御霊鎮魂祭
総本山の事務所で未国 康弘は自分のデスクの椅子に座ったまま、腕組みをして長い間考えていた。
本日、折坂の娘とお祓いに行かせた片岡 清彦が、帰ってくるなり声を荒らげながら事務所にやってきた。
そうとう頭に来ていたのだろう。大声で折坂の娘を批難すると、処分を決めろといってきた。
片や折坂の娘は、鼻にティシュを詰めたまま片岡達より遅く帰ってきて、こちらの問いかけには何も答えず、鋭い視線だけを投げかけて、「今後は誰とも組みません!」と伝えると帰っていった。
折坂の娘は一人で依頼を終わらせたようで、しかも依頼人からは丁寧な感謝の電話もかかってきたのだが、理由はどうであれチームリーダーを蹴飛ばしたのだ。ただで済ますわけには行かない。
未国 康弘は深くため息を吐いた。
彼は正直に言って、砂那を侮っていたのだ。
いくら折坂 善一郎の娘だからと言って、ここまで出来るとは思わなかった。彼女は囲いの技術だけならAAAの〈忽〉に匹敵するだろう。
本音を言えば、砂那を総本山に入れたのは、折坂 善一郎に気を使ってだ。彼らは総本山の業務が理由で親子関係がうまく行っていない。少しでも改善できればとそうしたのだが、これからは折坂の娘を、どう扱って行くかを考えなければならない。
同じく技術の高い篠田のように、上手く立ち回ってくれれば良いのだが。
「未国さん」
悩んでいる康弘に、砂那と最初に仕事を行った瀬戸 洋介が声をかける。
「話は聞きました。折坂さんのところの娘さん、何かしでかしたみたいですね」
「あぁ、まいった………」
苦虫を噛み潰したような康弘の顔に、瀬戸は内容を把握したようにうなずいた。
たしかに暴力に訴えた砂那も悪いが、彼女だけが悪いんではない。総本山に入ってからは努力しなくなった片岡も悪いのだ。多分、片岡は砂那が怒った理由も解っていないのだろう。
「未国さん、折坂さんところの娘とは、しばらく俺が組みましょうか? 俺なら実力も知っていますし、ちゃんと教えてやれば、彼女は伸びますよ」
たしかに瀬戸は教えるのがうまいし、面倒見がいい。最初に砂那を彼と共に行かせたのは、そう言った理由からだ。それに、砂那の実力に気付いているなら、彼女も仕事がやりやすいだろう。
「そうだな、頼めるか?」
瀬戸が頷いたところで、白髪を後ろに撫でつけた、小柄な袴姿の老人が事務所にやってきた。
「会話中、申し訳ないの」
「座頭、どうなさいました?」
康弘は慌てて椅子から立ち上がる。
入ってきたのは総本山のトップ、座頭の座に君臨する土御門 定長であった。
小柄な老人なのだが、彼がその場にいるだけで、威圧感と言うのか迫力と言うのか、独特な緊張感が生まれる。さすがは囲い師のトップに長年いるだけの事はある。
「折坂の娘の事を、少し小耳にはさんだのでな」
「新人の教育がなっていなくて、申し訳ありません!」
「いや、構わん構わん。若い時はあれくらい血気盛んなのは仕方ないことじゃ。わしも若いころは、気に食わない上司を後ろから棒で突いてやったこともある。そいつは五十囲いも出来ないくせに生意気に………おっと、いかんいかん。年を取ると、ついつい昔話がしたくなって困る」
そう言って笑う。しかし緊張した空気感に、康弘と瀬戸は苦笑いしただけだ。
「しかしだ、血気盛んな年ごろだ、仕事に貢献している折坂のその娘だからと言って、お咎め無しにするわけにはいかんな」
「はい、それはもちろんです。しばらくは自宅謹慎をさせて、そこからは瀬戸に付かせて、一から………」
「そこでじゃ」
割り込むようにして座頭は再び口を開く。
「教育の意味も込めて、この日曜に行う御霊鎮魂祭に、折坂の娘を参加させるのはどうじゃ?」
「えっ?!」
座頭の言葉に康弘は驚きで言葉を失った。
次の日曜に行う御霊鎮魂祭とは、毎年に赤坂迎賓館行われている、総本山の中でも重要な祭典の一つで、由緒正しいものだ。
その歴史は古く、赤坂迎賓館の建築以前の、紀州藩の建物がある時代から行われているもので、もちろん位の高い者しか参加できない。
そんな重要な祭典に、総本山に入ってすぐの者が参加するなど、過去にわたって聞いたことがない。
「座頭、さすがにそれは私の一存では決め兼ねれないです」
「なぁに、そんなに難しい話ではない。折坂の娘には、わしから《貼り手》にお札を渡す役目をしてもらえばよい」
「そんな簡単におっしゃいますが………」
それほど大きな祭典なので、もちろん参加者や役割など半年も前から決めている。そんな急に変えれるものではない。
「構わん構わん。わしが書き忘れていた、と言う事にしておいたら問題なかろう」
