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1話

ネットやスマホは無いけど家電っぽいものはある、そんな感じの異世界です


「私、ヤポニカ魔導王国王女、ルビィ=サクラバ=アソヌ=ヤポニカは、その申し出を受けることができません」


 ルビィの迂闊な言葉によって、様々な歯車がずっこけてしまった。





 夕暮れ時の放課後のことだった。


「だからやめよう言ったじゃないですか、カールス先輩」


 はぁ、とルビィはため息を付きながらコーヒーを淹れる。

 研究室に香しい匂いが漂う。


「そうは言うがなルビィくん。これは、いつか誰かが言わねばならないことだったのだ」

「だとしても、流石に『建国者の覇王ゼーラは巷に言われるような天才軍師ではなくラッキーボーイだった』はやべーですよ」

「真実はときとして民衆の期待を裏切るものさ」

「でも元老院の貴族様が抗議文を出すって息巻いてて、学長が死にそうな顔してたんですよ?」

「怒られるのは慣れているとも」

「カールス先輩だけじゃなくて研究室とか学校そのものが怒られるんです!」

「なあに、守ってやるとも」


 ここは都市トルキオ。

 国内では首都メリディアニの次に栄えている都市だ。

 工場も繁華街も立ち並んでいて、また学校や研究所なども多い。


 そのトルキオを代表するのが、王立トルキオ学園であった。

 高等学校と大学が一体となった教育機関であり十代後半から二十代前半の学生が数多く在籍している。

 また卒業後も研究のために残る研究生達が数多く在籍するマンモス校だ。


 だが、今この部屋には二人しかいない。

 史学科は人気の無い学問であるがゆえに、学生の在籍数が少なかった。

 この場所、トルキオ地方史研究室のように数名しかいない部屋ばかりだ。


 二人のうち一人は、カールスと呼ばれた金髪の青年だ。

 背が高く痩せ気味だが、近寄りがたい空気などは皆無だった。

 それは無力ゆえの無害さではなく、逆にポジティブで活動的な気配に満ちていたからだ。

 瞳には底抜けの明るさが宿り、見る人はエネルギーを分け与えてもらったような気分になる。

 声も身振り手振りも大きい。

 芝居がかったようなわざとらしささえも妙に似合っていた。


「はぁ……頼みますからね? わかってますか先輩?」


 そしてもう一人は、カールスと話しながらコーヒーを入れている小柄な少女だ。

 黒い前髪をまっすぐ切りそろえ、後ろ髪は首の辺りで切りそろえた生真面目そうな髪型。

 顔つきもまた生真面目そう……というより、生真面目さゆえに苦労性のような雰囲気を漂わせる、そんな少女だった。


「やはり論文発表の後のコーヒーは美味い! 腕を上げたなルビィくん!」

 

 カールスはコーヒーを一口すすり、ルビィを絶賛した。

 だがルビィは溜め息をもらし、カールスを目と口で非難する。


「あのですねぇ、話をそらさないでください」

「まあまあ待ちたまえルビィくん。

 僕がこういう論文を出すことに意味があるんだよ」

「どんな意味があるって言うんです?」

「俺が率先して王室を批判するということは、他の学生や研究者に自由をもたらす。なにもセンセーショナルな発言をして目立ちたいとか、元老院のジジイにストレスを与えて未練がましく残った頭髪を消し去ってやりたいとか、そういう個人的な欲望はひとつだって無いんだ」

「すみません、ハゲを悪化させたいっていうのはどうかと思うんですが」

「それに、だ」


 あ、今普通に無視された。

 と、ルビィは軽くイラッとした。


「俺はご先祖様に親近感や親愛を抱いているのさ」

「……だったらなんでそんな侮辱するようなことを?」

「ルビィくん、想像してみたまえ。覇王ゼーラの心境を」

「はぁ」

「彼の人生は苦難と失敗と、様々な状況が重なったラッキーに彩られていた。

 当時でさえ彼のことを誤解し、軍神だの天才だのと褒めそやす声があった。

 今は言わずもがな、大陸を支配した覇王だなどと崇拝されている」

「そりゃ、なんであれ偉業を成し遂げたのは事実じゃないですか」

「じゃあ聞くがな、ルビィくん。きみがたまたま政治家や革命家として担ぎ上げられて、我らがメリディアニ王国を終わらせて新たな国を作ったとしよう。そして新たな国造りに君自身の意志はけっこう無視されている、とする」

