幼馴染が電波を受け取っちゃいました
「この世界って乙女ゲーの世界で、私ヒロインだった!」
どうしても話したいと呼び出され、久し振りに幼馴染の部屋に招かれた。その状況に感じていた緊張を一気に吹き飛ばされる。
「おとめげー? ひろいん?」
余りにも突拍子もない言葉に、茫然とそれだけ聞き返す。
すると、長くて真っすぐな黒髪を揺らして彼女は頷いた。
「そうなの! 私が大好きだったゲームで、もうヒーロー達全員が素敵なの!」
怒涛の勢いで話出す彼女に、俺は黙って聞いている事しか出来ない。
何とか少しでも理解しようと頭をフル回転させるのだけど、どうかみ砕いてもそのヒーロー達とやらの気に入っている部分の説明にしか聞こえなかった。
いや、実際そうなのだろう。
ただ、余りにも情報過多過ぎたので右手のひらを彼女に向けて制止する。
どうしたの? と言った様子で止まってくれた彼女に、俺は挫けそうになった心を立て直して口を開く。
「ごめん、急すぎてちょっと整理していいかな?」
俺のお願いに、彼女は笑顔で頷いてくれる。
良かった、何とか話は出来そうだ。
先ほどの勢いからこちらの話を聞いてくれないかと思ったのだけど、それは杞憂みたいだな。
「とりあえず。この世界が茜の好きなゲームととても似ていた。そしてそのゲームは女の子が主人公で、ええっと、出てくる男キャラと仲良くなるゲームで合ってる?」
「ううん、似ているじゃなくてもうそのまんまよ!」
興奮した様子の茜に、もう一度落ち着かせて浮かんだ疑問を聞いてみる事にする。
「じゃあ、幼馴染の俺も攻略キャラって事?」
俺の一言に、最初は不可解な表情茜は浮かべた。続けて思案気な表情へと変わり、最終的に驚きを全身で表現する。
「正輝が居ない」
「それでも、ゲームと同じって事で良いの?」
今度の俺の言葉には、茜は全力で首を左右に振った。
そんなに強く振っているのにサラサラの髪は大して乱れない。
多少乱れた部分も、茜が手櫛を通せばあっと言う間に元通り。
その一連の流れですら絵になるのだから、美少女って言うのは凄いもんだ。
この見た目は確かにゲームの主人公を実写化しました、と言われても納得できるかもしれない。
「全然違ったごめんなさい」
しょんぼりと肩を落とす茜に、俺は今考えた事を口にしてみる。
「まぁ茜は実際綺麗で可愛いからヒロインと同じ見た目なんじゃない? それにさっき名前を挙げてった連中もイケメン揃いだったし」
「でもでも! 一番格好いい正輝が居ないよ!」
真っすぐに目を見て言った茜の言葉に、俺は照れる。
全く完全に身内の欲目でしかないのだが、それでも嬉しいものだなぁ。
「とりあえず、イケメンじゃないとまでは言わないけど俺のはあくまで努力の結果だからなぁ。大好きなお前とずっと一緒に居たいって気持ちでここまで来たし、この気持ちは誰にも負けない自負だってある」
俺の言葉に今度は茜が照れた様子を見せる。
けど、そうは問屋が卸さないんだよなぁ。
「それをずっと伝えてきたし、伝わるように努力し続けて。俺の記憶が間違っていなければ春休みにやっっと付き合いだしたと思うんだ」
「うん、正輝は私の大事な彼氏だよ」
食い込み気味に言ってきた茜に、俺は頷く。
「俺も茜は大事な彼女だよ。で、その彼女の話ならどんな話でも聞くつもりだし、今話してくれた事は一切疑ってないのを先ず信じて貰えるかな?」
再び照れた様子で茜は頷いた。
それを確認して、変わらず笑顔を作り続けながら言葉を続ける。
「で、その大事な彼女に延々と別の男の良い所だの、好きなところだの聞かされた俺の気持ちを少し考えてみようか」