半年前に来まった配役に、三週間ほど前に総本山に入って来た者を書き忘れたなど、無理があるにも程がある内容だが、トップの判断だ。ただの人事の康弘には反抗できない。
「解りましたが、何かあったときは、私だけの責任ではどうにもなりませんよ」
最後の抵抗だと再度釘を打つ。座頭はあっさりと答えた。
「解った解った、そのときはわしが面倒を見る。まったく、おぬしのそういう頭の固いところは、兄貴ゆづりじゃな」
その話題には触れてほしくないのか、康弘は無表情に聞き流した。
「とにかく、今から書類にでも付け足しておいてくれ、誰もそんなに真剣に読んでいないから気づかないじゃろうて」
それだけ伝えると、座頭は事務所から出ていく。康弘は重い溜息を吐き、それを見ていた瀬戸は憐みの視線を康弘に向けた。
東京の中心地、港区で最も北に位置する建物、赤坂迎賓館。
そんな都会の真っ直中に建っている赤坂迎賓館は、赤坂御用地と呼ばれる大な池と緑あふれる土地の中にあった。
政府関係で使用する建物のため、一般公開はされているものの、場所によっては限られた人しか入れない特別な土地だ。
そんな赤坂迎賓館の、本館の主庭に砂那は立っていた。
本館を背に、噴水に向かって簡易な陣を構えた一番メインとなる場所で、緊張した面持ちを表せながら、座頭の斜め後ろに立っている。合うサイズが無かったためか、着ている巫女服は少しブカブカだ。
周りにはテレビでしか見たことの無いような政府関係者が、物珍しい視線でこちらを眺めている。
囲い師の総本山が毎年行っている御霊鎮魂祭である。
赤坂迎賓館の周りの赤坂御用地は、紀州藩のころから霊が集まりやすい土地なのか、毎年囲いによる祓いの儀式が行われていた。しかし、首都高速新宿線が赤坂迎賓館地下を走るようになってからは、霊の通り道の霊道が移動したのか、霊の集まりも少なくなり、形式だけのような祭典になっている。今もこの辺りにいる悪霊は少ない。
座頭が話を終えると、陣の前に白衣に袴と神職の恰好なのに、各自、腰に十本の小太刀を帯刀している、五人の《貼り手》がやってきて片膝をつく。
座頭は懐からお札を取り出し、それを後ろに立っていた砂那が受け取ると、片膝をついている《貼り手》の一番中心の人物にお札を差し出す。
彼は顔を上がると、鋭い釣り目を砂那に向けてそのお札を受け取った。
砂那とよく似た釣り目。
そう、その五人の《貼り手》の中には、砂那が久しぶりに見る父親の折坂 善一郎の姿があった。その他には未国 博康や安部 智弘の顔もある。
砂那は一人十枚ずつ、お札を渡すと座頭の後ろの戻った。
五人の《貼り手》はそれを受け取ると、整えられた庭園に入っていき、今から五十囲いためにその小太刀でお札を張り付ける。この五人はすべて毫〈Sクラス〉以上の人物で、普段では考えられない贅沢な《貼り手》だ。
《貼り手》が庭園に入っていくと、今度は陣の前に座頭に年齢の近い、高齢の《囲い手》がスタンバイする。
そして各自の《貼り手》から飛ばされやってくる式神を合図に、《囲い手》が五十囲いを発動する。
最後に《祓い手》の座頭が左手を差し出し、囲いの中心に意識を持っていき、その左手を握り締めた。
悪霊は五十囲いの中心に吸い込まれ、お札が破れ囲いが消える。
これで祓いは終わり、《貼り手》たちが帰ってくるのを待つだけであるとき、座頭は砂那に近づくと聞いてきた。
「どうじゃった?」
砂那は緊張した面持ちではあるが、率直な意見を言った。
「はい、この悪霊相手なら八囲いで十分だと思いました」
思わず座頭は苦笑いだ。
彼はこの祭典の内容や、この場の雰囲気を聞いたのに、砂那が答えるのは見極めの話である。
「確かに、この悪霊相手なら、普通の囲い師なら十二で十分じゃろ。それなら囲いの実力のある、おぬしや篠田が祓った方が早いかもしれん」
「そんな、わたしの実力なんてまだまだです」
砂那は慌てて首を振った。
篠田はそうかもしれないが、砂那は自分はそこまでの実力では無いと解っていた。だって、蒼やベネディクトや、奈良で九字切りの外人を見て来たのだから。
「謙遜せずともよい、おぬしにはそこまでの実力がある。しかし、実力があったところで、おぬしが祓っても、この場にいる政府関係者は納得しないじゃろう。彼らは学芸会やアイドルを見に来たわけでは無いのでな」
砂那はその少し険のある言葉にカチンと来たが、言ってる意味は解った。
確かに砂那のような学生がこの場をきっちり祓っても、依頼人たちが期待している重みは無いだろう。
「彼らはこの御霊鎮魂祭に五千四百万払っとる。しかしそれは、祓うことだけにお金を出しているのではない。彼らはこの儀式に、祭典にお金を出しているんじゃよ。だから五十囲いなんじゃ。だから年老いたわしなんじゃ」