「はぁ」

「会ったこともない奴から『なんて素晴らしい人なんだろう』と褒めたたえられて嬉しいか?  しかも『あいつは言うほど凄い奴じゃないよ』と言った人間が処罰されたらどう思う?」


 そう問いかけられたルビィは、コーヒーを一口飲んでから答えた。


「まあ……後味悪いし、めんどくせえって思いますね」

「そうだろう? 子孫であるぼくが真実のご先祖様を理解してやらないでどうすると言うのだ。ぼくくらいは、ご先祖様がダメ野郎であることを受け入れて許してやりたい」

「ええと、先輩、つまり一言で言えば……」

「うむ」

「家族愛ゆえに、覇王ゼーラをディスったと」

「そんなところだな」


 この人にはかなわない、とルビィは思った。


 カールスは王子だ。


 美男子だとか浮世離れしてるとかの理由で周囲から王子扱いされているとかではなく、現メリディアニ国王ジェイバの八男である。

 側室の息子であり、上の兄や姉、そして叔父や叔母が何人もいるために王位継承権の順位は13番目だが、それでもれっきとした王族の一人であることには間違いなかった。


 だが血筋や生まれではなく、「こういう人が王様なのだ」と思わせる、王の器とでも言うべきものがカールスの言動から垣間見えるときがあった。


「とはいえ俺の論文にはさほど目新しいことは書かれていないがな。遠慮して言いにくいことを言っただけだ」

「えーと、『覇王ゼーラの氷橋伝説』がガセだって話でしたっけ」


 覇王ゼーラは、様々な伝説や逸話がある。

 五百人の兵だけで籠城し、一万の敵兵から城を守りきったとか。

 何十人もの人間からの訴えを同時に聞いて理解したとか。

 そんな与太話の一つに、氷橋伝説というものがある。


 それはメリディアニ王国がちっぽけな小国だった頃、隣国からの侵攻を返り討ちするために凍った川を渡って奇襲をしかけ、華々しく大勝利したというものだった。覇王ゼーラは十年に一度の寒波が来ることを天測や占星術によって把握し、その後も奇想天外な戦法で五倍十倍の敵軍を打ち破っていった。


 ……が、当時のメリディアニ王国内でやりとりされた手紙や手記、あるいは倒された隣国の文書を調べると、どうも天測や占星術などを使った形跡がない。というよりそんな天気予報みたいな技術自体が当時まだ生まれていない。


 しかも当時、日記を付けていた騎士が、「たまたま川が凍っていて、しかも向こう岸で野営している敵の部隊を発見してしまった。ヤケクソで突っ込んで交戦となったが、まさか勝てるとは思わなかった」と書き残していたのだ。