言い切った俺の言葉に茜は固まり、徐々に顔色を悪くしていく。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
泣き出しそうな表情で行ってきた茜を、俺は許すつもりなんか一切なかった。
「ふーん、そんなつもりじゃねぇ。別に俺の気持ちを当ててほしい訳じゃないから言うけどうげっ」
喋っている最中に茜にどつかれた。
いや、正確には俺に体当たりしながら抱きしめて来ただろうか。
それまでは正直大丈夫だけど、距離の問題か頭突きが綺麗に鳩尾に入ったものだからうげっなんて声が出てしまった。
情けないけど不可抗力だよな、呻き声が出るくらいは。
「いやだ嫌だいやだ! ごめんなさい! 別れたくない! 好きなの!」
俺の胸の……正確には腹の中だろうか? いや、それだと胃に収まってしまう。
そんなしょうもない事も考えつつ、とりあえず茜の頭を撫でる。
「そうだな。勘違いさせるようにわざと言ったんだ。ごめん」
「えっ?」
俺の言葉に茜は体を跳ね上げ、自然と俺はその潤んだ瞳と見つめ合った。
「嫉妬したからだけど。俺は絶対お前を奪い返すって思ったんだよ。ほんとクッソ悔しい。ぜってーもっと惚れさせるって俺は思ったんだよ。そりゃ勿論俺は何年も相手にすらされず振られ続けたのに、なに一瞬で意識させてんだって嫉妬もあったけど。それ以上にやっぱり好きだから振り向かせたいって思ったんだよ」
俺の言葉に目をぱちくりと茜は何度も開け閉めを繰り返す。
そんな茜になおも俺は言葉を続ける。
「今に見てろよー。絶対もっと惚れさせてみせるからな! お前が本当に嫌がらない限り頑張るつもりだし、そもそも出会った時から言い続けているだろ? 拗らせた十五歳男児をなめんなよ!」
言いながらつんっと指で茜の額を押した。
茜はえへへなんて可愛らしく笑いながら、額を撫でる。
ああ、可愛いなぁ。くっそ惚れた時点で永遠に俺の負けだから。もう仕方ない。
「ってな訳でちゃんと言いたいこと言ったし俺は帰る」
「えー。なんで!?」
俺の言葉に不満そうに茜は頬を膨らませた。
その姿をも可愛いと思いつつ、はっきりと伝えてやる事にする。
なんだかんだ思いは伝えなきゃ伝わる事なんてないからな。ってか、言葉にしなかった時の教訓を無駄にするつもりなんて俺にはサラサラない。
「このまま居たら押し倒しちゃうからに決まってるだろ? 少なくともチューするのを今どんだけ我慢しているんだと思っているんだ? お前の親まだ帰ってこないだろ? ぶっちゃけこれ以上この部屋にいるだけで暴走する自信しかないぞ」
俺の言葉に顔を真っ赤に茜は染め上げた。
俺の言葉が冗談だとは思ってないだろう。
何せ、つい先日デート帰りテンション上がり過ぎて人目があるのにチューしちゃったからな!
ぶっちゃけ俺は平気というか物足りないだけだったけど、お前がキャパオーバーしてたじゃないか!
ああ、やっぱり我慢出来ない。
かなり悩んだ様子を見せ、やっと口を開いた茜に対し。俺は何も喋らせる前に口を塞ぐ。
そんでもって、口を離したら予想通り茜は目を見開いて口を押えて座り込んだ。
ぬぁぁぁぁあぶねぇ。そのまま押し倒す所だった。
意地と根性だけでその魅力を振り切って改めて俺は口を開く。
「よし、ご馳走様。最高だったぞ。続きはもうちょい成長してからだ! それじゃぁまた明日迎えに来る!」
言い逃げして隣の自分の家へと逃げ帰る。
あー、まだまだガキだしヘタレだな俺は。もっとスマートな男になりたいもんだ。
俺は滾る劣情を無理矢理抑えこみながら、道中でそんな事を思った。