砂那は座頭がこの御霊鎮魂祭に自分を呼んだ意味がやっとわかった。
それは他の現場でも同じだと言いたいのだろう。依頼人は霊を祓ってほしいが、祓うことに重点を置いているわけでは無い。霊を祓ってもらった安心が欲しいのだ。
「だからと言って、出しゃばるなと言っておるのではない。最初は辛いかも知らんが、ぐっとこらえて経験を積んで、いずれはおぬしの父親のように成ってから我を通せば良いのだよ。まぁ、ただの老人の戯言として頭の片隅にでも置いていてくれ」
「………」
砂那は何も言わなかった。その言葉が合っていることもわかっていた。
しかし………。
御霊鎮魂祭をこっそり抜け出した砂那は、方位磁針のアプリを呼び出したスマートフォンを片手に、赤坂御用地内にある東宮御所近くの、大きな岩の前にいた。
「………この辺りかな」
そういってその大きな岩の下の辺りをのぞき込んでから、確信が持てた様子で頷いた。
「うん、ここだ。――――出てきて、我が式守神、八禍津刀比売」
砂那の背中の後ろには、女性の顔と胸を持つ八本腕の鬼が現れる。
「お願い、この岩を切って!」
八禍津刀比売は左手の大剣でその岩を真っ二つにする。割れて倒れるその岩の下には、朽ち果てた木片があり、同時に、和服姿の女性が出て来た。砂那はそっと手を合わせる。
「ごめんね、何百年も待たせて。重かったでしょ」
その和服姿の女性は、祀られなくなってから何百年もたち、霊力が希薄になった神様だった。
女性は優しく微笑む。
「うん、わかってる。本当はここにもう一度社を築いて祀ってあげたいけど、わたしにはその力が無いの。だから、囲うね」
そう言って砂那は二十五囲いの準備をする。
なぜこの場所が何百年も前から、毎年祓わなくてはならないのか。自分より霊力の高い総本山の囲い師たちなら解っていたはずだ。
彼女はこの土地の、元の土地神様なのだろう。何かの拍子に社が岩に潰されたのか、意図的に潰されたのかは解らない。そして、岩に潰された後は気付いて欲しくて、何百年もの間、ずっと他の霊に助けを求めていたのだ。その霊に釣られて悪霊たちも寄って来た。
しかし、それを解っていても総本山の人々はこの場を放置していた。
それは何故か。
自分たちの利益の為だ。
確かに総本山は大きいので、お金を儲けないと多くの従業員を養えないのも解るし、依頼人の気持ちを汲んでいるのも解る。そこは何も言わない。
しかし、総本山の彼らは、圧倒的に死者への敬意が足りないのだ。
この仕事は囲い師と依頼人だけではない。
砂那はそこに納得がいかなかった。
アルクイン拝み屋探偵事務所で最初に仕事をしたときに、ベネディクトは子供の霊を祓うのに対して、敬意を払うのが筋だと言った。
「わたしも、そう思います」
そう独り言をつぶやき、二十五囲いで和服姿の彼女を還し空を仰いだ。
これで、この辺りに悪霊が留まることは無いはずだ。しかしそれにより、居ない霊を祓うのだから、今後の御霊鎮魂祭は偽りとなる。
「座頭」
急いで廊下を歩いているところに、未国 康弘が声をかけてきた。座頭は頷いただけで止まらずその前を通り過ぎると、彼は後ろを追うようにして話しかける。
「折坂の娘の件ですが、あれ以来はもめ事を起こさず真面目に働いています。御見それいたしました」
座頭はむすっとした顔のまま、何も答えず先を急ぐ。
何者かが赤坂御用地の神様を祓ったのだ。その事によって、どれほどの利益の損失になるか、康弘が知るのはもう少し先になるだろう。
長年やって来たので、御霊鎮魂祭は祭りごととして形は残るだろうが、霊の居ないところで祓ったふりをすれば、それは霊商法違反に当たる。
ならば、祭りごとの費用だけで、高額なお祓いの費用を取ることはできない。
「私も、もう少し柔軟に新人教育に励んでいきます。では、お急ぎのところ申し訳ないです、失礼いたします」
それだけを伝え戻っていく康弘に、今度は足を止め座頭の方から声をかける。
「未国、折坂の娘の名は何だったかの?」
「えっ? 彼女の名前ですか? 彼女は砂那、折坂 砂那です」
「そうか、すまぬな足止めして」
それだけを聞くと再び急いでその場を去る。そして、誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「折坂 砂那か。やってくれよるわい」
その顔は何故か、いたずらっ子のように笑っていた。
今回の話は総本山へやって来て、壁に当たる砂那です。
しかし、自分の思いを通そうと奮闘します。
そしてついに出て来た、折坂 善一郎。父親と砂那は、総本山で上手く行くのか。
次回は砂那が篠田と組みます。
では、また次の後書きで?