鬼の休日 一
時は、ヨミが怒りに任せて集落を飛び出した数分後に巻き戻る。
「よいのですか? ヨミを外に出しても」
燭台に点けられた蝋燭の灯りだけが光源の、暗い部屋。
そこでは、5人の人物が円になって床に座っていた。
「今ならまだ、あやつを力ずくで連れ戻せますが」
「力ずくったって、あたしら全員でやっとでしょうが。ここを留守にはできないわよ」
「だが、あれを外に出すのはいささか危険すぎるのでは?」
「あんた若いわねぇ。そういやあん時一番ボコられてたっけ。
爆発の危険が殆ど無いデカイ爆弾と、いつまた爆発するか分からない普通の爆弾。どっちか見守ってろって言われたらどっちがいい?」
身なりがキチンとした細身の男と、胸元をはだけさせて紫の下着を覗かせているほぼ半裸の女。
性別も纏う雰囲気も全く違う彼らに共通しているのは、額に黒い角があるということ。
「まぁ……あの子はまだ若いからのぉ……。外はいい刺激にもなるし、勉強もできる。
この集落は子供には狭すぎる」
「つうかぁー、おばさんの例え下手すぎぃー!
僕だったら爆弾なんてほっといて逃げるね!
逃げようとした瞬間に爆発するから、僕らがここに居るっつうのにさぁー」
外見はこの中で一番幼いのに、喋り方だけは一番年を感じさせる少女と、3つの黒い角が生えた少年が続く。
「おばッ──!? いつまで経っても口が減らないガキね!!」
「ええー?? だってそうじゃん! その格好もさぁ、その年じゃ正直辛いんじゃないのぉ?」
「へっ! ガキには大人の魅力ってのが分からないからかしら? ガキはガキらしく、子供同士で乳繰りあってたらいいんじゃないかしら?
そう言えば、貴方ヨミを誘って断られてたわよね? それも何回も」
「へ、へぇー!? 言うじゃん! おばさんの癖に!
どうせベッドの上では、僕にヒィヒィ言わされる癖にさぁ!」
「なんですって!? いい? 貴方みたいはガキにはテクニックって物が無いのよ!」
二人の言い争いは勢いを増していく。
やがて二人は立ち上がると、どういう訳か部屋から出て行った。
「ん……? ああ、すまん。大事な会議中なのに寝ちまってた……。あれ? アサナギとヤヨイは?」
そこで、部屋に居た最後の一人が居眠りから目を覚ました。
「途中から聞いておらんかったが、どうやら負けた方が一週間奴隷になるそうじゃ」
少女の言葉に男は「ほーん」と興味が無さそうに返す。
「なんじゃ、せっかく老いぼれが応えてやったというのに」
しくしくと泣きまねをする少女を横目に、彼は欠をする。
「おお? ヨミが居ねえ。そろそろと思ってたが今日だったか」
「やはり、あれは祠に封印するべきでは……」
「まぁーなんとかなんだろ。暴走しないように闇商人から道具は買ってあっし、何かの為にあいつには“鳥”が付いてる。
……そういや、鳥の方は自力で制御してんだよな。いいなぁ……」
男はあくびをしながら家から出る。
天から降り注ぐ陽光に、一本の長く太い漆黒の角が輝いた。
「うちには二体も化け物を飼う余裕はねえ。どうせ暴走するならできるだけ遠くでしてくれってのが俺の考えだ。
ったく、ただでさえ『魔王』が居るっつうのに、あんなのが生まれてくるかねぇ」
「──あ、あの! 村長!」
と、不意に前方から声をかけられた。
見ると、そこには若い黒鬼の女がいた。
「お? なんだ? ベッドインしちゃう? 俺のはこの角より太いぜ?」
ヨミがこの場に居たのなら、間違えなく警察を呼んでいただろう。
そして、そんなふざけた声をかけられた女は──
「──────ッッッ!!?? ……ほっ」
