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間章《ロメオの心臓》

間章  《ロメオの心臓》



 ひまわり色したロードバイクが、長い坂道を登っている途中に電話が鳴る。

 ベネディクトは一際大きく「ちっ!」っと舌打ちすると、ロードバイクを停め足をつけた。

 坂の途中で足をつくとは、クライマーを自称しているサイクリストとしては恥だ。しかし、スマートフォンに映し出される名前を見るかぎり、取らざるを得なかった。

 ペットボトルの水を飲んでから、息も整えず電話に出る。

「何だ! 何か用か?」

『取り込み中か? すごく機嫌が悪いな』

 ベネディクトが日本語で出たので、相手も日本語で返してきた。聞こえてきたのは彼女の声とよく似ている女性の声だ。

「この電話のせいで足がついたからだ!」

『足がついたとは、犯罪が見つかったって意味か? その辺りの日本語はどうも難しい』

 難しいと言いながらも、結構奥深くまで日本語を理解している相手に、今度は本当にいらだった様子で声を荒らげる。

「違う! 自転車で足をついたんだ!」

 電話越しの相手は、今度こそ本当に解らない日本語を聞いたようすで言葉に詰まった。

『………よく解らないが、そうか』

「そうだ! でっ、何の用だ?」

『ベネディクト、ロメオって爺さんを知っているだろ?』

「あのスケベじじいがどうかしたか?」

『さっき手紙が来てな、三日前に亡くなったそうだ』

 ベネディクトは大きく息を飲み込んだ。

 ロメオとは彼女がフランスで魔法を習った人物だ。彼は魔法だけではなく、色々な事にも博学であった。

 確かに惜しい人を亡くしたと思うが、歳も九十近かったはずだ。一般的に考えれば大往生だろう。

「そうか、亡くなったか。………あの爺さん、攻撃魔法を打ち込んでも死にそうにない位しぶとかったのにな。手向(たむ)けに胸の一つでも揉ませてやるんだった」

『それも手紙に書いてあった。あの頃よりさぞかし大きくなっているはずだから、それを拝めないのは後悔が募るってな』

「あのじじいっ、よほどか!」

 そう(ののし)ってから、ベネディクトは言葉を止めた。それを書かれているなら、その手紙は亡くなった知らせではなく、本人からの手紙なのだろうか。

「………アガット、その手紙はどういった内容だ?」

『ロメオ本人による遺書めいた内容の手紙だ。おまえ宛てに来たものだが、気になることがあったので、悪いが勝手に開けさせてもらった』

「何だ、気になることって?」

『あぁ、彼はこの手紙を投函(とうかん)した後に、殺され、喰われている』



 電話を切った後、そこから頂上まで登り切ったベネディクトは、ペットボトルをボトルケージに直して、坂の下にある街並みを眺めて居た。

「………そろそろ帰ってシャワーでも浴びるか」

 せっかくの休みで少し走り足りないが、姉からの電話で気分が削がれてしまった。

 今日はこのまま帰って、ワインでも片手に撮り貯めしてあるツール・ド・フランスでも見直そう。

 そう思い、ひまわり色したロードバイクを軽快に飛ばして、自分の住んでいるマンションの近くまで戻って来たところで、ベネディクトは目を細めた。

 人通りの少ない交差点を、藍色のシャツに帽子を被った白人の青年が渡ろうとして、そのまま交差点の真ん中で立ち止まると、何やら呟いてから気弱そうな瞳をベネディクトに向けたのだ。

