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井の中の蛙 終

「来い、黒鬼。

 お前がどれだけ未熟で弱いか、その身を持って分からせよう」


 とある街のハンターギルド。そこに併設されている訓練施設にて今、二人の人物による決闘がなされようとしている。


 一人は、左の頬に一文字の傷跡があるスキンヘッドの男。

 子どもがみたら泣き出しそうな外見の彼は訓練用の剣を片手に、向かい合う決闘相手へそう告げた。


「…………はいはい、分かりました。早くやりましょう。

 私は早く狩りに行きたいんです」


 対するは額に漆黒の角を一本生やした少女だ。

 往来を歩けば道行く者は振り向かざる終えない程整った顔立ちで、将来は傾国の美女となることが安易に予想出来る。

 その少女は今、その整った顔を顰め、苛立ちを隠そうともしていない。


「二人とも~ファイト~!」


 艶やかな黒の着物を着て、胸元を大きくはだけさせた妖艶な美女が二人を壁際で応援していた。

 彼女から向けられる視線が、まるで小さな子供を見るような微笑ましいものだということが、黒鬼の決闘者──ヨミが苛ついている要因の一つでもある。


 そして面白そうな見世物を見つけてやってきたハンターたちは、胸元を広げ手を大きく振るう彼女を見て多少前傾姿勢になっていたのは見間違えではあるまい。


「その自信を壊す事も、先輩ハンターの役目だからな。

 人種として認められている赤、青、黄鬼たちの優れた腕力力、脚力、五感を持ち、内包魔力や妖力も他の鬼より優れた希少種族、だったか」 


 やがて野次馬たちは静かになり、彼の口上のみが訓練場に響く。

 それを聞いて、彼らはヨミの額に目をやった。


「おお、マジで黒鬼じゃん!」

「おいら初めて見た! めっちゃ強いらしいな!」 

「つうかあそこで手を振ってるのも超人気娼婦のツクモさんじゃね!?」

「つうか黒鬼と戦ってあのおっさん勝てんのか? 無理だろ」


 またもや訓練場はざわつく。

 その雑音の全てをヨミの聴力は聞き分け──


「馬鹿、あの人はランクAのハンターだよ! 二つ名は【豪鬼】っつう人だ。見てみろ、ここで勝負の行方を心配してる奴はあんた一人だよ」


 その言葉を耳にした。


「豪鬼……」


 ヨミは小さく呟く。


 そして、少しうるさくなってきた訓練場に、決闘開始の合図がなった。



 ◇  ◇  ◇  ◇ 



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 ツクモという黒鬼の人に性的に襲われた私は今、着崩れた服を直しもせず宿に向かって走っている。

 かなりの速度で走っているが、黒鬼の優れた身体能力と反射神経で障害物や人を躱し電光石火の如く走る。


「どこだ……どこだ……どこた……!」


 部屋に置いてある自分の荷物漁り、目的の物を探す。


 早く……! 早く薬を飲まないと……!


