親
未国 康弘は砂那を引きつれ、総本山本部の建物から出ると、庭を越えて、敷地の端にある〈離れ〉にやってきた。
その〈離れ〉は敷地にある他の建物とは違い、鉄筋コンクリートで出来ており、入り口には鉄製の頑丈な扉が設置され、窓には物々しい鉄格子がはまっている。
二人は建物に入っていく。中には監視部屋があり、康弘は会釈してから奥に進んでいく。
再び頑丈な扉があらわれ、その扉の前に康弘が立つと、自動で扉が開いた。
中には地下に続く階段があり、階段を下りていく。
階段を下りた先には窓に鉄格子のついた、独房のような部屋が二つあり、その部屋の一つの簡易ベッドに蒼が腰掛けていた。
鉄格子の付いたドアは開いたままだったが、その中に入っていると、どうしても捕まったように見えてしまう。
砂那はあわてて蒼に駆け寄った。
「蒼っ!」
「砂那………来てくれたのか。後で連絡をしようと思ってたんだが、その、心配させて悪い」
言い訳をする蒼に近づくと、砂那は自分の頭を彼の胸に当てた。
「もう。――――心配した」
蒼の胸には、もたれ掛かる彼女の重みと、罪悪感が現れる。
こんなにも心配させるなら、もっと早く伝えるべきだった。
「………ごめん」
蒼はそんな砂那を受け止めるように、左手で彼女の頭を包み込む。そんな様子の二人に、康弘は一つ咳払いをした。
「あーっ、私はすこし席を外すが、今はまだ監視カメラは生きてる。蒼、妙なことだけは控えてくれよ」
「そっ、そんなことしませんよ!」
階段に向かう、嫌なニヤケ顔の叔父にそう否定してから、まだ自分にもたれたままの、砂那の頭を撫でた。
飾りっ気が無さそうに見えても、やはり女子なのだろう。ブラッシングを欠かしていないような、癖がなく、しなやかで柔らかな髪質。
いつも近くにいたのに、初めて知る感触だった。
そこで砂那はあることに気付く。
「………右腕」
「あぁ、俺の右腕は使い魔だから、この空間に入れられなくてな。預けてあるんだ」
蒼の右腕は、肩の少し下あたりから無かった。
「心配をかけてごめんな。だけど、これは捕まったわけじゃない。俺の魔法が、その、何だ、………不安定だから、調整のために魔法が使えなくなるこの施設を、無理を言って使わせてもらっているんだ」
蒼は曖昧にそう説明する。魔法を知らない砂那には説明しにくい内容なのだろう、彼女は解ったと頷いた。
「だから、しばらくの間はこの施設にいないといけないから、ご飯とか用意が出来なくなる。悪いな」
何度も謝る蒼に、砂那はそのまま首を振った。
「もしよかったら、俺が帰るまで叔父さんの家で晩御飯を用意してもらおうか? それなら静香も喜ぶだろうし………」
「いい。家で自分でするから」
「………そうか」
砂那はゆっくりと頭を離し、顔を上げた。
「――――待ってる」
心配をかけまいとしているのか、その表情は笑顔だった。
「早く帰るように努力するよ」
「解った」
そう頷いてから、砂那は後ろを向き唇を噛み締めると、早々と階段を上っていく。
まだまだ彼と一緒に居たいのだが、これ以上ここに居れば、きっとわがままを言ってしまい、彼を困らせることになってしまう。
砂那が去った後に、蒼は苦しそうに目を強く閉じ、独房にある簡易ベットに深く腰を下ろした。
「もう良いのかい?」
想像よりも早く地下から上がって来る砂那に、康弘はそう問いかけた。
「はい」
先ほど蒼といた涙目とは違い、鋭い目に戻った砂那は短く答えて足早に進んでいく。
コンクリートの建物から出て来た砂那達を、総本山の人々が待ち構えるように人だかりが出来ていた。
敵意に満ちたような目や、物珍しいものを見る目が交わる中、その人々に目を向けることも無く、こぐろと八禍津刀比売を引き連れ、彼女は堂々と真ん中を歩いて行く。
同じ総本山で働いている人間だが、こんな騒ぎを起こした者を、このまま帰して良いのだろうか?
