井の中の蛙 一
バサッバサッバサッ
森の中を進む。
この森は自然に溢れている。
澄んだ空気。綺麗な水。飛び回る鳥や駆ける動物。
そんな自然とともに、黒鬼は生活していた。
「あー、暑い……」
暑い。とにかく暑い……。
ちなみに装備は──
森を舐めるなと言われそうな普通の靴。
蚊に刺されたいのかと言われそうな半袖とショートパンツ。
掛け物と少しの食料、そして色々入ってるバッグ。
そんな軽装備で、私は集落を飛び出した。
そんな装備で大丈夫か? と聞かれればこう応えよう。
大丈夫だ、問題ない。と。
私は強い。
黒鬼の集落の中では勿論、集落周辺の森に住む魔物だって私には敵わない。
この世界の動物は大きく二つに別けられる。
ただの動物と、魔力を持った魔物。
魔物は全部が全部人を襲うとか限らないが、基本的に凶暴な性格だ。彼らは動物よりも能力が強く、時には魔法をも使ってくる。
そして外にはその魔物を討伐する事を生業としてる人たちがいるそうだ。
とある物知りから聞いた情報によるとその人たちはハンターと呼ばれているそうだ。
そう、そのハンターだ。
黒鬼の戦闘能力を使い、ハンターとして生きる。というのが私の外での未来図だ。
まずはどこかの町に行き、そこでハンターになる。
お金を稼いだら違う町へ行き、この世界を旅してみたい。
あんな別れになってしまったが、近々お母さんたちにはそう告げるつもりだった。
内緒で準備していた荷物があってよかった。
ぶっちゃけ外でもどうにかなるだろう。
「ん、あれは……」
ふと、視界の先数十メートル程の場所に、四肢に炎を纏った狼を発見した。
「おお、あれはおやつだな。ちょうど良い、食べれなかったお昼ご飯にしよう」
嬉々として、私はご飯に向かっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「お、おお……おおおお!!!」
歩くこと数時間。
教わった森の外へ出る方角が合っているのかどうか疑わしくなっていた頃、私は遂に、森を抜けた。
「は……はは、やったあああぁぁぁぁぁ!!!!」
森の外には平原があった。少し先には街道らしき物もある。
それに向かって全力疾走する。
数秒でそこへ着くと、やはりそれは道だった。
つまり、この道を辿っていけば人の営みがあるということで──
「待っていろ、私の冒険。私のハンター生活!」
それはもうご機嫌に、街道に沿って歩き始めた。
頭上からは既に夕日が降っていて、今日は野宿だろうがそれも苦にならない。
「野宿。いや野営! 良いじゃないか! 異世界らしい」
◇ ◇ ◇ ◇
道を歩く。
とても暑いが致し方なし。
喉が渇いたら魔法で水を出して飲めばいい。これは他の鬼には出来ない事だ。
そして太陽が真上に上った頃、小さな村に着いた。
村には木製の柵と門があり、二人の男が槍を持って門番をしていた。
「おっ君可愛いね~、旅人?」
「まあ、そんなところです」
一人は金髪のチャラチャラした男。もう一人は私をじっと見つめる黒髪の寡黙なおじさんだ。
「通ってもいいですか?」
「全然いいよ~? なーんも無い村だけどね。ああ~俺も都会に行きてーよ~」
嘆く門番を尻目に村に入る。
よし、ばれてない。
私が集落から持ってきた物の中に、『偽りの首飾り』という魔道具がある。
これはある人から買った魔道具で、効果は“魔力を流している間体の一部分を偽る事が出来る”というもの。
今私はこれを使い、額にある角を偽ったのだ。
鬼の角の長さや数は千差万別であり、私の角は一本だ。
一本の、10センチ程の黒い角が天を突き刺さんと言わんばかりに額から伸びている。
私は黒鬼だ。
“あの”黒鬼だ。
朝も昼も夜も所構わずヤりまくりな、黒鬼だ。
聞けば、娼婦として働いてる人もいるらしい。勿論私は違うし元は男だ。
男と交わるなんて、死んでもゴメンだ。
黒鬼だって事がばれると、そういう輩が絡んでくるのは目に見えている。
だから隠す。
私は強いし、性欲全開で絡んでくる奴になんて遅れを取らないと自覚している。……通常時であれば。
黒鬼は性に大らかなだけではなく、突如発情する事があるのだ。
それは私ですら例外ではない。
そんな時にもし複数の男に襲われたら──
私は純血のままでいたい。だから、黒鬼だという事を隠す。