鬼の休日 八
「──さて、覚醒者の説明も終わった事だし、本題に入るしましょうか」
「自分の口調が定まらないのも、覚醒者の特徴か?」
「……まあ、そんな所っスよ。
さて、豪鬼ジェイド。アンタの事も調べさせてもらった。
調べたところこの道十五年のベテランハンターで、一年前まではパーティを組んで活動していたとか。自身もAランクハンターで能力、経験共に問題無し。結構引く手数多なんじゃ?」
青年の言う事は最もだった。
Aランクハンターと言う“実績と宣伝能力”を欲しがる人間は沢山居る。
事実ジェイドを取り込もうとしてくるチーム、組織、貴族は秘密裏に彼に接触を図ってきていた。
「俺はまだ誰かに飼われる気はない」
だが、その全てを彼は送り返していた。
「だろうな。まあ、ここまではギルドに行けば楽に手に入る情報だ。なんの価値も無い」
「価値のある情報は手に入ったか?」
「ああ、丁度便利な奴が居てな。
──Cランクパーティ『鋼の縄』。アンタが以前居たパーティの名だ」
「…………」
「そしてこのパーティは既に無い。一年前に、アンタを残したメンバーの死という形で幕を下ろしている」
「……それも、少し調べれば分かる情報だ」
「そうだな。問題はここからだ」
──────────────────
「アンタは『鋼の縄』が壊滅した後、“ある女の子”を連れて歩くようになった」
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ……はぁ……。この、オーガの人形でしょ?」
やっと、取れた……。もう二度と輪投げなんてしない……。
「あ、ありがとう! ヨミお姉ちゃん!」
ああ、この笑顔が見れたからもうなんでもいいや。
「あのね、これ、ジェイドさんに似てるなって思って」
「師匠に?」
改めて人形を見る。
さっき適当にオーガくん人形なんて呼んだけど……。
「確かにちょっと似てるかも」
オーガくん人形は二等身のオーガの人形だ。
大きさはカグヤちゃんが両腕で抱き締められるくらい。人形にしては大きいサイズ。
魔物であるオーガを極力可愛く見せる為かクリクリお目々でちょこんとした牙と角。赤い体色と腰に布を巻いただけの姿で、どちらかというとゴブリンだけど、まあオーガだ。
「師匠が戦う時に見えるあのオーガがこれだったら……ぷぷっ」
あの師匠の形相で、後ろからこの人形が現れる光景……ちょっと面白い。
「これ、見せに行く?」
「うん!」
◇ ◇ ◇ ◇
「アンタは『鋼の縄』が壊滅した後、ある女の子を連れて歩くようになった。
名前はカグヤ。赤鬼の女の子で、元々は鋼の縄が保護していた子だそうで」
「ああ、そうだ」
「結論から言えば、アンタじゃなく、このカグヤちゃんが、覚醒者の卵──転生失敗体だな?」
「……そうだ」
「アンタはその眼でカグヤちゃんの異常さを知っていた。そして、いつ“呑まれる”か分からない状態の彼女を助ける為に俺たちに声を掛けた」
魔眼は謎に包まれた力だ。
先天的に所持している事もあれば、後天的に魔眼が発症する場合もある。
両親が魔眼持ち同士でも子が魔眼を持つとは限らず、血や境遇などは完全なランダム。
片目だけが魔眼の場合も、両目が魔眼も場合もある。魔眼の行使で瞳の色が変わったりするし、変わらなかったりもする。
しかし、全ての魔眼にはある共通点がある。
それは“魔眼の力は魔法での再現が不可能”という事。
どこに生まれるかも分からず、見た目の判断もつかない。
魔眼というのは、とても希少な力なのだ。
「そこまで分かっているなら、もういいだろう。覚醒者の卵でも、転生失敗体でも、呼び方は何でも良い。カグヤを助ける方法を、お前らは知っているのだろう?
見返りに俺の眼が必要なら、こんな物くれてやる。問題は、もう時間が無いという事だ」
「確かに、時は一刻を争いそうだ。さっきから、アンタの後ろに“鬼”が見える」
あの日ヨミが見たオーガのような化物。
豪鬼と呼ばれるようになった原因にして、全ての元凶。
「……ああ、コイツが、事の元凶でな」
筋骨隆々。凶悪な形相。赤い体表。二本の角。
それが、居る。今もジェイドの後ろに、銅像のようにじっと目を閉じて立っている。
「“アバター型”がここまでくっきり見えるのは相当ヤバイ証拠です。何でカグヤちゃんの鬼が貴方に移ってるのかはさて置いて、早急にカグヤちゃんを“家”に連れていきます。勿論貴方も」
「そこで治療が出来るなら」
「治療……まあ、荒療治ですけどね」
「治るなら何でも良い。連れとも連絡を取りたい今から──ぐっっ!!?」
「!? どうしました!」
不意に、ジェイドが蹲った。
胸を掻きむしるように何かに耐えている。
「ぐっ! ガァぁぁァ!!! 鬼の制御ガ……カグヤの身に、何か良くない事ガ起ギデ……」
「チィ! 先を越された! カグヤちゃんは今どこに!?」
「街デ、買い物をするド……。ヨミ……!」
「……変装してる場合じゃなくなったっスね」
不意に、青年の姿が“ブレ”た。
そして次の瞬間、青年の姿は金髪の少女のものとなっていた。
「やはリか……。だがせめて語尾は治スベキだ……」
「それは無理なんスよ。じゃ、アタシはカグヤの保護に向かいます。ジェイドさん、貴方には一足先に家に行っててもらいます」
二人は気づいていなかった。
それも仕方なかった。お互いに“まだ味方ではない”。集中は、目の前に注いでいた。
今の今まで一ミリたりとも動きを見せていなかった鬼が、真っ赤なその瞼を開けている事に、二人は気づかない。
──崩壊への予兆が、確かに現れていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「──あ、が……?」
何が、起きてる?
