鬼の休日 七
「えい!」
くるくるくる、と。赤色の輪が宙を舞う。
それは真っ直ぐに対象へ飛んでいき、狙い通りの場所へ着地──しなかった。
力が強すぎたのか、対象を素通りして明後日の方向へ飛んでいってしまう。
私とカグヤちゃんは、ナリアの街で輪投げをしていた。
「うぅ〜難しい! お姉ちゃん、やって!」
「いいよ。おじさん、私も」
「へいよ!」と店番のおじさんから輪っかを投げられる。
それをキャッチして、水平に構えた輪を右手に持つ。
「頑張って!」
「任せて、こう言うのは得意なんだ」
いや、前世の記憶に輪投げが得意な記憶とかは無い。
だが、私は黒鬼。
赤鬼の腕力、青鬼の脚力、黄鬼の五感全てを取り揃えたまさしくチート種族。
輪投げなど、造作もない。
「はっ!」
「ほっ!」
「せいっ!」
…………………………………………
「嘘だ……こんなはず……」
──輪投げに、失敗した。
私が投げた輪はカグヤちゃん以上に見当違いの方向へ飛んでいった。
ならと力を弱めたら、今度は手前に落ちてしまう。
「何故だっ!」
あれか? まだ私は黒鬼の強すぎる力を制御しきれていないのか?
確かに細かい作業は今も昔も苦手だけど、輪投げくらいは……!
「輪投げって難しいんだね……。ほ、ほら! 今度はあっちに行ってみよう!」
痛い、心が痛い……。
カグヤちゃんの気遣いが心に染みる……。
でも。
「まだ終われない」
私は諦めない。
「ど、どうして?」
「カグヤちゃん、あれが欲しいんでしょ?」
さっき、執拗に狙っていた場所があった。
他の近い場所にある棒を狙えば成功したかもしれないのに、カグヤちゃんはそこだけを狙っていた。
投げる地点から一番遠い場所にあるあの棒。
景品は──
「あのオーガくん人形を取るまで、私は諦めない」
私は、財布の口を開いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あれ、待ち合わせ場所は温泉の中だったと思うんですが?」
「オンセンに入っていては、話に集中出来ないからな」
「うわー。完全に入るモードに入ってたのになー」
約束の日。
ジェイドは別館の温泉に続く扉の前で青年を待っていた。
「場所を変えるぞ」
「どこでもいいっスよ」
ジェイドはヨミと二人で使っている部屋に青年を連れてきた。
「じゃあ、早速本題に入りましょうか」
ピリ……と、空気が変わる。
目の前でただ座っているだけの青年から、途轍もない威圧感を感じる。
「覚醒者とはなんだ?」
覚醒者。
青年はあの日、自分や仲間の事をそう言った。
その答えが、ジェイドが求めているものかもしれない。
「──魂って、信じますか?」
唐突に青年が切り出した。
「魂は人間や動物に平等に宿っている。目には見えなくとも、魂は存在する」
「…………」
「じゃあ、死んだら魂はどこへ行く? 天国? 地獄?
──違う」
空気が、どんどん重くなっていく。
青年から感じる威圧感は次第に増して、最早常人には耐えられない域にまで達している。
「死した魂は、新しく生まれてくる魂に融合する。死は魂にもダメージを与える。傷を負った魂は自分が消えないようにと他の魂と混ざり合い、存在を継続させる。
これが、転生っていう現象の仕組みだ」
そこまで話すと、青年は一度水を飲んだ。
コップを取り、水を飲み、コップを置く。その動作一つ一つが、ジェイドにはとても長く感じた。
「もし、上手く融合出来なかった魂があったとしたら?」
「……何?」
「生まれてくる前の、真っ白で力が有り余った魂と、死して傷を負った魂。
この2つの力が拮抗して、上手く魂が混ざらなかったら」
「そんな事──」
「ある。
英雄とか、勇者とか、神獣とか。そんな“強い”魂の持ち主が死んだ時、上手く転生が起こらない場合がある。
もしそうなったら、生まれてくる子供はどんな状態になるんだろうな。
一つの器に、ニつの魂。一つは真っ白で、一つは“強く”生きた頃の記憶がある」
「それがお前たち、覚醒者の正体か」
「一つ、足りないな。俺たちは魂の記憶に呑まれず、“自分”を確立している。
自分が持つ“強い”魂の記憶や力に負けず、それを完全に克服した存在──それが俺ら、覚醒者だ」
◇ ◇ ◇ ◇
「これより、勇者召喚の儀を執り行う!」
薄暗い部屋の中、白い法衣を着た中年の男の声が響く。
部屋の中心には巨大な魔法陣が描かれており、その外周を覆うように顔を隠した数十名の魔術師が居た。
声に合わせるように、魔法陣へ魔術師たちが魔力を流す。
魔法陣は段々と光を纏う。
それに伴い、周囲の空間が歪み始めた。
「くふっ、くふふっ。これで邪魔な覚醒者共を潰せる……。ああ、楽しみだわ。ねえ?」
「…………」
それを遠巻きに見ているのは、綺羅びやかなドレスを着た金髪の少女と、赤髪の女剣士。
「偶には貴女も笑いなさいよ。今日が始まりなのよ? 私たちの野望を成就する為の第一歩を飾る記念日なのに、やっぱりしかめっ面なのね」
「……貴女こそ、少し冷静になれ。何が召喚されるか分からないんだぞ」
「どんな人間でも、異形でも、力を持っている事には変わりないわ。私はそれを──ん、来たわね」
魔法陣の光と空間の歪みがどんどん増していっていた。
そして、ビキビキと何かが軋むような音が響く。
瞬間、魔法陣が爆発的に光り──
「ようこそ、異界の勇者様方」
そこには、勇者たちが居た。