誰もがそう疑問に感じたが、あれほどの実力を見せられた後だ、誰も彼女に声をかけることが出来ず、行く手を邪魔することも出来なかった。
壊れた門には、砂那の父親の折坂 善一郎が佇んで居たが、争うそぶりは見せず、彼女から顔を背けたままだった。
砂那も目線も合わさず、その横を通り過ぎる。
二人はお互いの存在を否定したように目を合わせない。
このままでは親子関係すら破綻してしまうかもしれない。そう感じた康弘は、砂那に声をかけた。
「砂那君、その、色々と誤解があったようだが、いつでも君があの場所に入れるようにしておくから、いつ来て良いからね」
そんな康弘の優しい言葉にも顔を向けず、前を向いたまま答えた。
「結構です! わたしは来ません――――もう、二度と」
結局、誰とも目を合わさず、一度も振り返ることなく、砂那は壊れた門から出ていく。
破壊された門の先には、ベネディクトが腕組みをして待っており、後部座席の扉を開けたままの軽バンが停まっていた。
「砂那、乗れ」
砂那は素直にその言葉に従う。
「今回の件で、何か問題があるなら言ってこい! 責任は全て私が取る!」
大声でそれだけを伝えると、ベネディクトも運転席に乗り込み総本山を後にする。
人々は軽バンのテールランプが見えなくなるまで、その場所を動くことが出来なかった。
強烈な印象だけを残し、折坂 砂那は去っていった。
これがあって以降、総本山の人々は、誰も砂那の事を折坂の娘と呼ぶ者は居なくなった。
砂那が帰った後、再び康弘は蒼の元にやって来た。
「砂那君は帰ったよ」
「そうですか。わざわざ砂那を連れてきてくださって、ありがとうございます」
その場所は魔法が使えないので、使い魔のこぐろからの情報も得られず、砂那がどう言った行動でここまで来たのか知らない蒼はお礼を言った。
「………」
そして、片手で寝床を整えている蒼は、ただ自分を見ている康弘に気付いた。
「どうかしましたか?」
「………蒼、お前は砂那君とは仲が良いのか?」
突然の問いかけの意図は解らないが、蒼は素直に頷いた。砂那が毎晩のように彼の部屋でご飯を食べているのは事実だからだ。
「はい。だけど仲が良いと言っても、友人とか同僚としてですよ。そんなに深い仲って訳じゃないです」
「でも、彼女の父親の善一郎ともめたのだろ?」
そのことの報告を受けていたのだろう。蒼はバツの悪そうに目線を外した。
「すいません、こっちから頼んだことなのに。だけど、それと砂那とは関係ないです。あの、魔法の事で色々言われて、すこし頭に来たっていうか………」
言い訳をする蒼を止めて、康弘は話しを続けた。
「いや、責めているわけじゃ無いんだ。………お前が砂那君と仲が良いのも、善一郎に対して怒っているのも知っている。あいつが砂那君に取っている状況に腹が立ったのだろう。東京まで来たのに、ずっと無視したようなあいつの態度にな」
図星の様に口を閉じる蒼に、康弘は言いにくそうに溜息を吐いた。
「仲が良いなら尚更そう感じるだろう。だがな、それは許してやってほしい。これには、お前の親父も関係があるからな」
思ってもみなかった台詞に、蒼は思わず康弘に詰め寄った。
「ちょっと待ってください! 親父が関係があるって、どう言う事ですか?!」
砂那は、父親の善一郎に認められたいと頑張り、ついに、高校生と言う若さで総本山に引き抜かれるほどの実力をつけたのだ。それなのに善一郎はまだ彼女を認めていないのか、離れて暮らしている。近くにいるのに一緒に暮らせず、彼女は寂しい思いをしているのだ。
その理由が自分の亡くなった父親にも関係あるなんて思えない。これはどう考えても善一郎だけのエゴだ。
それに彼は蒼に言い切ったのだ。砂那の想いよりも大切なものが有ると。
この状況に、自分の、しかも、もう亡くなった父親が関係していて、砂那を苦しめているとは思えない。
なのに康弘は頷いた。