 ただ、こうした「公の場で発表するのは流石に怖い」という思いがあるために掘り下げて研究発表する人間がいなかったというだけの話だった。


「俺がここまで言った以上、誰かしら後続で研究してくれる人間もいるだろう。実際、すでにいるが発表をためらっていた人間もいるしな」

「ん? 先輩は続けないんですか?」

「俺の専攻はトルキオ地方史だからな。今回はボランティアのようなものだ。本来の研究に戻るさ」

「そうしてください。厄介事が好きなんだから、まったく」

「そう言われるとくすぐったいな。本来の研究でもちょっと面白い発見があったんだ」

「すみません先輩。厄介事が好きというのは褒め言葉ではなく皮肉なんですが」

「これを見てくれたまえ」


 またスルーしたな、この人。

 という内心の毒づきを抑えつつ、仕方なくルビィはカールスの広げた紙を見た。

 それは、古ぼけて不鮮明な地図だった。


「古地図ですか?」

「ああ、三百年前の地図の写しだ。この地方は様々な国々が群雄割拠していた」

「はぁ」

「戦国時代の頃、メリディアニ王国は98の国を平定した」

「はい」

「だが実際のところ、この大陸には100の国があったのだ」

「……へえ」

「勝利したのはメリディアニ王国の1国。その軍門に降った国が98国。残り一つが……ここだ」


 カールスが指さした場所は、現代で言うところのトルキオの中心部……つまり、カールスとルビィが居る街とほぼ一致していた。


「ここに書かれているヤポノーサという国。ここを平定したという記録が無いのだ」

「先輩、違います」

「ん? なんだ?」

「ヤポノーサ、ではなく、ヤポニカです。現代と戦国時代では文字表記と発音が少し違いますから。特にこのあたりでは差異が大きいんです」

「おお、ルビィくん! 素晴らしいぞ、ちゃんと勉強しているじゃないか! ぼくでさえ気付かなかったというのに!」

「どういたしまして。で、ヤポニカ魔導王国を研究するんですか?」

「ああ。ただ……少々問題があってな」

「問題?」

「このヤポニカの支配は、覇王ゼーラが忘れていた仕事と言っても良い」

「はぁ」

「三百年前の戦国時代、ヤポニカという国は領土こそ広くは無いが手強い国だったそうだ。高い技量をもった魔術師や優秀な魔導具を揃えていて、ゼーラも手を焼いていたようでな」

「らしいですねぇ」

「だが、他国と連携して魔法障壁や魔法をはじく盾をとにかくそろえた。そして物量で圧倒し、領土を奪いに奪った。最終的にはヤポニカの王城さえも落として、王が逃げた別荘だけが残ったそうだ」

「みたいですねぇ」

「もうそこで戦争は終わったようなものだ。降伏勧告を出して、ヤポニカ王も降伏のための条件を打ち合わせする……という段階で、今度は東の魔人族が攻めてきた」

「だそうですねぇ」

「魔人族との戦いの方が遥かに重大事だったらしく、騎士も官僚も全員そちらにかかりきりになった。ヤポニカ王の降伏は宙ぶらりんになった。……それで、だ。聞いて驚くなよミリィくん」

「はい」

「この国は、恐らく、今もメリディアニ王国の支配を受けず生き延びている」

「……あの、先輩」

「なんだい、ルビィくん」

「カールス先輩は、このことを論文で発表するんですか?」

「いや、これはまだ発表するつもりはない。ルビィくんも黙っていてくれよ?」

「ん? なんでですか?」

「外聞が悪い。メリディアニ王国は『大陸全土を支配した』という触れ込みで今日までの平和を築き上げたのだ。実はちょっと漏れてました……と言ってしまうと色々とマズい」

「マズいって……あなたさっき、『覇王ゼーラはラッキーボーイだった』って言ってませんでしたっけ?」


 ルビィは、そっちの方が遥かに問題発言じゃ……と言いかけたが、カールスは首を横に振る。


「ゼーラ個人の人格や行動を語ることと、今現在の王国成立に関わる不備を語るのは事情が違うのだ」

「……と、言いますと?」

「今現在のメリディアニ王国の政治や法律というのはな。『大陸で生まれた人間は全員、メリディアニ王国の国民に決まってるじゃん』という、ちょっと自意識過剰な前提の上に成り立っているのだ」

「自意識過剰って言っちゃう時点でマズいですよ」

「ともかく、この大陸の中にメリディアニ王国以外の国が存在している……という状況を真面目に考えると様々な問題が起きる。まずその国を国として認めるのか、認めないとしたらどう扱うのか、そこにいる人間は何国民として扱うのか、三百年見過ごしてきた外交の連中は罰を受けるべきなのか。ゼーラが大陸を支配したというのは嘘だったのか。法律の専門家が何人集まっても簡単に結論は出せないだろう」