体に電気が走ったかのように大袈裟に体を反ると、そのままぐたりと力を抜いてしまった。
「ふっ……流石俺だ。
よし、お持ち帰りだ!」
黒鬼の集落には今日も、嬌声が絶えない。
◇ ◇ ◇ ◇
「それでよ、そん時あの人はこう言った訳よ。
「外の世界で、それが通用すると思うな」ってよ」
「おぉー! やっぱAランクが言うとなんか凄みがありますね。それで、その決闘はどうなったんですか?」
「ああ、勿論豪鬼の親分の勝ちだったぜ。
──お、あの後ろ姿。ありゃあ……」
ギルド内で依頼を見繕っていると、そんな会話が聞こえてきた。
どうやらあの時の決闘の話をしているらしい。
「ん、どうしました?」
「あの子だよあの子! 豪鬼と決闘した相手ってのは!」
「マジですが!?」
「……何か用ですか?」
こちらに視線を感じたので振り向くと、如何にも駆け出し感満載の青年が居た。
「えっ……あ、い、いえっ! なんでもないっス!!」
「あっ……」
青年はそう言うと、一緒に座ってたおじさんを置いてギルドから出て行ってしまった。
……あの時の事は結構黒歴史だと思っているから、それを話されてもしかしたら怖い顔をしていたのかもしれない。
(次会ったら謝ろう)
私は手に持った『痺れキノコの採取』という依頼書と共に、ギルドのカウンターへと向かっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「先輩! 決闘相手の人があんな美人だったなんて聞いてないですよ!」
「言ってないからな。
あいつがこの街の名物ハンター、ヨミちゃんだ。
非公式だが、【黒閃】なんて呼ばれてる。今一番の注目株にして、俺らのアイドル! ちなみにランクはCだ」
「C!? え、確か決闘から三ヶ月なんですよね? 早くないですか?」
「ああ、それはまた長くなるんだが、ヨミちゃんが決闘した原因のゴブリンキングの討伐任務があってな。ヨミちゃんはそこで奴を──」
◇ ◇ ◇ ◇
今日も今日とて鳥が囀り、木々が揺れ、空からは灼熱の太陽が熱を放って人を焼き殺そうとしている。
「……暑うぅぅぅぅ」
私は森で痺れキノコを探していた。
痺れキノコの色は黄色と赤で凄く目立つ。しかし、直に触ったり胞子を吸い込むと強力な麻痺の餌食になる。
だから痺れキノコの採取には布と手袋が必須だ。
そういえば、集落の近くにもキノコは生えてたがそれは全部ピンク色だった。
黒鬼の必需品──一家に一つはあるレベルで普及していた媚薬もピンクなので、もしかしたらあのキノコで作られていたのかもしれない。
「ギャッギャッ!」
「グギ? グギギ!!」
「ギョォォォ!!」
──と、私の思考を遮るように、不快な声が聞こえた。
濁った緑の肌に、子供程度の身長。
額にはぷにぷにした短い角が生えていて、手には刃こぼれした剣だとかこん棒とか、いかにもその辺で拾いましたみたいな武器を持っている。
ゴブリンだ。
「──ゴブリン討伐の基本は、瞬殺か即撤退」
師匠に教わった言葉を小さく呟く。
そして、前方のゴブリンたちが大きな声を上げる前に──私は走り出す。
「ギ──!」
一番早く叫びそうだったゴブリンの首を掴み、速度を殺さずに回転。
「ゴギッ……!」
もう一体に叩きつけ、残り一体。
「『凍れ』」
契約している氷の精霊の力を借りて、陽魔法を使う。
早く凍らせようとして少し過剰に魔力を使ってしまったが、加減をして万が一が起きるなら、多少やり過ぎる方がいい。
「取りあえずはこれで終わりかな」
ゴブリンの氷像を蹴りで砕くと、辺りが少し涼しくなった。
「最近は特に暑いな」
二体のゴブリンから魔石を取り、私は森の奥へと進んでいった。