「蒼、お前は、自分の父親が、何の仕事をしていると聞いていた?」
砂那の家族の話で、なぜ自分の父親の話が出てくるか解らない蒼は、戸惑いながらも答える。
「保険の調査員ですが………」
こんな事は叔父の康弘だって知っているはずだ。なのに康弘はゆっくりと首を振った。
「実は違うんだ。――――兄貴は、亡くなるまで総本山に居た」
「総本山に居たって、親父は辞めて無かったんですか?」
父親は母親との結婚と同時に、母方の籍に入り、総本山を辞めたと聞いていたのだが、それは嘘だったのだろうか。
蒼の戸惑いに、今度は康弘は頷いた。
「兄貴はずっと、総本山の魔法取締局に居たんだ」
「魔法取締局に!? どういうことですか?」
今までの知らなかった事実に蒼は固まる。こんな話は今まで聞かなかった。
「蒼、魔法取締局と言うのはな、お前の父親が作ったものなんだ。日本を訪れる魔法使いたちが増えだし、その者たちが犯罪に走った時に、今の日本の警察には止める手立てが無いと、兄貴が上に申し立てて出来た組織なんだ」
蒼は言葉もなく、ただ康弘を見ていた。
親父がそんなことに加わっているとは思いもよらなかった。
「しかし、出来上がった魔法取締局は危険な任務も多いし、お前たちに心配を掛けたくなくて隠していたんだろう。そして、その心配は現実のものとなってしまった。――――ある魔法使いを捕まえ、退去強制した後に、その魔法使いが所属していた過激な団体が、兄貴に報復したんだ」
「じゃ、親父が死んだのは交通事故じゃなく、その魔法使いに殺されたんですか!」
「そうだ。お前の親父と母親は、魔法使いに殺されたんだ」
苦しそうに康弘は話し、蒼は信じられない様に下を向く。
今の今まで信じていた両親の死亡原因が嘘で、そこには魔法使いが絡んでいた。
「どうして、どうして今まで教えてくれなかったんですか!」
「お前はまだ小さかったし、その後も魔法を習いだしたから言いにくくてな。すまない」
両親が亡くなった当時、蒼は中学一年だ。引き取った康弘も苦渋の判断だったのだろう。
蒼は、今まで知らされていなかった内容に苛立ったし、今は居ない両親に裏切られた感情も湧いてきたが、よくしてくれる叔父をそれ以上責めることは出来なかった。
「………それで、親父たちを襲った魔法使い達はどうなったんですか?」
「そのあとすぐに、折坂たちが全て潰したよ」
ここまで聞いて、蒼にはやっと康弘が言いたかったことが解った。
これは、蒼が知らなかった両親の話をしてくれているだけではない。ここに繋がっているから話したんだ。
そう、砂那にだ。
「――――そんな事があったから、砂那のお父さんは砂那を避けていたんですね」
それが、砂那の父親が彼女を避けている理由で有る。
康弘は真剣な眼で頷いた。
善一郎の言った、娘の想いより大切なものとは、地位とか名誉とかそんなものでは無かった。
彼は、ちゃんと父親をしていたのだ。
彼が言った娘の想いより大切なもの。それは――――、
娘の命だった。
嫌われてでも、非難を受けても、守り続けていたもの。
「団体を潰したと言っても、残党が居る可能性もある。それに、魔法取締局にいる以上、いつ兄貴の様に逆恨みを買うかも知れない。善一郎は、娘を突っぱねることで彼女を守っているんだ」
蒼は天井を仰いで、唇を噛む。
解ってから思えば、何と言う事を善一郎に言ってしまったのだろう。
砂那を無視して、辛いのは彼も同じだったはずだ。それでも、善一郎は砂那を守るためそうしたのに。
「だけど、そんな辛い思いをしても、あいつは兄貴の作った魔法取締局に居続けてくれたんだ」
蒼は唇を噛み締めたまま、簡易ベッドに力なく座り込む。
まだまだ自分は子供で、親の気持ちを理解してなかったのだ。
この辺りは一番書きたかった辺りなのに、何度もつまりました。
来月からまた一層忙しくなるな。ちくしょう。
とりあえず頑張るぞ。