 ゾクっと、ベネディクトは背筋が凍りつく。

 瞬間、交差点に立ち止まった青年は右手を横に振った。

「やばっ!」

 彼女はロードバイクから飛び降り、とっさに掴んだペットボトルを青年に向かって投げつけた。

 青年は再び右手を振るうと、空中で水の入ったペットボトルが綺麗に切断され、青年は水浸しとなる。

「T……That's too bad. No change of clothes.(こっ、困ったな。着替えがないのに)」

 ベネディクトはアスファルトを転がりながら、それはロメオが得意としていた、かまいたちの様な攻撃と判断して立ち上がる。

「早いな、まだ三日しか経ってないのに、もう私の………」

 そこで言葉を止めて、今まで乗っていたロードバイクを見ると、目を見開きその場で立ち尽くした。

 ひまわり色したロードバイクが、見事に真っ二つに分かれて転がっている。

「You……You don't grudge.D……Die for me.(あっ、あなたに恨みはありませんが、しっ、死んでもらいます)」

 そう言って構える青年に、ロードバイクを見つめたままのベネディクトは激しく顔を歪ませた。

「おっ、――――お前っ!!!!!」

 その声の大きさに、青年は気弱そうに体をビクっと震えさせる。ベネディクトは顔を青年に向けると、鋭く睨みつけた。

「これは、ただのピナレロじゃないんだぞ!! マイヨ・ジョーヌ仕様のドグマだ!! お前っ、覚悟できてるんだろうな!」

「???」

 命を狙われているというのに、どこに怒っているのか分からないベネディクトに対して、青年は少し困惑した様子で目を泳がせる。

 彼は昔から怒られるのは苦手だ。早いところ決着をつけてしまおうと、口を開きかけた青年に対して、ベネディクトは無防備に、怒りを表せた表情で大股にむかってくる。

 青年は怯えた様子で一歩下がった。

 相手は最強の魔法使いと呼ばれるものを姉に持つ、優秀な魔法一家の三姉妹の中の次女だ。しかも、その三姉妹の中で、最も魔法使いらしい魔法使いと呼ばれている存在である。

 このかまいたちの魔法に対してのレジストを持っているのかもしれない。だから無防備に近づいてこれるのだろう。

 そう考えた青年は、攻撃から防御魔法に切り替えて呪文を発動する。

「Walls of different worlds.(ウォールズ オブ ディファレント ワールド)」

 魔法に対しての絶対的な防御壁。

 こちらの攻撃魔法も放てなくなるが、どんな強力な魔法も必ず相殺してくれる魔法殺し。ロメオと言われる魔法使いが編み出した、究極の防御魔法だ。

 彼女の攻撃魔法がこの魔法殺しで相殺された瞬間に、こちらの攻撃魔法を叩き込んでやる。勝負に勝つのは自分だ。

 少し口元をゆるめた青年は、防御魔法の中で攻撃魔法の詠唱を唱えた。

 ベネディクトは青年に近づくと、裏に金具のついたビンディングペダルシューズで青年の腹を思いっ切り蹴る。

 魔法に対してほぼ無敵な魔法壁に守られた青年は、物理攻撃の蹴りをあっさりと受け、後ろに吹っ飛んで倒れこみ悶絶した。

「ぅうううっ!!」

 蹴りがみぞおちに入り、息が出来なく悶える青年を見下ろし、ベネディクトは一言いった。

「サイクリストを舐めるな!!」

 「魔法使いを舐めるな」と言われればまだ解るが、どう言う意味で言ったのか解らない台詞を聞きながら、彼は何とか立ち上がろうとする。ベネディクトはそんな青年の上に跨り、逃さないようにした。

