井の中の蛙 三
へ?
え?
今、私のことを黒鬼って言ったのか……?
「え……なん、で?」
私は偽りの首飾りでツノを隠しているのに、隠せば外見は人間と同じなのに、なんで黒鬼だって──
「その首飾りが手品の仕掛けだな。
だがな、魔力を込めるにしても練度が足りん。余計な魔力が出ている」
偽りの首飾りは、対象にした部位の外見を変える。
例えば腕を巨大化したり、無くしてみたり。
でもそれは、そう見えてるだけであって、実体は変わらない。偽り不可視化したツノも、見えないだけでそこに在るのは変わらない。
きっと風とかに靡いた私の髪が変だったのだろう。ていうか、それなら黒鬼だってことを隠せないじゃないか……。
「隠しているつもりだろうが、分かる奴は分かる。
例えばハンターは魔物との戦闘が本業だからな、そういうのには敏感だ」
「そうなんですか……」
「魔力制御は鍛えておいて損はない。そんなに魔力が有り余ってるなら、鍛えて活用するべきだ」
そう言って、ヤクザさんは行ってしまった。
「どうしよう……」
ハンターには偽りの首飾りが通じない。
どうする? いっそ開き直って私は黒鬼だ! て感じで突撃するか? いやそれだとまずい気がする。なんか男に囲まれて薄い本的な展開になりそうな予感がする!
結局、私が宿を出たのは昼過ぎになってからだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ここ、か」
目の前には二階建ての木造建築の建物。
二つある入り口の上には硬貨にナイフが突き刺っている看板がある。ハンターのマークみたいなものだろうか?
「や、やばい。今になって緊張してきた」
時刻は昼過ぎ。
建物の中からはガヤガヤと男たちの声が響いている。そして黒鬼の聴力はその内容を教えてくれる。
やれ今日はあいつをぶん殴っただの、オークを一刀両断しただの、あの子が可愛いだの。
まさに私が思い浮かべていた荒くれ者というイメージピッタリだ。
きっと今私が行けば、テンプレ的に絡まれて、そいつを吹っ飛ばして、ギルド長的な人から「お前はAランクからだ!」みたいな事を言われるのだろう。
「嫌すぎる、男とは関わりたくない」
どうせ集落の男共と同じで体目当てに襲ってくるに違いない。
だが、金だっていつか無くなる。
この世界を旅するため、強いては明日の宿代を稼ぐために、私はハンターにならなければいけない。
「よし、首飾りはそのままで威圧しながら入ろう」
テンプレ主人公は、強そうな見た目じゃないから絡まれるのだ。
私は一見ただの女だが、あのヤクザの人が言っていた通りハンターなら私から出ている黒鬼オーラを感じて絡んでこないだろう。きっと。
私は頑張って周囲を頑張って威圧しながら、ハンターギルド(仮)へ入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日の朝。私はハンターギルドへ来ていた。
「ゴブリンの駆除、指定数は無し。討伐確認部位は角と。これにしようかな」
ゴブリンと言えば雑魚中の雑魚だ。
私の住んでいた森には居なかったので戦った事は無いが、難易度がEランクって事ははやり雑魚なのだろう。
という訳で私は貼り紙を受け付けに持って行く。
「これを受けたいんですが」
「は、はははははいっ! ゴゴブリンの駆除ですね! 了解しました!」
この人は……ああ、昨日威圧しながら入った時に私の受付をしてくれた人か。
「あの、昨日はごめんなさい。ちょっと苛立っていたもので」
「そ、そそそうなんですね! では、いってらっしゃいませっ! ゴブリンは集団で行動するので囲まれないように気をつけてくださいっ」
ありがとう。そしてごめんなさい。
◇ ◇ ◇ ◇
昨日、初めてハンターギルドへ入った時。
