ食べるのも寂しく、ご飯を食べるのも寝るのも寛ぐのも、自分の部屋だけでほぼ済んでいる。


「でもやっぱり王子をたたくのはまずかったですよね……ああ、どうしよう……」


 ルビィはうっかり自分のフルネームを名乗ったことで、カールスに自分の素性をバラしてしまったのだ。

 しかもその後カールスとの会話が過熱してしまい、肘打ちして一方的に話を打ち切ってしまった。







 時間は少し前。

 ルビィがカールスからの求婚を断った後に戻る。


 ルビィは、戦国時代を生き抜いたヤポニカ魔導王国の王の子孫だ。

 来年の18歳で成人し、十九代目の王になる予定である。

 まだ未成年であるため正式に王位は継いでいないが、王女兼王代行という立場だ。


 ちなみにルビィの母――王妃は幼少期にガンで死去した。

 父――十八代目の王は去年、生カキに当たって死んでいる。

 ルビィは一人で、この国を守らなければならないという使命感があった。


 だからカールス王子の口から、


『ヤポニカはまだ生きている』、

『色々とまずい』、

『俺個人が取れる手段で解決しようと思う』


 という三つのフレーズが出たとき、


『私の素性がすでにカールス先輩にバレていて、しかも脅迫されてる!?』


 と、ルビィは思い込んでしまった。


 戦争を連想させるような話し方をしておきながら、「武力で攻めるような真似はしない」と言って本当の要求……つまり結婚を持ち出す。向こうは「戦争なんてするつもりは無い」と言っているから「こちらは譲歩しているんだぞ?」というスタンスを取れる。

 だが言われた方は武力行使の可能性を捨てることはできない。なんと狡猾な交渉なのだろうか。

 きっとカールス先輩は海千山千の貴族や王族とやりあっているのだ。私のような名ばかり王女など、簡単に手の平で転がせることができるのだ。人畜無害な学生の皮をかぶりながらも野心と謀略に満ち満ちている。ああ、なんて恐ろしい……!


 だが私にだって意地というものがある。

 現代に残された、ヤポニカ魔導王朝、最後の王族であるという意地が。


 だからルビィは勇気をふりしぼって、結婚の話を蹴った。


 実際の勇気の中身は「自分の代で血筋を絶やして良いのか?」という恐怖と、「いくらなんでも大陸を支配する王の座を狙うなどという野心に付き合うなんて私には無理に決まってるじゃん」という恐怖だったが。

 とにかく、ルビィは一世一代の覚悟を決めてノーを突き付けた。


 そして、カールスの反応は、


「……ルビィくん。きみは一体何を言ってるんだ?」


 という、すっとぼけたものだった。


 これにはルビィも焦った。

 「お前には選べる選択肢など無いだろう」と、悪魔のような微笑みを浮かべているのだ。

 実際のカールスの脳内にあるのは、「なんでいきなり自分がフラれたみたいな流れになってるんだ?」という疑問だったのだが。


 ともかくルビィは、カールスのとぼけた答えを聞いてもめげなかった。


 必死に熱弁した。


 自分が誇りあるヤポニカ魔導王朝の生き残りであり、たとえどんな懐柔策をもってしても王国を失うつもりは無いと。どうしても征服するというならばかかってくるがよい、最後の一兵まで戦い抜く所存であると。というか既にルビィ自身が最後の一兵そのものであると。


 そして、カールスもようやく話が掴めてきた。


「そうか……ルビィくん、きみは本当に、かのヤポノーサの生き残りなんだな!?」

「ですからヤポニカです! ヤポニカ魔導王国です!」

「そう、それだよ。魔導王国であるときみはどこで知った? 発音がヤポニカであると知っているのも考えて見れば妙だ。こんな発音の変化は他の地域には無い。なぜ正しい発音を知っている?」

「え、ですから、それは……」

「他にも色々尋ねたいことがある。メモを取りたい。良いか?」


 カールスが調べることができたのは、あくまで自国……メリディアニ王国の視点で見た「ヤポニカ」だ。

 ヤポニカ魔導王国がどんな国だったかまでは詳しい調べがついていなかった。

 書物がまったくといって良いほど残されていないのだ。

 メリディアニ王国を含めた周辺国から見た「ヤポニカ」で推察するしかない。

 だが今、カールスの目の前に生身の情報を握る人間がいる。


 カールスは矢継ぎ早に尋ねた。


 戦国時代の王はどんな人物だったのか。


 言語は周辺国とどう違っていたのか。


 そもそもの国の成り立ちは。


 周辺国との関係。


 特産品はあるか。


 魔導王国ということは魔法が盛んだったのか。


 今までどうやって血筋を絶やさず生き延びてきたのか。


「ちょ、ちょっと待ってくださいカールス先輩!

 一度に色んなこと聞かれても答えられません!

 ていうか……!」

「ていうか、何だね?」

「ええと、カールス先輩。私がヤポニカ魔導王国の王女だって……ご存じだったのでは?」

「おいおい、そんなはずないだろう」

「えっ」

「知ってたらもっと前から根掘り葉掘り聞いていたさ。そういう俺の性格はルビィくんもわかってるだろう?」

「あの、それじゃ……さっきのは脅迫じゃなかったんですか? 今のうちに観念してメリディアニ王国に征服されろー、みたいな」

「俺がそんないやらしい脅迫をする男に見えるか」

「す、すみません」


 カールスが珍しくちょっと怒ったのを見て、ルビィは肩身狭そうに頭を下げた。


「……ああ、うん、ルビィくんが王女だとすると確かに怖い発言だったな。すまない、君が王女だなんてちっとも思わなくて」

「まあ暮らし向きは庶民と変わりませんけどね……ごめんなさい、私も早とちりでした」

「よし、それじゃあ互いの誤解が解けたところで、話を戻そう!」

「戻す?」


 そして、カールスがうきうきとした満面の笑みのままルビィを突然抱きしめた。


「結婚しようか!」

「話が変わってないじゃないですか!」


 ルビィはうっかりカールスの手を振りほどくついでに顎を的確に肘打ちして、脱兎の如く逃げてしまった。







 そしてルビィは悶々と眠れぬ夜を過ごし、次の日の朝、いつものように朝食をとり、みだしなみを整えた。

 今日も学校だ。

 ルビィはまだ高等部に在籍しているので、朝から授業がある。

 大学部へと進学すれば自分で好きな授業を選ぶことができて朝の授業を飛ばすこともできるが、朝寝坊の自由を享受するのは一年ほど早い。

 早く大学部へ行きたいとルビィは思うが、まず目先のことを片付けなければいけない。


 先輩に謝ろう。


 もっと冷静に会話しよう。


 いきなり結婚などというのは受けられないが、落としどころがあるはずだ。

 そもそも、私が好きで結婚しようとか、血迷ったことを言ってるわけではないのだ。「ヤポニカの末裔を見つけて王位継承権のトップに立つ」などという与太話が現実味を伴ってしまったために、野心に酔っているだけなのだ。おそらく、カールス先輩の目論見には欠陥がたくさんある。一つ一つ冷静に説得すれば、きっとそんなアホな考えは捨ててくれるはずだ。


 よし、いける!


 そう決意して、ルビィは屋敷の重い玄関を開ける。


 するとそこには、


「おはよう、ルビィくん!」


 真っ赤な赤い薔薇の花束をもった、カールスが待ち構えていた。





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