井の中の蛙 四
「フゴオオオォォォォ!!!!」
濁った緑色の脂肪の塊──オークが咆哮を上げ混紡を下から掬うように打ち上げた。
それを膝をつきながら見上げていた私は、慌てて腕をクロスし防御を──
「ぐっ──!」
想像以上の力に吹き飛ばされる。
でも、距離を取れたから結果的によかったのかもしれない。
「フゴッ」「ゴッ」「ゴオオオオオ!!!」「ゴッゴッゴッ!ゴッ?」
「クソ……戦うしかない……!」
震える脚と痛む腕を引きずって、私を囲むオーク共を睨む。
「もう、貞操の心配とかしてる場合じゃ──いや、オークだからやっぱあれかな? まあいいや……
命あってこその人生。奥の手を使って、お前ら全員ぶっ倒す! 『妖力解放!』」
◇ ◇ ◇ ◇
「う……ぁ……」
「起きたか」
痛い、身体中が痛い……。右目が開けられない……。
「動くな、お前は絶対安静だ」
薄い、ぼんやりとした視界には、肌色のスキンヘッドが見える。
「あら、まだ2日よ? もう回復したの」
「どこが回復しているんだ、ツクモ」
「黒鬼を甘く見ない方がいいわよ? ジェイド
この子が目覚めた瞬間、かなりの妖力が持ってかれたわ。一日休んだらもう元通りよ」
「はぁ……鬼というのは、つくづく……」
頭の上からは女の人の声が聞こえる。どことなく、色気を孕んだ声だ。
「流石に普通の黒鬼とは違うわよ~っ。この子は異常ね」
そして、衣擦れ音と共に、甘い香りが近づいてきて──
「──ねえ、可愛い可愛い子猫ちゃん
えっちしましょ?」
妖しい声音で、そう言った。
◇ ◇ ◇ ◇
森の中を歩く五人の集団。
彼らの眼前には三匹のオークがいた。
「ふおおおお!!! 見てくださいあれオークですよオーク! ○○コめっちゃデカイです!」
動きやすい軽装に身を包んだ金髪ショートカットの少女が興奮した声音でそう叫ぶ。
「おい、真っ昼間から何言ってやがる」
同じく軽装を装備し、己よりも大きい大剣を背に背負った青髪の少年がそう突っ込んだ。
「た、確かに大きいですわね……。でも流石に大きすぎでは……? 私としてはレイ様くらいのサイズが理想なのですけれども……」
ゆったりとしたローブを着た桜色の少女がそう呟く。
「乗るな! つうかなんで俺のサイズ知ってやがる!!」
「えー? 昨日皆で見たからに決まってるじゃないですかー!」
「はああああ!!?」
「ねえ……敵来てるよ? いつまで○○コの話してんの?」
「お前も見たのか!? 寝てる間に!」
薄目を開けあくびをしている黒髪の少女が、迫る三匹のオークを指差す。
「えーっと、あれ倒しちゃうね」
言うが早いか、中性的な少女とも少年とも見える銀髪で白いローブの少女が、その手に持った背丈程の長さの杖を構える。
「『大地よ』」
少女がそう唱えると、汗をまき散らしながら走るオークたちを迎え撃つように、地面が鋭く斜めに隆起する。
咄嗟の出来事に走っていたオークたちはそれを避けることもなく、地から出た槍に突き刺ささった。
「おっナイスです!
そうだ! 切り取ってレイさんのと並べてみましょうよ!」
「何をだ! つうか俺のも切り取る気か!?」
「バレてしまいましたか……」
彼らは魔物溢れる森をまるで危機感無く歩いていた。
「お前ら、危機感持てよ! 今もオークが襲ってきただろうが!」
「えー。だってここら辺の魔物は弱すぎるんですもん」
「どんなイレギュラーが発生するか分かんねえだろうが!!」
「はぁ……レイさんはそんな事気にしてるんですか?
もしかしたらドラゴンが襲ってくるかもしれない、もしかしたら魔王が目の前に降臨するかもしれない、もしかしたら今日で世界が滅ぶかもしれない。
──もしかしたらを気にしてたらきりがないんですよ。何事も適当がいいんです。まあ? ドラゴンも魔王も、ましてや世界の終わりも、私たち“勇者パーティー”にかかれば、依頼料1000金貨で解決しますけどねっ!」
彼らの旅には今日も、楽しげな声が絶えない。