「あった!」


 やがて目的の物が見つかった。

 それは、小さな瓶に入っている青色の液体だった。


 瓶の蓋を開け、それを一気に飲み干す。

 瞬間、私の体から、先ほどの行為による熱も、妖気を取り込むための本能の爆発も、全てが真っさらに無くなった。

 精神が静かになり、思考がクリアになる。


「ふぅ……大丈夫、私は私だ」


 胸に手を当て、ドクンドクンと一定間隔で鼓動を刻む心臓の音に耳を澄ます。


 私は私だ。

 黒鬼という万年発情種族の集落に生まれた。

 集落で一番年下の16歳の女で、前世の記憶は曖昧だけど元男で。集落の中では一度も負けた事がないからきっと一番強くて。

 穢れを嫌う精霊とも契約出来て、少しだけど魔法も使える。

 一度たりとも男と交わった事が無く、一人遊びも硬い理性とこの薬のお陰でやっていない。──全ては、私が私であるために。


 ……うん、今回もセーフだ。 


 安心したら、眠くなった。

 妖気はまだ半分も回復してないが、明日も何かを狩りに行こう。

 次はあんなヘマをしないように気をつけよう。私ならできる。

 ……だって私は、強いから。 



 ◇  ◇  ◇  ◇



「やはり来たか」


 翌日。お金が今日の宿代すら払えない程無いので、朝一番でハンターギルドへ来た。

 そしたら、ギルド内にある酒場であのヤクザの人──確かジェイドさんが居て、私を見るとそう言った。


「え……? あっ、昨日は助けてくれてありがとうございます。あと、飛び出しちゃってごめんなさい」


「ああ、その事なら気にするな。未熟な後輩ハンターの世話をするのも、俺らの役目だ」


 未熟って……。ただ一回ヘマしただけでそんな事言われるのは正直心外だ。

 それに先輩って言ったって、見るにジェイドさんはただの人間だ。もし戦っても勝てる気がする。


「ふっ……。まあいい。ところでお前、今日は何をしにここへ来た」


「? お金を稼ぎにですけど」


 ハンターの収入源は主に、魔物を倒して内部にある魔石という物や素材を取って換金したり、私がしたように商人の護衛などをする事だ。


「ほう。その病み上がりの体で何の依頼の受ける?」


 ジェイドさんの視線が鋭くなって私の体を射貫く。


 ……あれぇ? 何で私はギルドの出入り口の前で怒られてるんだ? それに傷は鬼の回復力で寝たら回復したし、体は万全なのに。


「勿論討伐依頼ですけど? 何か問題ありますか?」


「病み上がりのお前では昨日の二の舞だ。今のお前なら片手を使わずに倒せるぞ」 


 はぁ? 何言ってるんだこの人は。私がただの人間に負ける? それも片腕を使わないで?

 流石に私を舐めすぎだ。昨日はあんな失態を犯したから、この人には私が弱く見えてるかもしれないが、私は強い。

 人より強力な身体能力を持つ他の鬼よりも更に強いと言われているのが黒鬼だ。

 この人は私がその黒鬼だって事を分かってる。分かって言ってるんだ。


「……流石に怒りますよ? さっきから何なんですか? 貴方に関係あります?」


「未熟な後輩が死んでしまうと不味い依頼が俺たちの元まで回ってきてしまうからな。死なれては困る」


 チッ


「ああ、じゃあいいですよ? 私が貴方を倒せばいいんですか? そうすれば私が未熟じゃないって証明できますよね?」


「……ああ、そうだな。では訓練場に行くか。ツクモが待ってる」



 ◇  ◇  ◇  ◇



 ピィィィィ!!! と、甲高いホイッスルのような音が鳴る。

 それが決闘開始の合図だった。


 合図が鳴った瞬間、ヨミは黒鬼の脚力を使い強く地面を蹴り、瞬く間にジェイドへ接近していた。 


 ヨミの戦闘スタイルは無手である。

 鉄で出来た剣を使うより、リーチの長い槍や破壊力のある槌を使うより、一々詠唱して発動する魔法を使うよりも、何よりも硬くて強い己の体を使った方が強いというのが、彼女が出した結論である。


 ──もらった!


 彼女の動きを視認出来たのは、実に数人しか居なかった。

 黒鬼の集落で一番の実力を持つと自負する彼女の力は伊達ではない。

 まるで瞬間移動のような速度でジェイドへ迫ったヨミは、赤鬼3人と腕相撲をして余裕で勝てると言われている黒鬼の腕力を振り絞り目の前の敵へ拳を撃っていた。


 彼女の動きを視認出来ていたのは数人しか居ない。

 その中でも、この攻撃を防ぐ、または避けられるのは、ほんの僅かである。


 そのほんの僅かが、彼だった。


「甘い踏み込み、力任せなパンチ──」


 彼はヨミの拳の軌道に己の手を置いていた。そして──


「──だから、死にそうな目に遭う」


 受け止める。



 7段階に別けられるハンターランクの内、上から二番目。

 怪物と呼ばれて、その力をギルドから認められ、二つ名が進呈されるAランクという領域。


 【豪鬼】ジェイド。それが彼だった。

 






(……え?)


 ヨミの思考は停止していた。

 幼い頃から魔物を倒してきた自分の拳が、何の強化も施していないただの人間に受け止められているのだ。


(!?)


