王都鬼襲 四
「商人さーん、私ですー。居ますかー?」
翌日、私はまた商人さんの店に来ていた。
何やら入学試験を受けるにあたって渡す物があるらしい。
商人さんの店の中は全体的に薄暗い。
スラムの近くともあって、お客さんが来てるのか心配になる。
「はいはーい。居ますよ」
カウンターの向こうの扉が開き、黒い外套で姿を隠した小柄な影──商人さんが現れた。
「それで、渡す物ってなんなんですか?」
明日の入学試験が有利になるような物だろうか。
「そうですね。まずはこれを付けて下さい」
そう言って商人さんが渡してきたのは、なんの変哲も無い黒い腕輪だ。
私はそれに右腕を通す。
「これがどうかしました? ──うわっ!」
何も起こらないじゃないか。と思った瞬間、腕輪が大きさを縮め、私の手首にピッタリなサイズになった。
「はい、次はこれです」
次に商人さんが出したのは、何とも禍々しい赤黒い宝石が付いたネックレスだ。
「……掛けろと」
「はい」
私はそれを渋々掛ける。
(絶対呪いのアイテムだ)
「はい、掛けましたよ。それで、こいつらの効果は何なんですか?」
「ふっふっふー。
最初にヨミちゃんに渡した腕輪は、装着者の身体能力を著しく低下させる効果と、魔力の使用を制限させる効果があります」
どうやら本当に呪いの道具だったらしい。
「そして次のネックレスは、ヨミちゃんが契約してる精霊の気配を隠す効果があります。
──そしてどちらも、学園の検査に引っかからないように改造を施してあるのです!」
商人さんがドヤ顔をしている。
いや、顔は見えないけど、きっと外套の下はドヤ顔の筈だ。
「……凄い道具なのは分かりましたけど、態々隠す必要があるんですか?」
この道具はつまり、魔力や身体能力、精霊の気配を隠して入学しろって事なんだろう。
でも、勇者に近づくなら自分の強さをアピールして目立った方が良いと思うのだが。
「ヨミちゃんは自分の異常性が分かってないですねー。
黒鬼の中でもヨミちゃんは突然変異ってレベルに強いんですよ。それに精霊と契約してる鬼なんて居たら、色々面倒なものが近づいてくるんですよ」
突然変異って……。
確かに集落の中では強かったけど、その後ゴブリンに殺されそうになったり人間である師匠に負けたりして、つい最近も死にそうになったし……。
「そうなんですか? ハンターしてる時とか、普通に陽魔法使ってましたよ」
たまにだが他のハンターと組む事もあった。
その時普通に水出して火出して氷出してと、色々やっていた。
「考えすぎですよ商人さん。確かに珍しいですけど──」
「豪鬼ジェイドに来る貴族商人ハンター等々の誘いは、最近急激に増加していたらしいですよ」
…………まじか。
「と言うことで、ヨミちゃんには諸々の実力を隠して学園に入学してもらいます。目立つという事はプラスが付くと同時にマイナスも生まれる行為です。出来るだけ目立たないようにしてください。
ヨミちゃんなら低下した身体能力と魔力でも試験は合格出来ると思うので」
「……まあ、大体把握しました。私は超弱体化して入学試験に望むという事ですね。角はもちろん隠しますよね?」
「はい、そういうことになります。ああそれと、この眼鏡も掛けておいて下さい」
渡されたのは、黒い眼鏡だ。
一見普通の眼鏡に見える。
「これはなんの効果があるんですか?」
「効果は無いですよ。ただのイメージチェンジです」
本当にただの眼鏡だったみたいだ。
……似合うかなぁ?
◇ ◇ ◇ ◇
「これより第二試験を始める!
