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信長狂詩曲(ラプソディー)  作者: 大橋むつお
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1・始まり・1

信長狂詩曲ラプソディー

『始まり・1』



 信長の馬手めてに矢が付き立った。


「上様!」

 蘭丸は、信長を庇いつつ二の矢を太刀ででたたき落とした。

「百数える間だけもたせよ。お蘭、中に」

「承知!」

 近習の者三十人足らずを残し、信長は奥の書院を目指した。矢は、その間に無造作に引き抜き、蘭丸が歩きながら傷口を縛った。主従共に無言である。


「舞う」


 書院に行き着くと、信長は一言そう言った。蘭丸は、すぐに自分の扇を取りだし信長に渡した。信長は寝衣のままで扇を持っていなかった。信長の家臣で、このちぎったように短な言葉で主の意を汲み取り行動できるのは、この森蘭丸と羽柴秀吉ぐらいのものであろう。蘭丸は、静かに蹲踞した。




 人間五十年下天の内を比べれば 夢幻の如く哉 一度生を得て滅せぬものの在るべきか 滅せぬものの在るべきか




「お蘭、外へ」

「は」


 蘭丸は襖二つ分戻った。すでに近習の者は数名に減り、明智の兵が書院を目指そうとしていた。

「通すな!」

 蘭丸は、叫ぶと同時に繰り出された槍をかわすと、敵の草摺が翻ったところを佩楯の家地のところを払った。血しぶきをあげて倒れた敵の槍を取ると、その槍で、たちまちのうちに二人を突き殺した。

「あと、三十の間もたせよ……」

 蘭丸は近習頭として最後の命を下した。


 信長は、蘭丸が書院を出ると、落ち着いて灯明を倒し腹をくつろげた。


「では、まいるか……」


 信長は、脇差しを抜くと、無造作に腹に突き立てた。まるで舞の仕舞収めの所作のようであった。


 瞬間、信長は光を見た。


 伴天連の言う神の御光にも阿弥陀如来の来迎にも見えた。やつらは、その光明は日輪に勝ると誇らしげに言う。人の目が見つめられるほどの光ならばたかが知れている。そんなに光がありがたいのなら中天の日輪を見つめてみよ! と、パードレや坊主を困らせたことを思い出す。


 そのバカにした光が自分を照らし、それが、癪だけれども愛おしい。


 この信長には漆黒の闇こそ相応しい……それとも……いや、一つくらい不思議なものがあっても良いか。


 間尺に合わぬ光を見つめながら一文字に腹をかっさばき、ゆっくりと前のめりに倒れていった。信長は倒れ伏す寸前まで、その不思議な光を見続けた。この想いを形にするには信長一人の生涯では短すぎる、天よ、この信長をいま一たび生かしてみよ!




「カット!」




 監督は、しばらく呆然として、そう叫んだ。スタッフが走り回り火を消している。明智方も織田方も役を終えた役者達が起き始めた。

「いやあ、ヤマさん、今世紀最高の本能寺が撮れたよ。ここまで引き延ばしたが、それだけの甲斐はあった!」

「山形さんの信長の収録は、これで終了です。おつかれさまでした」

 チーフADの言葉で、花束が渡された。

「どうも、みなさんありがとう。役者人生で最高の信長が演れました」

 スタジオ一杯の拍手が湧き上がった。


 山形は、大河ドラマの『石田三成』で信長役をやっていたが、ファンの人気が高く助命嘆願があいつぎ、予定よりも一カ月遅い本能寺になった。


「衣装メイク落として、すぐ病院へ!」

 マネージャーが、山形の耳元でささやいた。

「うん。しかし、急いでも結果はかわらんだろ」

「また、そんなことを。ちょっと、そこ空けて、山形通りマース!」


 山形は重度のガンであった。それを承知で、この信長役を引き受けた。自分の役者人生の最後に相応しい役だと思った。しかし、本能寺が予定よりも一カ月延びてしまい。抗ガン剤と痛み止めを打ち続けての、文字通り命がけの芝居だったのだ。


 山形は、その夜、病院で昏睡状態になった。その昏睡状態の中で山形は思った。本能寺の収録では、自分に何かが降りてきた。まるで自分自身が信長になったようだった。

 ひょっとしたら……そう言えば、信長の首も骸も本能寺では見つかっていないんだよな……そんなことを思っていた。じゃ、俺が最後に見たあの光は信長の魂……。


 その二日後、山形は近親者に看取られながら五十五才という若い生涯を閉じた。




 山形の四十九日にあたる連休明け最初の日曜日に、本能寺は放送された。


 二十一世紀になって最高の39%の視聴率だ。


 信長家では、家族四人で本能寺を観ていた。


 ちょっと説明がいる。この物語の主人公は、ここから出てくる。




 信長という姓は山陰地方に多く見られ、広島県尾道市から岡山市の間に集中してみられる。信永氏、延永氏からの転化だといわれていて、けして冗談や気まぐれで付いた苗字ではない。

 しかし、この信長家の高校一年の美乃には迷惑な苗字だった。兄の浩一はガタイも大きく信長の苗字は勲章のようなものだったが、大人しい美乃にはイジメの材料でしかなかった。

 この春に入学した高校も、連休の前の週から行かなくなり、連休が明けたころには、引きこもりになりかけていた。


 美乃がリビングに出て、家族といっしょにテレビを観るのは、ほとんど十日ぶりだった。


 美乃は、信長が倒れるとき、なにか光が見えた。眩しくて一瞬目をつぶったが、目蓋を通して、その光は美乃の中に入ってきた。



「ちょっと気分悪いから、寝るね……」

「美乃、お風呂は?」

 母の問いかけにも応えずに、自分の部屋に戻っていく美乃だった。

「美乃……」

「母さん、そっとしとこう。あいつは時間が必要だ」

 父は、労りと覚悟の籠もった眼差しで、妻の膝に手を置いた。


「あー腹減ったああああああ!」


 軽音の練習が終わった浩一が元気に帰ってきた。三月まではアメフトをやっていたが、脚を痛めたのをきっかけに、前からやってみたかった軽音にのりかえたのだった。


 兄妹、足して二で割るといいのにと母は思った……。



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