まず私は入った瞬間から全員の視線を受けていた。
もしや集団で襲ってくるのかと、威圧を二段階上げた。
その状態で受付に行き、色々な説明を受けた。
ハンターにはSからEまでのランクがあり、Sは国が認めた者でないとなれない。
依頼はよくあるクエストボード的な所から持ってきて受付で受ける。
討伐依頼なら書いてある討伐確認部位を剥ぎ取ってこないと報酬は得られない等。
まあ、よくある設定なのではないだろうか。
そして今、私はゴブリンと言う魔物を討伐しに来ている。
「ふっ!」
「グギァ!!」
「はっ!」
「ゴブゥ!?」
「ふぅ……ゴブリンってこんなに多いのか」
始めは三匹のゴブリンと戦っていたのだが、いつの間にかそれが五匹、十匹と増えていき、今はもうそこら中に緑の体がごろごろと転がっている。
「一体何匹いるんだ? この全部に止めを刺して剥ぎ取りって……面倒くさ……」
基本的には蹴り一つでゴブリンは気絶した。
子供サイズの人型を蹴るのは少し罪悪感を感じたが、今更そんなこと気にしても意味はない。
というよりも、ゴブリンは角が生えているため、同族と戦っているのではという心配の方が大きかった。
「まあ、集落でも襲ってきた変態をぶん殴ってたらから、こっちも今更か」
ゴブリン一体一体にトドメを刺し、生えている角を剥ぎ取る。
ゴブリンの角は体表と同じく濁った緑色で、数は必ず一本だ。
なけなしの金で買ったナイフで角を切る。以外と柔らかい。
私のツノは物凄く硬いのだが、やっぱりそれは黒鬼だからだろうか。寝ぼけて壁にぶつかってそのまま刺さる事がよくあったが、ゴブリンの角はそのまま折れてしまいそうだ。
「終わったぁ……」
全ての角を取り終わり、木にもたれかかるように座る。
ここはあの街に近い森で、ハンターの主な活動場所だ。
「結構疲れたな。今日はもう帰──」
「グギ、グギッグギッギッ!!」
「うそだぁ……」
ゴブリン、追加。
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ……はぁ……。多すぎるだろぉ!」
襲いかかるゴブリンを避け、奪い取った棍棒でぶん殴る。
真っ赤な華を咲かせて散るゴブリンをよそに、また一匹二匹と飛びかかってくるゴブリンたち。
「くそっ……ぜったい、おかしいだろ!」
どこからともなく現れるゴブリンに囲まれている私は、もう何時間戦ってるか分からない。
「『炎よ・このゴブリン共を焼き付く──』」
「ギャッ! ギャッ!」
「ああああもう! 調子に乗るなよ雑魚がぁぁぁぁ!!!!」
地面を思いっきり殴って、割と広範囲を陥没させる。
痛いけど、これで動きは止められた筈だ。
「いいか!? 私が本気を出せばお前らなんて一瞬なんだからな!?」
殴って殴って、蹴って蹴って。
視界に映る緑色を全て赤に変えた所で、私は尻餅をついた。
「もう……無理。一ミリも動けない……」
そのまま大の字になって空を見上げていると、不意に光が遮られた。
「!!」
慌てて転がる。
その瞬間、私がいた所の丁度頭の部分に、大きな棍棒が降ってきた。
「フゴッ、フゴ……、フゴッ?」
「ギエェェ! ギジジジァーー!!!」
額に生えた短い2本の角に、デプンと太った体。
私の見立てが間違いなければ、あればオーク。
そしてその肩に乗っているのは、通常のゴブリンよりも角が長く、ぼろ布を着たゴブリン。
「ギッシァァァァ!!!!」
ゴブリンが声を上げると、遠くからドスンドスンと何かが走ってくる音が聞こえる。
それは目の前にいるオークのようにフゴフゴ鳴いていて、つまり──
「今度は、オークだと……?」
もう、ゴブリンの相手で体力が限界なのに……。
「ギャッギャッギャッギャッ!!!」
オークの背に乗ったゴブリンが、私を嘲うように笑った。