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出発前日

 三日前。

 砂那がカラカラとクロスバイクを押しながら、目線を落とし、とぼとぼとしたゆっくりな歩調で、砂町銀座の中を歩いていた。

「砂那」

 それを見かけた蒼は、ロードバイクから降りて声をかける。こちらを振り向いた砂那は、悩んだように眉間にしわを寄せていた。

「………どうしたんだ、何かあったのか?」

 砂那は表情を崩して蒼に駆け寄ると、早口で話し出す。

「蒼っ、あのね、わたし、さっき、蒼のお父さんに会って………」

「えっ、叔父(おじ)さんに?」

「それで、総本山に来ないかって誘われたの」

「誘われた? それって………」

 蒼の叔父(おじ)未国 康弘(みくに やすひろ)は、総本山では人事などの取りまとめをおこなっている。その叔父さんから声がかかったとすれば、それは事実上の引き抜きだろう。

 囲い師の中でも入るのが難しい総本山が、向こうから誘いに来るとは、砂那の囲いの技術が高い証拠だ。

 思わず感心した声を上げる。

「すごいじゃないか、それは良かっ………」

 しかし、砂那の表情を見てその言葉を途中で止めた。彼女はまだ眉毛を下げた、(すが)りつくような瞳を向けていたからだ。

「………」

「わたし、どうしたら良いんだろ?」

「どうしたらって、総本山に行きたくないのか?」

 蒼は不思議そうに尋ねた。

 狭き門の総本山に、向こうからの誘いでいけるのだ。普通に考えれば、将来を約束されたようなもので、囲い師にとって、これ以上の幸せはないだろう。

「わたしは………」

 砂那は暗い顔のまま目線を下げて口をつぐむ。

 そんな二人を避けるように、周りの人々は迂回(うかい)していった。

 道の真ん中で自転車から降り、若い二人が話しているのだ。しかも砂那のその表情に、砂町銀座を歩いているおばさんたちがチラチラと盗み見をし、聞き耳を立てながら進む。その様子からして良からぬ想像をしていることは間違いがなかった。

「………少し場所を変えようか」

 二人は自転車に乗ると商店街を後にした。

 砂町銀座からまっすぐ東に進み、堤防(ていぼう)を越えて、荒川までやってくる。二人は川縁(かわべり)の草むらに自転車を寝かせると、階段に腰を下ろした。

 この場所から荒川の川上(かわかみ)には高層マンションが見え、すぐ近くの船の停泊場(ていはくば)には、屋台船や小型の漁船が泊まっている。そして真正面には、荒川と中川の間を走る、中央環状線の高架がよく見えた。

 辺りには遮るものがなく、川からやってくる風が、白詰草(しろつめくさ)や砂那の長い髪をよくなびかせたが、海が近いのに潮のにおいはしなかった。

 彼女はしばらく黙って、水面を走る小型船を眺めている。蒼は静かに尋ねた。

「砂那は総本山に行きたくないのか?」

 詳しく聴いたことは無かったが、彼女は囲い師として周りに認められたがっていたはずだ。

 特に父親の折坂(おりさか) 善一郎(ぜんいちろう)に。

 それなら、総本山に入ればその願いが叶うはずのなのに、どうしてだろうか。

「行きたくない訳じゃないよ。昔からの目標だったし………」

 そう言って彼女は顔を上げ遠くを眺める。

「奈良でも言ったけど、わたしは小さい時は何も出来なかったから、総本山に入ったら、みんなが認めてくれるかなって」

「それなら、砂那の願いがやっと叶うんじゃないのか?」

 彼の言うとおりだ。それは自分でも解っている。しかし、願いが叶うと同時に失うものもある。だから素直に喜べない。

「かもしれないね。………だけど、今はこの事務所が好き。わたしは魔法使いじゃ無いけど、仕事も楽しいし、ベネディクトさんも良い人だし、静香とも仲良くなれたし、それに、それに、蒼と一緒に仕事をするのは楽しい!」

 総本山は魅力的だが、行くならばもちろんアルクイン拝み屋探偵事務所を辞めなくてはならない。それは、砂那にとっては辛い選択だ。

 アルクイン拝み屋探偵事務所の人間は、砂那にとっては東京に出てきて初めて出来た知人だ。仲も良い。そんな場所を彼女が辞めたく無い気持ちはよく解かった。

「確かに砂那が離れたくないって気持ちはよくわかるよ。俺もこの事務所が好きだし、砂那と一緒に仕事ができて楽しいよ。――――だけど、本当に諦めて良いのか? 総本山は、砂那の夢なんじゃないのか?」