 引き抜こうとすれば万力のような力が込められており、拳が抜けない。


「お前のその自信がどこから出てきているかは知らん」


 頭上から声が聞こえる。


「確かにお前は強い。ただ、それは力という一点のみを見た場合だけだ」


 頭を上げられない。


「お前には技術が無い。ただ与えられた力を振りかざしているだけの子供だ。

 今まではそれで通用したのかもしれないが──」


 意を決して、顔を上げる。

 このままでは何も解決しないという判断だった。


 顔を上げた先で、ヨミは見た。


「│(おとな)の世界で、それが通用すると思うな」


 ──ジェイドの背後に居る、赤い二本角を生やした化け物を。



(──ッ!!)


 体全体に悪寒が走る。生存本能が一に働き、瞬時に魔力で身体強化を施し拘束から逃れ、訓練場の端まで下がる。


(なんだ、あれ……!)


 ジェイドより二回りは大きい、半透明の怪物。

 真っ赤な肌と筋骨隆々な体、鋭い歯と二本の角があった。

 人ではない。ヨミが知っている限りの知識ではオーガと呼ばれる鬼系の魔物と似ていたが、大きさも凶悪さも、何より感じたプレッシャーが桁違いだった。


(あんなの、幻覚だ……)


 バクバクと鳴る心臓と震える脚を抑えながら、ヨミは戦闘スタイルを遠距離攻撃に切り替えた。


「『炎よ・火球となりて・敵を燃やしつく──』」


 魔法の発動には一部の天才以外詠唱を必要とする。

 そして魔法は魔力を代償として世界の法則をねじ曲げる奇跡を起こすのだ。


 ヨミは詠唱していた。

 陽系魔法に壊滅的に適性が無い鬼族でも、精霊の力さえあれば魔法が使えるのだ。


 先ほどの場所から動かない相手を見据える。

 しかし、ツーと落ちてきた汗に気を取られ、一種の瞬きをした。


「なんだ、その詠唱は」


 声が聞こえた。

 呆れ、そして怒りを孕んだ声が、後ろから。


 瞬時に振り向こうとして、視界が天井を視ている事に気づいた。


「お前がその鈍間な詠唱をしている間、魔物が待ってくれるとでも思っているのか?」


 地面に背中から倒れ、瞬時に刃を潰した剣が掬い上げるように襲ってくる。

 両腕をクロスしてガード──は虚しく吹き飛ばされた。

 訓練場をゴロゴロと転がる。対した傷は無い。でも、彼から掛けられる言葉がヨミの心に深く突き刺さっていた。


「お前は一人で討伐依頼に行っていたな。

 良いことを教えてやろう。ハンターは基本最低2人のパーティーで行動するのが基本だ」


「ぐっ!」


「誰かが居れば、欠点や隙を補い合い戦える」


「かはっ!」


「当たり前の事だ」


 立ち上がって見渡しても彼が居ない。

 声のする方向を向けば、逆から攻撃が来る。


「時間のかかる魔法など、最初から戦闘の選択肢に入れるな」


「はぁ、はぁ……ぐっ……!」


 気づけば、二人の位置は最初のポジションに戻っていた。

 ジェイドが剣を片手に歩いてくる。

 今は見える。黒鬼の脚なら、きっと一撃入れられる。


(どうする、あれを使うか? 無理だ、あれを使ったら──)


「言っただろう」


 まただ。

 また、見える。


 怒りが滲むジェイドの後ろに、赤い鬼の化け物が見える。


「あ、あ、あ……」


 気づけばヨミは膝を付いていた。

 目には涙が浮かび、そこにあるのは彼に対する純粋な恐怖だけ。


「言っただろう。そんなもの、選択肢に入れるなと──!」


 パタン


 その音が何度鳴ったかは定かではない。

 ただ、事実として、ジェイドの気迫でヨミが気絶したという事はハッキリしている。


「もう~ジェイドったら~。ヨミちゃん気絶しちゃったじゃないの」


「どうやら、そのようだな。

 俺はただ危なっかしい新人に注意をしていただけなんだがな」


「あらら~。そんな事言ってると、カエデに告げ口しちゃおーっと」


「やめろ」





 Aランクハンター【豪鬼】ジェイドとの決闘での敗北。

 これは、ヨミの人生における一つ大きな出来事だった。

 彼女が自分の無謀や無知を知り、いかに己が『井の中の蛙』だったかを痛感し、改めてハンターとしてやっていこうと決意した日であったのだ。









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