鬼の休日 三
「やっぱり温泉は暖まるなぁ……」
露天風呂に浸かりながらそう呟く。
露天風呂とは湯に浸かっている部分と浸かっていない部分の温度差を楽しむものだ。
景色を見るのもいいが、雲が掛かっていたりするときもあるから期待はしないで入る。
まあ、今は綺麗な星空が見えてるんだけど。
「あ! お姉ちゃん、ここに居たんだ」
正面の扉がガラガラと開いて、カグヤちゃんが入ってきた。
ここは温泉。つまりみんな裸だ。でも、基本小さいタオルで前も隠してる人が殆ど、なんだけど。
(隠してない!? ちょ、ダメでしょ!)
謎の光や都合の良い湯気は無く、白くてすべすべな肌が丸見え。
こんな私でも、前世は男。この立場を利用して女性の裸を見るのはダメだと思って、人が居ない露天風呂に来たのに……
(男だったら、完全にアウトな構図……)
いやいや、前世の私はこんな小さい子で興奮するような変態──つまりロリコンだったのか?
否、断じて否。男だった頃の記憶なんて殆ど無いけれど、私は──俺はロリコンじゃない。
「うわぁ、大きい……」
カグヤちゃんが私の胸を見て、そう言う。
「そうかな? 大きくても邪魔なだけだよ。戦う時とか寝る時とか、邪魔で邪魔で……」
「そういう問題じゃないんだよ!」
ふにゅん
「ふわぁ!?」
「わあ、わぁ……! これが巨乳……! 凄い!」
むにゅん
「ちょっ……」
むにゅん
「こら……」
ふにゅん
「も、もう終わり!」
だ、ダメだ。これ以上は危険なゾーンに入る。
一心不乱に胸を揉んでいたカグヤちゃんから逃げるように、屋内温泉へ向かう。
「あ、あれは貧乳の敵、巨乳じゃないっスか! 敵将、討ち取ったりーっス!」
知らない女の子の声がして、またもや後ろから揉みしだかれる。
「おお、おお! これが全ての争いの元、私が消し去ってやるっス!」
「ひゃあああああ!!!」
◇ ◇ ◇ ◇
「ここがツクモさんのお家ですか?」
「ああ、そうだ」
師匠にカグヤちゃんにもう一度会いたいとゴネてたら、合わせてもらえるようになった。
カグヤちゃんはツクモさんと一緒に住んでるらしい。
「って、ここってお店じゃないですか!」
私の目の前には、どこか和風な“お店”がある。灯りが付いていない提灯はピンク色で、外見は江戸時代くらいにありそうなお屋敷と言った感じだ。
「え、ツクモさんって住み込みなんですか? もしかしてカグヤちゃんも働いてたり!?」
「安心しろ、それはない。ここは昼間は普通の宿屋なんだが、夜はそういうサービスもしてるって場所だ。
従業員は空いてる部屋に泊まって、昼は普通に働いてる。カグヤも働いてるのは昼だけだ。夜に働かせたら俺が許さん」
そう言って宿屋に入っていく師匠。
よ、よかった。あんな小さい子が水商売してるなんて事がなくて。
もしそうだったらショックで立ち直れなかったかもしれない。
「いらっしゃいませー!」
宿屋に入ると、元気な女の子の声が聞こえてくる。
「あ、ジェイドさん! それにヨミさんも!」
見れば、割烹着を着たカグヤちゃんが奥の方でテーブルを拭いていた所だった。
(広!?)
外見から予想はしてたが、物凄く広い。
和風な外見とは逆に、高級レストランのような内装だ。
「こんにちは、カグヤちゃん」
「ヨミがお前に会いたがっていたからな、連れてきた」
「私も会いたかったです! そろそろ休憩なので、少し待っていてください!」
「そうだな、待ってる間に何か頼むか?」
「奢りですよね? ありがとうございます師匠」
「……まあ、そうだが」
◇ ◇ ◇ ◇
「カグヤちゃんは何歳なの?」
「私は11です。ヨミさんは何歳なんですか?」
「16だよ。5つ上だね」
師匠が三人分の食事を頼んでくれたので、今は三人で丸いテーブルを囲んで食事を取っている。
「私、妹か弟が欲しかったんだ」
「私もお姉ちゃんが欲しかったんです!」
「じゃあ、カグヤちゃんは今日から私の妹ね?」
「はい、お姉ちゃん!」
ああ、癒やされる。
太陽のように笑うカグヤちゃんの周りには、心なしか黄色い花が咲いている幻影が見える。居るだけで周囲をほんわかさせる魅力が、この子にはある。
それに、髪の隙間からチラチラ見えるちっちゃい角がなんとも愛らしい。
笑う時に見える犬歯もチャームポイントの一つだ。今決めた。大きな赤い目もキラキラ輝いていて、全てが楽しそう。こんなんじゃ、こっちも楽しくなるに決まってる。
「わっ、どうしたんですか?」
「あ、ごめん。なんか撫でたくなっちゃって」
なんだろう、この、小さい犬を見ているような感覚は。
「あら、皆居たのね」
話していたら、声が聞こえた。
女性の声だ。どこか艶を帯びていて、普通の人には出せない妖艶さがある。
「つ、ツクモさん……」
「こんにちは、ヨミちゃん」
そこに居たのは、やはりツクモさん。
和服をはだけさせて肩と胸の上部を晒しているいるというスタイルは何時も通り。今日の服は黒い生地に赤い花が散りばめられているという物だった。
師匠とは腐れ縁らしい、夜の街一番の人気者
そしてゴブリンたちに襲われて重症だった私を襲った人だ。どうしてもその時の事を思い出してしまうため、この人は少し苦手だ。
いくら同族と言っても、私とツクモさんは180度性格が違うし……
「どうした、ツクモ」
「あら、用事が無くちゃ来ちゃいけないの? 酷い人ね」
「そんな事は言ってないだろう」
「あら、じゃあ暇になったらお邪魔しに行くわね」
「騒がしいから来るな」
「あら、ねえ聞いた? ジェイドがカグヤの事をうるさいって」
「え? そうだったんですか……?」
「違う! おいツクモ、余計な事を言うな!」
「ふふふっ」
この二人が話すと、いつもこんな感じだ。
テーブルにツクモさんが座って、椅子に空きが無くなる。
師匠、私、カグヤちゃん、ツクモさんの順で円になって座っている。
黒鬼二名に、赤鬼が一人。そして、豪鬼。
鬼が四人集まるというなんとも不思議な空間に、私はどこか心地良さを感じていた。
「そうそう、私とカグヤ、長期休暇を取ったのよ。それでどこかに旅行に行きたいって話をしててね」
「護衛か」
「さっすが。やっぱり私たち息ピッタリね」
「不名誉だな。それで、どこに行くんだ?」
「それはね〜ふふ、カグヤ、どこに行くんだっけ?」
ツクモさんが、カグヤちゃんに目をやる。
その目は、私に向けられる母さんからの目にどこか似ていた。
「はい! 行き先は……」
一泊置き、カグヤちゃんがこちらを見る。
「オンセン街ナリアです! お二人には私たちの護衛という名目で一緒に来てもらって、皆でオンセンを楽しみませんか!?」