「お、お姉ちゃん!!」
熱い……これは、痛み?
「きゃああああ!!」「人が刺されてる!」「逃げろ、逃げろおおお!!!」
「目標の仲間と思われる人間を殺した。さっさと運べ」
「何を……ぐはっ」
今の今まで、気配を感じなかった。
いきなり現れて、私の腹を貫いた。
この黒い騎士は、一体どこから……!
漆黒の鎧を身に着けた大柄な人物が、その手に持ったハルバードの尖端で私の腹を貫いていた。
「お姉ちゃん! やだやだ! 大丈夫!? ねえ!」
(……まずい、出血が多い……。妖気も、無い)
「逃げて……」
さっきの言葉からして、狙いはカグヤちゃんだ。
こいつの仲間が来る前に、逃さないと……。
「やだぁ! 血が、血がぁ!!」
「──ヒュー……ヒュー……」
呼吸は最低限に。
片腕で治療魔法を使いつつ、こいつの相手をする。
何としてもカグヤちゃんが逃げる時間を、稼ぐ。
それが今出来る最大。
「ん? まだ死んでいなかったか。しぶといな」
──来た!
黒騎士が片手に持ったハルバードで、手負いの私に止めを刺そうとしてくる。
狙いは首。横からの薙ぎ払い。
避けてもカグヤちゃんには当たらない軌道!
(──舐めんな!)
「何?」
下に躱して、そのまま懐へ。
身体強化は乗ってない、ただの回し蹴り。でも──
「黒鬼だ、私は!」
「ぐぅぅ!?」
気を抜いていたのか、そのまま吹き飛んでいく黒騎士。
「ぐっ……」
(傷口が……)
今の内に、逃げ──
「はぁ? アンタ何やってんの。
吹き飛ばされて。ウケるー」
「新手……」
薄い布を纏った扇情的な格好をした、なんとなく砂漠とかに居そうな、踊り子のような女だ。
道の先で、カグヤちゃんが逃げれないように挟み撃ちのように立っている。
「……クソガキ」
ヤツが立ち上がってきた。予想以上に復帰が早い。
(ああ、死ぬかも)
カグヤちゃんは……。
「しなないでしなないでしなないでしなないでひとりにしないでやめていかないで──」
駄目だ、座り込んでる。
「……何が目的だ」
(──もう少しで、取り敢えず傷は塞がる)
それまでの時間を、稼がないと。
「黙れクソガキ。死ネ」
(早い!)
「くっ!!」
「ナニモノだ、キサマ」
振り下ろしのハルバードを右に避ける。
踊り子が居るから、反撃は──
「!?? ぐばっ!」
うし、ろ……?
「今度こそシネ」
後ろから殴られた? なんで? 後ろには何も……。
(……ああ)
ハルバードの切っ先が迫ってきている。
……こんなものか。
死と隣り合わせの世界でハンターなんかやって、それこそいつ死ぬか分からない生活だった。
死ぬのは、もう少し先だと思ってたな……。
まだ転生前の記憶だって曖昧で、自分が何者だったのか分からないのに。
まだ、沢山やりたい事あるのに。
こんな、訳の分からない奴らに襲われて、問答無用で。
(……お母さん、ごめんね。良い人、見つからなかったよ)
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「まだですよ。このイベントは貴女が死ぬイベントじゃない」
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「──カグヤちゃんの保護成功っス。それと、負傷者一名。流石に二人は運べないっスね」
「──集落から、ヨミ様がどうしようもない危機に晒されたら、介入してもよいと仰せつかっております」
「……誰?」
「おい! アンタがグズグズしてるから、“奇術師”が来ちまったじゃねえかよ!」
「……チッ」
「勇者も来るっスよ〜」
ピエロ……?
ピエロの仮面を付けた女の子が、カグヤちゃんを守るように踊り子と向かい合ってる。でも、この声……。
「退け、鳥風情が」
「黙れ虫けら。まずはその汚い得物から折ってやろうか?」
私の前には、青い翼を持った女の子が、黒騎士と対峙してた。
(何が、どうなって……)
まずい。意識が朦朧としてきた。
血が足りないんだ。
(そう言えば、さっきからずっと垂れ流しじゃん……)
何やってんだろ、私……。
大切な場面、なのに……カグヤちゃんを守らないと……。私の、妹……
「カグヤ……」