井の中の蛙 二
とある街。
門を抜けた先には、街道の端で屋台を開く者。今晩のおかずを考える主婦。巡回する兵士。武装したハンター。馬車を引く商人。
そして、魔道具で角を隠した黒鬼。
もちろん傍目には彼女が黒鬼とは分からないだろう。
彼女の事を一般人が見れば、まずはその黒髪に目がいく筈だ。
夜を具現化したような黒髪は腰の辺りまで伸ばされており、彼女の一挙一動でゆらゆらと揺れている。
髪と同色の黒目は一切の穢れが見えず、まるでこの世の不条理を知らぬ赤子のよう。
スタイルは極めて整っており、出るところは出て、引っ込む所は引っ込んでいる。
肌には痣や傷が一切無く、本当に森暮らしをしていたのかと問わざる終えない。
要約すると黒髪ロングの巨乳美少女だ。
「いやー嬢ちゃんのおかげで安全な旅が出来たよ。これはほんの気持ちさ」
「え! いいんですか!? ありがとうございます!!」
そんな彼女は今、日頃言い寄ってくる男を退ける為にキツくして、今ではそれがデフォになってしまっている瞳を大きく開き、満面の笑顔を浮かべていた。
「はっはっは! そんなに喜ばれちゃもうちょっとおまけしたくなっちゃうなー!」
ドン! と商人が彼女に持たせた紙袋に三つ、真っ赤な果実を上乗せする。
「お、おぉお! ちょ、落ちちゃいますって!」
紙袋には元々溢れんばかりの果実が入っていた。そこにさらに三つ果実を乗せたのだ。どうなるかは必然だろう。
「あ、あわ、あわわ、あわわわわ!!!」
バランスを保つ為に、前に後ろに動く。
そうなれば昼真っ盛りの街道で目立つのは必然であり、誤って巡回中の兵士にぶつかってしまうのもまた、必然であった。
「ダメダメダメダメーー!!」
◇ ◇ ◇ ◇
何も無かった。
何にも無かった。
あの村には何も無かった。
物資は物々交換だったから店が無くて、人なんか殆ど来ないから宿屋も無かった。
魔物の大群が襲ってきて絶体絶命のピンチになる事件も、ギルド的な場所に入って強面のおじさんに絡まれるイベントも、ヒロインとなるような少女との出会いも。
なーんにも無かった。
だから私は早々に村を出る事にした。
幸い、隣国のナントカ王国からの商人さんがいたから、護衛するって言って馬車に乗せてもらった。
なんたって私はチート種族の黒鬼だ。体質考えなければかなりのスペックを持ってる。
そして、馬車に揺られて三日。
私は大きな街に着いた。
私の腕の中から赤が落ち、ゴロゴロと楽しそうに踊る。
ソレは往来する人々の隙間に行ったり、不運にも潰されて真っ赤な花を咲かせたりする。
……商人さんから貰った果実が落ちました。
「あ、あぁ……」
「あー……お、俺はそろそろ行かなきゃなんでな。次は客として会おうなー」
「ちょ!? 片づけるの手伝って下さいよ!」
「じゃあなー」と、馬車を引き商人さん……いや商人が人混みに消えていく。
……こ、この量を集めるのか……。
しかも潰れてるのもあるし……あの商人、次会ったらぶん殴ってやる!
「うぅぅ。これ以上目立ったらヤだし、早く片付けよう……」
◇ ◇ ◇ ◇
「よし。これで落ちたのは全部か」
貰った時はパンパンだった紙袋は今、丁度良い量になっていた。
「後は潰れたやつの掃除……」
でも掃除用具なんて持ってないし、どうしようかな──
「おい」
なんて思ってたら、後ろから声をかけられた。
男の人の声だ。低くて、結構年齢がありそうな。
「は、はい……」
もしかしたら偉い人が怒りに来たのかもしれない。
そんな考えで、物凄く反省してそうな表情で振り返る。
「これはお前のだろう」
そこには、名前すら覚えていない真っ赤な果実を一つ持った──
(ヤクザっ!?)
ヤクザがいた。
まず、髪はスキンヘッド。
左の頬には一文字の切り傷。
服装はこの街の人が結構着ている何かの布製。それで皮の胸当てとか色々付けてる。
腰には年季が入った一本の剣が下げてあって、まさに歴戦の戦士的なオーラを感じる。
そこに葉巻を咥えている姿は、まさに武装したヤクザ。
「あ、あ、ありがとうございます……」
「災難だったな。潰れたのは兵士が片づけるだろう」
「そ、そうなんですか。あははー」
「この街の住民でないなら、南区の宿屋を借りることだな」
「わ、分かりました!」
ビシッ! と敬礼をして、私は南区へ走った。
◇ ◇ ◇ ◇
チュン チュン チュン
「ん……んんー……」
チュン チュン チュン チュン
「んん……後五分……」
チュンチュンチュンチュンチュン
「ああもううるさい!」
バッ! と跳ね起きると、窓の外にいた鳥たちが羽ばたく音が聞こえた。
「せっかく気持ちよく寝てたのに……」
渋々ベッドから出て水の魔法で顔を洗う。
「『水よ・えー……・いい感じの球体になれぇー』」
出した水球に顔を突っ込むと、頭も冴えてきた。
ここは宿屋。
昨日は、ヤクザの人から教えてもらった南区行って宿を探したんだっけ。
それでどこも空いてなくて、結構遅くなってからやっと一室だけ空いてる所を見つけたと。
「旅の疲れもあってか、すぐ寝ちゃったな」
今日はハンターになろう。
お金は、護衛中に倒した魔物の素材を商人が買い取ってくれたからあるし。
「待っていろ、私のハンターライフ!」
私は意気揚々と部屋を飛び出し──
「痛っ。す、すいま──え?」
「こっちこそすまんな。怪我してないか? ん?」
意気揚々と部屋を飛び出し、扉を開けた先で誰かにぶつかった。
「お前は昨日の黒鬼か」
何故かそこには、昨日のヤクザの人がいた。
──え?
今、黒鬼って言った……?