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むじな1

 わたしはビルの屋上から、街を真下に眺めていた。

 イルミネーションで飾られたビル群。車のヘッドライトは光の川となり、その間を通り抜ける。

 夜なのに光が溢れる風景。

 それは魅力的で、幻想(げんそう)的で、()きることなくその状況を眺めることが出来た。

 あと(わず)か。

 いずれ時が訪れた時に、わたしの前に現れるのは彼だろう。

 一瞬で終わり、手に入れることができなくても、花火のように見ている者にも価値を生み出せる。

 だから、たとえ殺し合いに成っても、出会った価値は有ったのかもしれない。

 埋もれていた日常に新しい感動を覚え、単純なことに笑い、ちょっとした仕草に鼓動を高鳴らす。

 まるでわたしは、恋する乙女だ。



二  むじな



「あー、あっち―な」

 篠田はそう言って、総本山本部の休憩場で座布団を枕代わりに寝っ転がり、行儀(ぎょうぎ)悪く足を使って扇風機を自分に向ける。

 まだまだ残暑の厳しい、八月の後半戦だ。

 総本山の業務は、大きな祭典の時などは(はかま)と決まっているが、それ以外は質素(しっそ)な服なら何でもいい。しかし本日の篠田の服装は、裸足で花柄の七分のパンツに、白いシャツと麻紐のアクセサリーといった、質素(しっそ)とは程遠い格好だ。

「篠田さん、業務は終わったの?」

 そこにジャケットを脱いだレディーススーツ姿の翠がやってきて声をかける。篠田は気怠(けだる)そうに首を向けた。

「とぉっっくに」

「………あなた、まさかその格好で現場に行ってきたの?」

「んな訳あるか。暑いから着替えたんだよ。まだこの部屋のエアコン、修理が出来てないんだとよ」

「あらそうなの? 私はてっきり………」

「あのなー、この格好で仕事に行くほど、俺が常識無い子ちゃんに見えるか?」

 翠にはそう見えるのだが、本人にしたら違うらしい。

「まぁ、そう言う事にしておきましょ」

「失礼だな。仕事の時はあの(・・)格好より真面目だぞ」

 そう言って翠の後ろに顎でしゃくる。翠は意味が解らずに振り向いた。

「どうかしたの?」

 そこには汗だくで不思議そうに小首をかしげる、ロングコートを着た砂那がたたずんでいた。

「折坂っ、何考えてるの! こんな暑い時に、早くコートを脱ぎなさい!」

 砂那は残念そうに「まだエアコン直ってないんだ」と呟きながらロングコートを脱いだ。

「あなた、いい加減にしなさいよ! いつか熱中症で倒れるわよ!」

「そうね、さすがに辛いわ」

「辛いのなら辞めなさい!」

 そのやり取りを見て、篠田はケラケラと力なく笑う。

「それよりさ、二人とも早く着替えて来いよ。もうすぐえらいさん達が居なくなるから、エアコンのある部屋で、電力会社が泣くぐらい冷房をガンガンにしてやろうぜ」

 そこまで強くなくていいが、二人もその意見には賛成だった。



 本日の午後からは、先日の御霊鎮魂祭(みたまちんこんさい)のような大きな祭典があるため、座頭(ざず)は総本山の位の高い囲い師たちを引き連れ、青森に行く予定である。

 その他の者も、色々な予定が重なり、本日の業務は午前中に終わらせ、この総本山本部はほとんどもぬけの殻になる。

 それを見越して、二日前に翠が二人に尋ねた。

「ねぇ、あなた達、夏休みの宿題は進んでる?」

 砂那はさっと目線をそらせ、篠田は当たり前のように、耳をほじりながら「やってねー」と伝えた。

「やってないって、夏休みももう後半よ!」

「いーじゃねーか。俺らって就職先は決まった様なもんだろ? いまさら勉強しても意味ないって」

「卒業が出来なきゃダメでしょ! 折坂、あなたもよ! いい、そう言った怠慢が、あとで後悔のもとになるの。そうね、丁度いいわ。二日後は午前中で業務が終わるから、この本部で三人で宿題をするわよ」

