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信長狂詩曲(ラプソディー)  作者: 大橋むつお
2/21

2・始まり・2

信長狂詩曲ラプソディー

『始まり・2』



 美子は水の夢をみていた。


 亭主の浩太も、息子の浩一、そして娘の美乃までも楽しく泳ぎ、波打ち際を駆けた。そして大きな波がやってくると、美乃はサーフボードに乗り、その大きな波に向かってボードを漕いだ。そして波との距離が頃合いになると、スックとボードに立ち上がった。


「美乃、あなた美乃なんでしょ!?」


 美乃は一瞬振り向くと、不敵な笑みをたたえ奇声を発して稲村ジェーンのような波に向かっていった。


 気づくと水……シャワーの音がする。

 浩一が出しっぱなしで寝てしまったんだと思った。枕許の時計は五時半を指していた。

「やれやれ……」

 美子は、パジャマのまま浴室に向かった。

「もう、電気まで点けっぱなし……」

 浴室から人の出てくる気配がした。そして、バスタオルで素早く体を拭く気配。

「だれ……浩一?」

 すると、浴室のドアが開き、さっきの夢の中と同じ顔をした美乃が、素っ裸で現れた。

「美乃、こんなに朝早く……」

「夕べお風呂に入れなかったから」

 母親の自分が見ても可憐な後ろ姿で娘は部屋に戻っていった。ただ顔つきだけが、なにか燃えたように明々としている。


 美乃は、自分が信じられなかった。五時に目が覚めると、風呂に入っていなかったことが耐えられなくなり、ベッドから起きあがり、そのままの勢いでパジャマもパンツも脱いで浴室に向かった。



 なんで……と思いながら男のようにシャワーを浴びて汗を流した。


 心地よかった。


 体を拭いて浴室を出ると母が居て、なにか喋った。たとえ母の前であろうと素っ裸で歩くなんて考えられなかった「なんで!?」と問いかけるが、もう一人の自分が「これでいい」と言っている。

 部屋に戻ると、部屋のチマチマした縫いぐるみや小物たちが目障りになった……。


「お母さん、これ、捨てといて」


 美乃は、そう言ってゴミ袋二杯を母に押しつけ、キッチンボードからドンブリをを出すと自分でご飯をよそい、お茶を掛けただけで、立ったまま流し込むように食べた。



「美乃……」


「学校行ってくる」

「学校って、そのジャージ姿で?」

「学校で着替える」

 そう言うと美乃は、ローファーをカバンに入れ、タオル一本首に巻いて玄関を飛び出した。

「どうしたの、こんな朝っぱらから?」

 浩一が寝ぼけ眼で起きてきた。時計は、ようやく六時半を指していた。


――あたしってば、どうしたんだろう?――


 そう思ったが、体が先に出る。電車にも乗らずに美乃は、学校までの五キロの道を走った。ヘトヘトになりながらも四十分後には学校に着いた。運動部員たちが朝練の準備をする中、グラウンドを一周し、爆発しそうな心臓をなだめた。手足の感覚はほとんど無くなったが、再び汗まみれになった体が我慢ならなかった。



 体育館横の水道で、着ているものを全部脱ぎ、水浴びをした。



――止めて、恥ずかしい!――

――うるさい、黙れ!――



 二人の自分が同時に叫んだ。


 水浴びは、ほんの二三分だったが、美乃の行動が異常なので、サッカー部のマネージャーが顧問の教師を呼びに言った。



「ここで裸で水浴びしてたのか?」

「はい、汗まみれだったので」

 その時は、もうキチンと制服を着ていた。そして、陸上部の男子のところに足早に向かった。

「あたしの水浴び、動画で撮ってたでしょ」

 美乃の鋭い眼差しに、男子陸上部員は大人しくスマホを出した。

「こんな感じで水浴びしてました」


 男子部員はサッカーの顧問にこっぴどく叱られ、その場で動画を削除させられた。


 半月ぶりにきた教室。


 席に着いて教科書を出し、教科書を机の中に入れようとすると、一枚の紙切れが入っているのに気づいた。


「死ね、信長!」


 筆跡が分からないように、定規で書かれていた。美乃はそれを黒板の真ん中にマグネットで貼り付けた。

 恐怖している自分をなだめている自分がいることで、美乃は安心した。

 始業はおろか、朝礼までも間があるので、美乃は教科書を取りだした。国語の漢文に目がとまった。




渭城ゐじゃうの朝雨  輕塵を うるほ

客舍 青々 柳色 新たなり

君に勸む 更につくせ  一杯の酒

西 陽關やうくゎんを 出づれば 故人 無からん




「いい詩ね……」


 英語の教科書も開いてみた。意味の分からない単語がいくつかあったが、音読すると耳に心地よい。

 どうやら、美乃は、漢文も英語も音としての美しさに惹かれたようだ。


 そうしているうちに、クラスメートがぽつぽつと教室に入ってきた。みんな美乃の姿と黒板に貼り付けられた紙切れに驚いてはいるが、表情に出す者はいなかった。


 そして、数分後に荒木夢羅が入ってきた。


 夢羅は入学後三日余りでクラスのスケバンを気取っている女子だ……。



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