 彼は魔法での戦闘でなら、ロメオの心臓を喰らって、ベネディクトと同等近くになった居たはずだ。しかし気弱な性格でケンカとなると、からっきしでなのである。

 ベネディクトは自転車用のジャージの背中のポケットから鍵の束を取り出し、空間を開けると中の使い魔を掴んだ。

「日本語が通じるか?」

 青年は呼吸しにくそうにヒィヒィと呼吸音を立てながら、怯えた瞳を向けて頷いた。

「選ばせてやる! 今死ぬか? あとで死ぬか?」

 命を狙って失敗したのだ、当然の報いだろう。それでもどうやって逃げようかと考えている青年に対して、ベネディクトは言葉をさらに続けた。

「それとも、ロードバイクを弁償するか!」

「………」

 やはり日本語は難しいのか、青年には彼女の問いかけが理解できなかった。

 聞き間違いだろうか。この人は命を狙われたにも関わらず、自転車を弁償するかを選択肢に入れて来た。

 しかし、万が一があるかもしれないと、青年は一応答えてみる。

「………Road bike.」

「よし! それなら今から行くぞ」

 ベネディクトは頷くと、手に掴んだトカゲの様な使い魔を青年の首元に近づける。彼はチクっと首筋に痛みを感じた。

「逃げないように毒を打った。強力な毒だ、一時間でお前は死ぬだろう。しかし、ちゃんとロードバイクを弁償したら解毒剤を渡してやる」

 ベネディクトは青年から降りると彼の首根っこを持ち、走ってくるタクシーに向かって手を上げた。

「どうせ、私の使い魔を盗むために東京(ここ)まで来たんだろ。ロメオの爺さんの忠告が無かったら危ないところだ」

 魔法の契約で、蒼が砂那をこぐろのサブマスターにしたように、相手に自分の魔法を与えることができる。しかしその方法を変えて悪用すれば、相手の魔法を盗むことも出来る。

 この青年がロメオの爺さんの心臓を喰い、今まで開発した彼の魔法を盗んだのだ。

 ベネディクトは押し込むように青年をタクシーに乗せ、行き先を告げる。

「千代田区まで行ってくれ」



「あれ? ベネディクトさん、また自転車変えたんですか?」

 静香は事務所にやってくるなり、そう言ってシルバーのロードバイクを眺めた。

 長年乗っていたひまわり色したロードバイクから、白いロードバイクに乗り換えていたのだが、本日また変わっている。

「あぁ、あの白いロードバイクはこいつが組み上がるまでの代車がわりだからな、もう下取りに出したんだ」

「へー、そうなんですか」

 ロードバイクに興味のない静香は、空返事でそう答えてから、真っ赤なセンスのない来客用のソファーに腰を下ろした。

 しかし、白とかシルバーとかベネディクトのセンスからすれば、落ち着いた色合いだと思いながら。

 そこに蒼がやって来て、シルバーのロードバイクに目をやってから、驚きの顔でベネディクトを見た。

「ベネディクトさん、こっ、これって………」

 普段はロードバイクに興味無さそうにしているが、このメーカーを見て気づくあたり、やはり結構な自転車好きなのだろう。

「そうだ、パッソーニだ」

 ベネディクトは得意げに答える。

「組んでもらっているロードバイクって、パッソーニだったんですか。初めて見ました。でっ、どっ、どうですか?」

「安定しているな。やはり、チタンと言ったところか」

 鼻息を荒くしてベネディクトは答える。もう完全に趣味の世界だ。

「その自転車って、そんなにすごいものなの?」

「このメーカーは完全オーダーメイドなんだ。フレームもチタンとか使っていて、価格はすべて合わせば百万は超えるんじゃ無いかな」

 興奮気味に答える蒼にたいして、ベネディクトは良く知っているなと感心し、静香はたかだか自転車にそんなお金を使う人の気が知れないといった顔をしていた。

「まぁ、ピナレロを壊した奴に弁償してもらったからな、私は一銭も出してない」

 そう言って、ベネディクトは遠い目をした。

 まさか、そんな高い買い物をすると思っていなかった青年は、半泣きになりながらクレジットカードを差し出していた。

「よく買ってくれましたね」

「自分の命が掛かっていたんだ、安いものだろ」

「でっ、その人どうしたんですか?」

 静香の問いかけに、ベネディクトは頷いた。

「私にへの代償はこれで済んだが、ロメオの爺さんへの代償はそれなりに払ってもらった」

 そう言って彼女は言葉を濁した。

 二人はロメオとは誰の事かと、不思議に頭を傾けていた。

 ベネディクトのロードバイクが変わりました。

 最初からその予定だったのですが、間章に悩み、急きょ切り上げです。


 あー、ひまわり色したピナレロ、マイヨ・ジョーヌ仕様のドグマは書きやすくて好きだったのに。

 しかも、当初の予定では、コルナゴのⅭ60辺りになる予定だったのに、いっそうの事、高いロードバイクをだそうと、パッソー二に変更となりました。


 この間章は悩んだ。


 しかも、本当はもっと長い話をまとめて、何だかわかりにくくなったし。

 間章書き出しは、フランスの話が少しと、自転車を買うところも入っていて、もう少し長かったけど、泣く泣く切って、解りにくくなっちゃったけど、載せます。


 また、時間があれば編集で伸ばすかもです。


 では、いっきに、のせますので、次話は明日にでも。


 それでは。

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