 たしかに夢だ。

 もし、父親がそれで砂那のことを認めてくれれば、彼女の幼い時からの念願が叶い、家族が一緒に暮らせれるかも知れない。

 もう、足手まといとは思われないかもしれない。

 しかし、それをすれば………。

「だからさ、今の生活が変わる不安はあるかもしれないが、俺は総本山に行った方がいいと思うぞ」

 蒼のその台詞に、砂那は思わず唇を噛みしめ、寂しそうな眼を向けた。

「だけど、総本山に行ったからって認められる訳でもないし、それにほら、卒業してからだって遅くは無いと思うし………」

 彼女の口からは言い訳がましい台詞が出て来る。

「それはそうだが、今の誘いを断って、また次に誘ってもらえるかは解らないだろ? 砂那は囲い師だから、将来を考えたら、今から行くのも悪く無いと思うんだがな」

 確かに彼女の実力なら、断ってものちに総本山に入ることは出来るだろう。しかしそれは確実ではない。今回の断りで気を悪くして入れてくれない可能性だってある。

 蒼はそれが嫌だった。

 一度は自分も夢を見た場所だ。自分は才能がて無く諦めたが、そんな思いを才能のある砂那にはさせたくは無かった。

 砂那はきつく目を閉じる。

 本当に言いたいのは、そんな事ではないのだ。

 アルクイン拝み屋探偵事務所を辞ることでも、今の生活が変わることの不安でも。

 そう、本当の理由は………。

「だけど、わたし総本山に行っちゃうと――――蒼の家に行けなくなる!!」

 目を強く閉じて大声を上げる。

 それが、今まで憧れていた総本山さえ躊躇(ためら)う、砂那の本当の理由だった。

 今まで砂那が蒼の部屋に居れた理由は、職場が同じだからである。

 家が遠い事や、仕事の特性上、夜に出勤する時などを理由に、砂那は蒼の部屋でよく時間を共に過ごした。

 しかし総本山に行くならば、職場も違うのに蒼の部屋に行く理由がなくなってしまう。

 それがたまらなく嫌だった。

 しかしそれは、東京に出て来た頃のような、独りで弁当を食べていた、会話の無い、さびしい生活へと戻ってしまうのが嫌なだけではない。もっと別の感情だ。

 もう、会えなくなるかもしれない。

 砂那は何かを隠すように、膝に顔をうずめた。

 そこでようやく、蒼は自分の馬鹿さ加減に気づいた。

 少しでも頭を働かせれば解るはずだ。

 砂那は東京でさびしい生活をしていた。蒼はそれが許せなくて、今のように二人で食事を取るようにしているのに、総本山に行けば、また東京に来たころと同じことが起こると考えてしまうだろう。

 それが解った蒼は、あえてのんきな声を出した。

「そんな事ない、来ればいいじゃないか」

「だけど、総本山に行くんだよ! 職場が違うんだよ!」

 砂那は駄々をこねたように、鼻声で再び大きな声を上げる。

「そりゃ、総本山はうちの事務所より忙しいから、もし行ったとしたら中々か来れないかも知れないけど、晩御飯ぐらいは食べに寄ればいいだろ」

 その台詞に、砂那はゆっくりと顔を上げた。

「わたし、総本山に行っても、蒼の家に行って良いの?」

「それはもちろんだよ。総本山に行くからって、俺の部屋でご飯食べるのとは関係ないだろ?」

「そうだけど………良いの? 迷惑じゃない?」

「迷惑なもんか、料理も一人の時よりレパートリーが増えてるし、材料費も倹約できてる。俺の方が助かっているよ」

 照れ隠しのようにそう言ってから、蒼はさらに続ける。

「それにさ、総本山に行くって言っても、事務所の連中と縁が切れる訳でもない。たまに事務所にも遊びに来れば良いさ、その方が静香だって喜ぶし」

 砂那は赤い目のまま蒼を眺め、自然と口元をゆるめた。

 わたしはまだ蒼の所に居れるんだ。

「まぁ、それでもどうするかは、砂那の決める事だから、自分の気持ちに従ったら良いんだがな」

 これで砂那の縛っている(かせ)は外れた。

 砂那は、本当は総本山に行きたいという気持ちを、行って認めてもらいたいという夢を捨てなくてもいいのだ。

「わたし………総本山に行っても良いのかな」

「それが、昔からの夢なんだろ? 行って良いと思うぞ。それに、実は、俺も総本山を目指していたから、行ける人には行ってほしいしな」

 そう言って蒼は笑顔を作るが、その笑顔はどこか寂しげに見えた。

 砂那はベネディクトに聞いて、そのことを知っていた。

 本当の蒼の父親の未国 弘重(みくに ひろしげ)も、育ての親の未国 康弘(みくに やすひろ)も両方共に総本山の囲い師だ。それに、友人の篠田だって総本山に行っている。彼が総本山を目指していたのはごく自然な流れだろう。