第二試験は学園の教員相手による実戦だ。本気で来い!」
私たちが連れてこられたのはどこぞのコロッセオのような場所だ。
円形で、中心に戦闘が出来るように作られたスペースがあり、それを囲むように少し高い所に大量の座席が階段状に用意されている。
それが二つ並んでいて、受験生は二組に別れて実戦訓練を行う事になっている。
その中心に、筋肉ダルマ──いや、筋骨隆々な男性が居た。
「まずはNo.401から500まで準備しろ! 来い!」
◇ ◇ ◇ ◇
「うわ……すご」
私は小さく呟いた。
601番である私はまだまだ呼ばれないので椅子に座り筋肉と受験生の試合を眺めていたのだが──
「『風よ・我が意に従い・──』」
「遅いわァ!!」
「ぐああああああ!!!」
「次!」
まさに無双。
斬りかかってくる生徒や魔法を使ってくる生徒を千切っては投げ千切っては投げ。
一試合の平均時間は恐らく10秒程。何人か良い勝負をする人も居たが、やはり速攻で結界の外に投げ出されていた。
かなり待たされるかと思ったけど、この調子じゃ早く順番が回ってきそうだ。
(結界……初めて見たけど、本当に怪我が無くなってる……)
結界とは、結界内で傷を負っても外に出れば結界に入る前の状態に戻るという不思議な物だ。
私はギルドで話だけは聞いていた。
とても貴重な魔道具で、それこそ王族が住むような場所にしかないと。
この闘技場にも結界があり、良く見ると薄い膜のような物が貼られているのが分かる。それの外に出ると負けになるようだ。
「次! 501から600、来い!!」
迫力あるなあ。まあ、師匠程じゃないけど。
◇ ◇ ◇ ◇
「何なんだあの人、強すぎるだろ……」「結構自信あったのに……」「勝てるわけねぇよぉ……」
「No.601から606まで、さあ来い!」
(間近で見ると本当にデカイなぁ……)
弱体化した初の戦闘が、こんな大物なんて聞いてないですよ商人さん。
『それとヨミちゃん』
『なんですか?』
『第二試験の方は教官との実戦なんですけど、そこは絶対勝って下さいね』
『……まぁ、勝てると思いますけど』
(きっとこの道がカグヤちゃんを見つける最短ルートなんだ。こんな所で躓く訳にはいかない)
「──身体強化」
ちょっと、目立っちゃうかな。
◇ ◇ ◇ ◇
まず、今の私は陽系魔法が使えない。
商人さんの魔道具で精霊適正を0に偽装したからだ。
そして身体能力、魔力も弱体化が掛かっている。
今の身体能力は恐らく歳相応の人間レベルまで落ちて、魔力に至ってはかなり少ないらしい。
私は、その少ない魔力しか使えない。
そんな状態であの筋肉ダルマと戦っても、結末は分かりきっている。
ならばどうするか。
(短期決戦しかないッ!)
身体能力を掛けて筋肉の元へ駆け出す。
魔力が少ないなら、無くなる前に倒せばいい!
「ふむ、良い出力だ。フンッ!」
迎え撃つように飛んできたのは鋭い右の拳。
それをギリギリで避けて、懐に潜り込む。
(結界内で負った傷は結界を出れば元通りになる。だから、全力で!)
私は筋肉のパンチで巻き起こった風圧を利用し、回し蹴りを放った。
狙いは右の腹。拳を放った今、最も無防備な場所──!
ズン──ッッ!!!
「……ふふ、良いぞ」
(マジか……)
蹴りは、筋肉の筋肉に止められていた。見ると、数センチは後ろに後退させたようだ。
「中々良かった……ぞッ!」
筋肉は私の脚を掴むと、回転しながら片腕で私をぶん投げた。
「ぐっ──!」
(まずい、このまま行くと結界の外に──!)
「あー、終わったな」
「あの蹴りは良かったんだけどなぁ……」
「でも確かあの子って、魔力測定Eじゃなかった? あんなもんでしょ」
飛んでいく景色の中、そんな声が聞こえた。
(瞬殺された癖に偉そうに──!!)
「──ぁぁぁぁあああああ!!!!」
ガガガガガガガガガ────!!!!!
「え、マジ……?」
「うわ、痛そぉ」
「あそこまでやる?」
「……私は、勝つ」
「良いぞ、その粋だ」
「──異世界の人間って、あんな事までするのか……」
視界の隅、驚愕の表情を浮かべる勇者たちの姿が見えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「──いったいなぁ……くそ……」
私は両腕を地面に突き立てて、無理矢理空中でブレーキを掛けた。
そのせいで今、手の指は悲惨な姿になっている。
血が流れるわ、爪は剥がれるわ、変な方向に曲がってるわと。
「さあ、どうする? お前の攻撃は俺には効かん。陽魔法でも使うか?」
身体強化を施した蹴りでは数センチ後退させるくらいしか出来なかった。
陽魔法は今は使えない。
使えたなら色々やりようはあったが──
「ふぅ……」
まだ全然溜まっていない。
そもそも、ただの人間が使ってはいけない力。
でも、他人が使う力を見分けられるなんて、それこそ師匠くらいなものだ。
使い切った歯磨き粉を強く絞って、ほんの少し捻り出す出すような行為だが──
(妖力、開放!)
あまり目立つなと言われた。だが、絶対に目立つなとは言われていない──!
「──速攻で終わらせる」
私は痛む指先を堪えつつ落ちていた眼鏡を掛け直し、体に魔力と妖力を巡らせた。
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