「えっー、その日は俺はパス! 夕方から寄席を見に行きたいんだ。立川流の若手で良いのがいてな」

「夕方なら、それまで出来るでしょ! いい、少しでもやっておけば印象はだいぶ違うからね。それから、落語なら私はパスよ」

「うそ?! チケット二枚とったのに?」

 篠田は勝手に翠は行くものだと、一方的に決めつけてたようだ。翠にしては誘ってくれるのは嬉しいが、勝手に行くと決めつけられるのは少し鬱陶(うっとう)しくもある。

「落語って、あの落語? それって、テレビじゃなくても見れるの?」

「おっ、興味あるのか?」

 好奇心に満ちた砂那の瞳に、篠田は反応して、翠は慌てて口を挟んだ。

「折坂、見たかったら、今度チケット取ってあげるわ」

「いや、チケットが一枚余って………」

チケット(それ)は、私のために取ったんだよね? だったら、私が行かなきゃ悪いから、今回だけ付き合ってあげる。でも今回だけよ。今度からは私に聞いてからチケット取るようにしてね!」

 どこか焦りを混じらせながら、翠は早口に答える。

 篠田はチケットが無駄にならなくて良かったと思ったし、砂那は落語が見たいわけでなく、関西の方ではあまり聞かなかったので珍しくて口に出しただけだった。

 そんなやり取りがあり、本日、三人は普段は入れないエアコンの効いた部屋で、夏休みの宿題をしていた。

 もう宿題を終えている翠が、二人に教えながら順調に進めていく。

 そして、夕方が近づく頃、篠田は唐突(とうとつ)に指で回していたシャーペンを止め、壁の一点を見つめた。

「………?」

 翠は不思議に思いその壁を見たが何も無い。どうしたのだろうかと、今度は砂那を見ると、彼女も手を止めて、同じ場所を見ていた。

「………なに? 二人して、どうしたの?」

 冗談をしているわけでは無いのは、彼らの目が語っていた。二人とも少し睨んだような真剣な目をしていたから。

 翠の問いかけには答えず、砂那は近くに置いていたロングコートを掴み、篠田と共に立ち上がると、そのまま総本山の建物から出て、今まで見ていた方向を眺めた。

 その方向は青山墓地の方向だ。

「………これって、」

 少し遅れて建物から出てきた翠も、ようやくその気配がわかったのか驚きの顔を作る。

 その方向からは、自分が憑いてもらっている強力な式守神(しきしゅがみ)の、祓戸狭霧神(はらえどさぎり)よりさらに強力な霊力(ちから)を感じる。

 篠田は眉毛をしかめると、みんなに聞こえないように小さく舌打ちをした。

「っち、ナインワードのヤロー、切りやがったな。どいつもこいつも勝手に動きやがって」

「おい、お前らもこれを感じたのか?」

 そう言って同じく外に出て来たのは、AA(ダブル)クラスの梶元(かじもと)で、本日は総本山の留守番を任されたものだ。

「不味いな、この方向は《むじな》かも知れないぞ、おまえらも着いてこい」

 赤坂にある総本山本部から、青山霊園まで走って十分ほどの距離だ。その場所に急ぎながら、砂那は先ほどの梶元(かじもと)の言葉が分からずに聞いた。

「翠さん《むじな》って何?」

「《むじな》? えっと、たしか、穴熊とかたぬきのことだった思うけど」

「アナグマ?」

 それならば、この巨大な霊力(ちから)は穴熊やたぬきと言いたいのだろうか。

 その台詞に篠田は軽く笑う。

「意味は合ってるけど、総本山(おれら)の言う《むじな》ってのはな、この辺りで強力な霊体の紅衣千千姫命あかえちぢひめのみことの俗名だ」

「俗名? その神様はたぬきとかの獣の集合体とか?」

「それなら楽なんだが、この《むじな》は人をだます(けもの)って意味で呼ばれているんだ。昔にたぬきが化けて人を脅したって話は知らないかな? この辺りではわりと有名な話なんだが」

 篠田のなぞなぞのような台詞で解ったのか、翠は驚きの声を上げた。

「赤坂で有名って………のっぺらぼうの事?」

「その原型になったと言われる神様だ」

 のっぺらぼうと言うと、昔話では人を脅かす程度で直接的な攻撃はしてこない。それを考えると霊力(ちから)は強いが楽に祓える神様なのかもしれない。

「………顔の無い神様か」

「その通りだ。こいつは昔話とは違い、好戦的だから気をつけろよ」

 そんなに甘くはないかと、砂那は気合を入れ直し青山霊園に急いだ。

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