 しかし現在、魔法使いの蒼が、囲い師の総本山に勤めることは不可能だ。

 それを考えると、他人の事も考えずに、何とも自分は贅沢な悩みを相談したのかと思う。

 それに、蒼だけじゃない。何人もの囲い師たちが、入りたがっていることだろうか。

「だけど、たとえ俺に囲いが出来たとしても、総本山に行くまでの才能は無かったけどな」

 そう蒼は苦笑いのまま呟く。

 いつもそうだ。彼は自分を落ちこぼれの様に言うが、蒼は砂那が祓えなかった姥ヶ池の大蛇も祓っている。

 砂那は涙をぬぐうと首を振り、蒼には実力があると言おうとして、そこで有ることに気付いた。

 確かに蒼は魔法使いなので、もう総本山に入れないが、砂那が総本山に入り、高い位を貰えばどうなるのだろうか。

 彼は根本的衝動こんぽんてきしょうどうと言う反則技に近いものを使ったとのたとしても、砂那が祓えないものを祓ったのだ。どちらが祓い屋として優れているかは一目瞭然だ。

 それなら、もし蒼が総本山には入れれば、砂那より上の階級になるはず。

 だったら、自分が頑張って総本山で高い位につけば、蒼はそれだけすごいという証明にならないだろうか。

 砂那は急に立ち上がると、覚悟を決めた。

「蒼、やっぱりわたし総本山に行くよ。雇ってくれたベネディクトさんには申し訳ないけど、昔からの夢だから」

「そうか、それがいいかもな」

「うん――――わたし、ぜったい頑張ってみる!」

 必ずあなたの実力を証明して見せる!

 急にやる気を出した彼女を見て、蒼はらしいなっと思った。

 そう、砂那らしい。

 そして、それはすごく羨ましく、彼女が輝いて見えた。

 砂那はそうやって、総本山でどんどんと上に進んでいくだろう。その意思も、才能も十分にある。

「じゃ、改めてだな」

 蒼は立ち上がると、砂那を見た。

「砂那、おめでとう」

「あっ、」

 不安ばかりが先走り、これが良かった事だと考えて居なかった。しかし、これは幼い頃からの夢が叶った瞬間だったのだ。

「ありがとう。みんなのお陰だね」

「砂那が頑張ったからだよ」

 そう言って蒼は笑いかける。

 砂那は少しだけ胸を張って、荒川を見ていた。



「えっ?! 砂那、ここを辞めちゃうんですか?」

 驚いた様子で声を(あら)たげた静香に、ベネディクトは自分のデスクに座ったままゆっくりと頷いた。

「そんな急に………何か有ったんですか?」

「総本山から誘いが有ったんだ」

 ベネディクトの返答に静香は少し戸惑う。

 確かに砂那は囲い師だから、総本山は目標の一つになっているだろう。しかし、アルクィン拝み屋探偵事務所でも楽しくやっていたはずだ。それを、誘われたからと言って、そんな急に移る事をするだろうか。

 きっと無理矢理に従う様な条件を出されたと思い、静香は表情を曇らせた。

「――――お父さんですね! 私、少し話してきます!」

 スマートフォンを取り出し、事務所を出ていこうとする静香をベネディクトは止めた。

「静香、本人の意思だ。気持ちよく送り出してやろうじゃないか」

「だけど………」

「砂那はまた遊びに来るとも言っている。二度と会えない訳でもないんだぞ」

 そう説得されても、まだ腑に落ちないのか、静香は「うぅ――――っ」とうねり声を上げ、ベネディクトを背にして、真っ赤なソファーに乱暴に腰を下ろした。

 そんな不機嫌な静香に、ベネディクトは溜息を吐くと、新しい解釈を与える。

「それに、お前にとって、これはチャンスだろ? 要らぬお邪魔虫が自ら消えるんだぞ」

 その台詞の意味を考えた静香は、ピクっとだけ身体を動かせた。

 確かに、砂那が総本山にいけば、蒼の部屋に入り浸る時間は減るだろう。いや、職場が変わるのだ。もう蒼の部屋に寄ることも無くなるかもしれない。

 そうなれば、断然有利になる。

「何のことを言ってるか分からないですが………そうですね。砂那は囲い師だから、気持ちよく見送ってあげることにします」

 機嫌よく答えた静香の台詞に、ベネディクトはやれやれと再びため息を吐いた。

「そうだ、そうしてやれ」

 しかし、ベネディクトから静香の表情は見えなかったが、彼女は唇を尖らせたままだった。

 すいません、やっとです。

 たまに起こる、絶不調と書く時間が無いのとで、まるで油絵の作業みたいになって居ました。


 少し書いては閉じて、次の日は、〜は、を、〜がに変えて閉じて。

 なに、この作業? と思う様なことをしてました。

 ここからは、少しかける時間が出来るので、少しでも進むことを期待したいです。


 とにかく、頑張って書いて行きます。



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