鬼の休日 四
オンセン街ナリア。その名前を、私は知っていた。
ここより北に、2つの街を超えた先にその街はあるという。
その街はその名の通りオンセンと呼ばれる施設を目玉としているらしい。
大きな浴槽に大量のお湯を入れ、大人数で入れるようにした風呂だそうだ。
数十年前に突如現れ、見る見る規模を拡大して、今では街の名前にもなっているらしい。
(オンセン……。つまり、温泉)
この街の存在を知った私は、私以外にも転生してきた人間が居る事を確信した。
いずれ会いに行こうとも思ってた。でも、ここの生活が楽しくて先延ばしにしてた。
この機に行ってみるのもいいかもしれない。
何より、皆で温泉なんて何時ぶりだろう。
掠れた前世の記憶でも、誰かと温泉なんてずっと行ってなかった気がする。
「私はいいよ。師匠は?」
「断る理由も無い」
「や、やったー! じゃあじゃあ、皆でオンセンに行きましょー!」
嬉しそうに飛び回るカグヤちゃんを見て、私はある事を思い出していた。
(……あ。私、女湯入っていいのかな……)
◇ ◇ ◇ ◇
「……まず、いっせーのせっ! で親指を上げて──」
「おい、そろそろ飯にするぞ」
師匠が御者の馬車に揺られ、カグヤちゃんにあのゲームを教えていた所、馬車が止まった。
私たちは師匠の馬車でナリアへ向かっていた。
私と師匠は一応依頼という形なのでいつものハンター装備。ツクモさんもいつもと同じような服で、カグヤちゃんだけ私服だ。
麦わら帽子に、白いワンピースを着ている。ひまわり畑にでも居たら絵になっていただろう。
この世界の気温は、私が経験した限り基本は暑いか普通かの2つしかない。
たまに涼しく、時には寒くなったりするが、それに規則性は無く、一日続く事もあれは数時間で元の気温に戻ったりもする。
ギルドに居た人が精霊ガーとか、地脈ガーとか言ってたけど、聞き流していたのでよく覚えていない。
「今の遊び、また教えてくださいね!」
「うん」
馬車の荷台から降りて、師匠たちの元へ向かう。
ご飯は私と師匠の担当だ。まあ、殆ど師匠がやっちゃって、私は補佐をするだけなんだけど。
「頼む」
鍋を設置していた師匠がそう言ってくる。
師匠は陽系魔法が使えないらしく、いつも私が火種を用意している。
鬼をも超えるパワーとか、魔力を視る瞳とかを持ってる師匠にも欠点はある。
それを補うのも、弟子の仕事だ。
世の中、恵まれてるだけの人は居ない。皆、何か欠点がある。きっとツクモさんや、カグヤちゃんにだって。
勿論、私にも最近発覚した欠点がある。
「──カグヤちゃん、ハンター生活は辛くない?」
「うわっ! い、いきなりなんですか!?」
「ふふふっ」
気配も無しに肩に手を添えられ、耳元で囁かれた。
こ、この人はいつも……!
「ねえ、良い人とかいないの?」
「良い人?」
「もう、好きな人よ。とぼけちゃって〜」
「私もその話聞きたいです!」
結果、師匠がご飯を作り終えるまで二人の事情聴取は続いた。
そんな人居ないと言っても信じてもらえず、「恥ずかしがらないでいいよの?」とか「どんな人がタイプですか!?」とか質問の猛襲を受けた。
……恋、なんて。
今の性別は女だけど、元は男だ。かと言って、女性を好きにはなれそうに無い。
男の人はどうかと言うと──やはり、どうもその気になれない。
どうせ私はお花畑種族黒鬼。ギルドで囁かれてる変な噂話も知ってるし、私と付き合う人は居ないだろう。
それに恋人が出来たとして、その人に秘密を話して拒絶されるかと思うと、恋人なんて必要ないと思ってしまう。
取りあえず、好みのタイプは誠実でしっかりしている人と答えておいた。
◇ ◇ ◇ ◇
私たちは2つの街を超えた。
その間にも色んな事があって、カグヤちゃんともっと仲良くなれた。
そして遂に、私たちはオンセン街ナリアへ到着した。
「わぁ……ここがナリアですか……」
カグヤちゃんが馬車の荷台から顔を出し、ナリアを見ている。
実は、ここからでも分かる。
黒鬼の嗅覚が、あの温泉独特の匂いを捉えている事が……!
「いっちょ拝みますか。やっと着いたナリアを──」
瞬間、私は停止した。
「お姉ちゃん、どうしたの? それより、珍しい建物がいっぱいあるね!」
言葉を失った私を気にする事無く、馬車は進む。
「う、嘘ぉ……」
流れるナリアの街並み。
それらはこの世界のものも混じっているが──
まるで、江戸時代のような建造物と元々のこの街の建造物が入り乱れたカオスな空間が広がっていた。
そして、その衝撃を吹き飛ばすように街の中央に聳え立つ建造物がある。
「ヨミちゃん、カグヤ。内緒にしてたけど、私たちはあそこに泊まるのよ。
宿屋、『大地の鼓動』。通称、魔石城」
「やど、や……?」
それはどう見てもお城だった。勿論西洋ではなく、日本の、名のある武将が居そうな、それはそれは立派なお城が建っていた。
この街に来て、僅か数分。
……もう、頭が痛いです。