表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

井の中の蛙 二

 とある街。

 門を抜けた先には、街道の端で屋台を開く者。今晩のおかずを考える主婦。巡回する兵士。武装したハンター。馬車を引く商人。

 そして、魔道具で角を隠した黒鬼。

 もちろん傍目には彼女が黒鬼とは分からないだろう。

 彼女の事を一般人が見れば、まずはその黒髪に目がいく筈だ。


 夜を具現化したような黒髪は腰の辺りまで伸ばされており、彼女の一挙一動でゆらゆらと揺れている。

 髪と同色の黒目は一切の穢れが見えず、まるでこの世の不条理を知らぬ赤子のよう。

 スタイルは極めて整っており、出るところは出て、引っ込む所は引っ込んでいる。

 

 肌には痣や傷が一切無く、本当に森暮らしをしていたのかと問わざる終えない。


 要約すると黒髪ロングの巨乳美少女だ。


「いやー嬢ちゃんのおかげで安全な旅が出来たよ。これはほんの気持ちさ」


「え! いいんですか!? ありがとうございます!!」


 そんな彼女は今、日頃言い寄ってくる男を退ける為にキツくして、今ではそれがデフォになってしまっている瞳を大きく開き、満面の笑顔を浮かべていた。


「はっはっは! そんなに喜ばれちゃもうちょっとおまけしたくなっちゃうなー!」


 ドン! と商人が彼女に持たせた紙袋に三つ、真っ赤な果実を上乗せする。


「お、おぉお! ちょ、落ちちゃいますって!」


 紙袋には元々溢れんばかりの果実が入っていた。そこにさらに三つ果実を乗せたのだ。どうなるかは必然だろう。


「あ、あわ、あわわ、あわわわわ!!!」


 バランスを保つ為に、前に後ろに動く。

 そうなれば昼真っ盛りの街道で目立つのは必然であり、誤って巡回中の兵士にぶつかってしまうのもまた、必然であった。


「ダメダメダメダメーー!!」



  ◇  ◇  ◇  ◇



 何も無かった。

 何にも無かった。

 あの村には何も無かった。


 物資は物々交換だったから店が無くて、人なんか殆ど来ないから宿屋も無かった。

 魔物の大群が襲ってきて絶体絶命のピンチになる事件も、ギルド的な場所に入って強面のおじさんに絡まれるイベントも、ヒロインとなるような少女との出会いも。

 なーんにも無かった。


 だから私は早々に村を出る事にした。

 幸い、隣国のナントカ王国からの商人さんがいたから、護衛するって言って馬車に乗せてもらった。

 なんたって私はチート種族の黒鬼だ。体質考えなければかなりのスペックを持ってる。


 そして、馬車に揺られて三日。

 私は大きな街に着いた。




 私の腕の中から赤が落ち、ゴロゴロと楽しそうに踊る。

 ソレは往来する人々の隙間に行ったり、不運にも潰されて真っ赤な花を咲かせたりする。


 ……商人さんから貰った果実が落ちました。


「あ、あぁ……」


「あー……お、俺はそろそろ行かなきゃなんでな。次は客として会おうなー」


「ちょ!? 片づけるの手伝って下さいよ!」


 「じゃあなー」と、馬車を引き商人さん……いや商人が人混みに消えていく。


 ……こ、この量を集めるのか……。

 しかも潰れてるのもあるし……あの商人、次会ったらぶん殴ってやる!


「うぅぅ。これ以上目立ったらヤだし、早く片付けよう……」



  ◇  ◇  ◇  ◇



「よし。これで落ちたのは全部か」


 貰った時はパンパンだった紙袋は今、丁度良い量になっていた。


「後は潰れたやつの掃除……」


 でも掃除用具なんて持ってないし、どうしようかな──


「おい」


 なんて思ってたら、後ろから声をかけられた。

 男の人の声だ。低くて、結構年齢がありそうな。


「は、はい……」


 もしかしたら偉い人が怒りに来たのかもしれない。

 そんな考えで、物凄く反省してそうな表情で振り返る。


「これはお前のだろう」


 そこには、名前すら覚えていない真っ赤な果実を一つ持った──


(ヤクザっ!?)


 ヤクザがいた。


 まず、髪はスキンヘッド。

 左の頬には一文字の切り傷。

 服装はこの街の人が結構着ている何かの布製。それで皮の胸当てとか色々付けてる。

 腰には年季が入った一本の剣が下げてあって、まさに歴戦の戦士的なオーラを感じる。 


 そこに葉巻を咥えている姿は、まさに武装したヤクザ。


「あ、あ、ありがとうございます……」


「災難だったな。潰れたのは兵士が片づけるだろう」


「そ、そうなんですか。あははー」


「この街の住民でないなら、南区の宿屋を借りることだな」


「わ、分かりました!」


 ビシッ! と敬礼をして、私は南区へ走った。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 チュン チュン チュン


「ん……んんー……」


 チュン チュン チュン チュン


「んん……後五分……」


 チュンチュンチュンチュンチュン


「ああもううるさい!」


 バッ! と跳ね起きると、窓の外にいた鳥たちが羽ばたく音が聞こえた。


「せっかく気持ちよく寝てたのに……」


 渋々ベッドから出て水の魔法で顔を洗う。


「『水よ・えー……・いい感じの球体になれぇー』」


 出した水球に顔を突っ込むと、頭も冴えてきた。


 ここは宿屋。

 昨日は、ヤクザの人から教えてもらった南区行って宿を探したんだっけ。

 それでどこも空いてなくて、結構遅くなってからやっと一室だけ空いてる所を見つけたと。


「旅の疲れもあってか、すぐ寝ちゃったな」


 今日はハンターになろう。

 お金は、護衛中に倒した魔物の素材を商人が買い取ってくれたからあるし。


「待っていろ、私のハンターライフ!」


 私は意気揚々と部屋を飛び出し──


「痛っ。す、すいま──え?」


「こっちこそすまんな。怪我してないか? ん?」


 意気揚々と部屋を飛び出し、扉を開けた先で誰かにぶつかった。


「お前は昨日の黒鬼か」


 何故かそこには、昨日のヤクザの人がいた。


 ──え?


 今、黒鬼って言った……?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