「……そ、そうですか」

「だから、俺個人が取れる手段で解決しようと思ってな」


 解決。

 その言葉は、重圧に満ちた響きとしてルビィの耳に届いた。


「……あの、先輩」

「なんだね、ルビィくん」

「解決っていうのは、つまりどういう状態を指すんですか?」

「つまり、国の前提と、現状を、一致させるということだ。

 メリディアニ王国の中にヤポニカという国があるという状況を無くしてしまえば、『大陸で生まれた人間は全員、メリディアニ王国の国民ですよ』という前提が正しくなる」


 ごくり、とルビィは唾を呑んだ。


「その、手段は?」

「手段か」

「国をなくす、ってことですよね……先輩が言っていることは。

 つまり」


 戦争。


 その一言がルビィの口から出たとき。


 カールスは、


「ぶわっはっはは!!!

 せ、戦争か!?

 今の時代で!?

 あるかないかもわからない国に兵を出すと!?

 そ、そりゃ大胆だな!

 流石にそれは思いつかなかった……ぶはっ!」


 大爆笑した。


「せ、先輩!!! なんで笑うんですか!?」

「い、いや、すまんな……こほん。

 まあ確かに、国と国の諍いとなると戦争ではあるな。

 まあこんなことで軍が出動するなどはありえないが」

「……じゃあどーするんですか、聞かせてくださいよ」

「そうだな……一番穏便な方法としては、結婚だろうな」

「け、結婚ッ!?」

「そう驚くことでもあるまい。政略結婚がよくある手段であることは歴史を紐解けばわかるだろう」

「そ、そりゃそうですけど」

「かのヤポニカの王の子孫と俺が婚姻を結ぶ。

 国としてのヤポニカを捨ててもらうかわりに、ヤポニカの王に連なる血を、メリディアニ王国の王室に取り入れる。

 さすれば国は無くなっても彼らの名誉は守られる。

 どうだ、平和だろう?」

「……平和、ですね」

「それにもしこれが成立すれば、俺は覇王ゼーラのやり残した仕事を完遂させたという栄誉となる。王位継承権十三位の俺がメリディアニ王国の王になることも夢じゃない。凄いだろう?」

「は、はい……とんでもなく、凄いです」


 ルビィは、言葉とは裏腹にショックと失望を感じていた。

 カールスの浮世離れしたところをルビィは好ましく思っていた。

 まさかこんな、俗っぽい野心があったなどと、微塵も思っていなかった。

 まさかこんな、狡猾な脅しを仕掛ける人物だなどと、信じたくなかった。


 だがカールスも王子の一人だ。

 おそらく自分の見えないところで、名誉を追い求めなければいけないというプレッシャーと戦っていたのかもしれない。

 兄弟や家族と、目に見えないところでどろどろとした駆け引きや戦いの中を生き抜いてきたのかもしれない。

 ごく普通に親しんでいた先輩が、政治の怪物なのかもしれない。


 ルビィはそんな疑心暗鬼にとらわれていたため、うっかりカールスの次の言葉を聞き逃し、自分が言うべき言葉だけを考えていた。


「まっ、そんなのは与太話だがな。だいたいヤポニカの子孫がいるかどうかも実際よくわからな……」

「カールス先輩……。

 いえ、カールス=アルトゥエ=ケルン=ミリディアニ王子。

 ご厚情に満ちたご提案、誠にありがたく思います」

「……うん? ど、どうしたルビィくん。というか俺のフルネームを覚えていたんだな。流石の俺も驚いたぞ」

「しかしながら、」


 ルビィには悪い癖と秘密があった。


 悪い癖とは、プレッシャーを感じて追い詰められると今ひとつ人の話を聞かなくなってしまうところだ。そのくせ自分には冷静な判断力があると思っているフシがあった。だからきっと自分は最善の答えを出したと思っているから始末が悪い。


 そして秘密とは、


「ですが、私、ヤポニカ魔導王国王女、ルビィ=サクラバ=アソヌ=ヤポニカは、その申し出を受けることができません」


 彼女こそが現代におけるヤポニカ魔導王国の正統後継者、ルビィ王女である。


 そして今、彼女は、カールス王子の求婚を破棄した。




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