表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

初日

この物語に出てくる、所在地、団体、及びに、心霊関連は全てフィクションです。

 そして、わたしたちは対峙する。

 わたしの想像していた通りの彼と、少し早めに咲いた、ライラックの甘い匂いが漂う中で。

 ハート形のかわいい花びらが揺れ、わたしの右手首が宙を舞う。

 しかしそれは、痛みより落胆(らくたん)の感情の方が大きかった。

 だって――――。

「蒼、一歩、遅いよ」

 彼の、瞬きするような、ほんのわずかな躊躇(ちゅうちょ)のせいで、間に合わなかったから。



一  総本山



 イライラした様子で、三十代半ばの()AA(ダブル)〉クラスの瀬戸 洋介(せと ようすけ)が建物から少し離れた場所で待っていた。

 バブル時代に建設された三棟(さんとう)の団地。

 そこは老朽化が進み、取り壊されることとなったのだが、解体業者から霊が出ると総本山に依頼が来たのだ。

 瀬戸(せと)は二人の若い囲い師を引き連れやって来て、依頼主に説明している間に、その囲い師達に二十四囲いの、お札を地面に刺す貼り手(はりて)を頼んだのだが、その貼り手(はりて)の二人はまだ戻ってこない。

 二十四枚のお札を地面に刺すだけの、簡単な行為だというのに、二人して何をしているのであろうか。

 最初でこんなに時間を掛けては、残り二棟(ふたとう)にどれほど時間が掛かるのか見当も付かないし、依頼人の解体業者にも不振がられてしまう。

 それに、ここの悪霊は危険なので素早く片付けてしまいたかった。

「くそっ! こんな事なら、さっき電話番号を聞いておくんだった」

 瀬戸(せと)は小声で、依頼人に聞こえないようにそう呟いた。

 若い貼り手(はりて)の一人は、総本山に入りたてで、まるで常識を解っていない。学生気分のままで仕事に来ているのか、お札を刺しに行く前に瀬戸の電話番号を聞いてきた。

 祓いの前に電話番号を教えろなど、呑気(のんき)なものにも程がある。一体、仕事を何だと思っているのだろうか。その時は「今はそんな事をしている時間は無い!」と一喝(いっかつ)してやったが、それでヘソでも曲げたのだろうか。

 全く、最近の若い者に多い勘違いで、親が総本山で位が高いからと言って、自分まで位が高くなったつもりでいる。

 親の七光りだけで、使えない貼り手(はりて)だ。これなら、嫌味が多いがきっちりと仕事をこなす、篠田のほうに来てもらえばよかった。

 一度、しっかり教育をしなくてはいけない。

 そう思っている所に、その若い貼り手(はりて)が戻ってきた。

 色褪(いろあ)せたピンクのスニーカーで、しっかりとアスファルトを踏みしめ、こんなにくそ暑いのにも係わらず、ロングコートをなびかせて、もう一人の貼り手(はりて)の前を堂々と歩いて帰ってくる。

 後ろを歩いている貼り手(はりて)は、どこか呆れ顔だ。

「遅い! 何をチンタラやってるんだ!」

 怒りを表す瀬戸に、砂那は焦りの表情を浮かべ、後ろの貼り手に(たず)ねた。

「えっ? 翠さん、わたし遅かった?」

「いえ、多分、(るい)を見ないほどの最速よ」

 その翠の意見に、瀬戸は(さら)に怒り出す。

「どこが最速だ! ちゃんと二十四枚刺して来たのか!」

「いえ、わたしの見極めでは、十六囲いだったので………」

「十六しか刺さなかったのか? お前の見極めはどうなってるんだ? この悪霊が十六では祓えないのが解らないのか! しかも、十六にこんなにも時間を掛けやがって!」

「すいません!」

 砂那は素早く頭を下げてから、翠に小さな声で尋ねた。

「二十四囲って、やっぱり三棟(さんとう)全てを、一気に囲うつもりだったのかな? さすが総本山ね。そんな広大に囲うのは、わたしには無理ね」

 砂那のその台詞に、翠はため息まじりに首を振る。

「違うわ、あなたと瀬戸さんの話が食い違ってるだけよ」

「何をコソコソ話してる! とにかく、早く二十四枚刺し直しに行くんだ!」

「えっ? まだ(・・)何か祓うんですか?」

 砂那は驚き、意味を理解出来ない瀬戸は、お互いの顔を見たまま不思議な顔で、何度か瞬きを繰り返した。

「………まだ?」

 そんな二人のやり取りに翠は呆れ顔だ。

「だから言ったでしょ。祓っては駄目だって」

「あれって、本当だったんだ」

「おい、祓ったて、どう言う事だ?」

 意味の解らず、眉間にしわを寄せながら瀬戸が翠に聞く。

「霊は彼女が祓ってしまいました」

「祓ったのか?」

 瀬戸は大きくため息を吐いた。

 せっかくの段取りが狂ってしまった。これだから素人は困るのだ。貼り手の意味すら解っていない。しかし、それなら、これ程まで時間が掛かったのも解る。

「祓ったのか。まぁ、でも、祓ったものは仕方がない。とにかく次の(とう)に行って貼り手とは何なのか教える」

「えっ? まだ(とう)があったんですか?」

「あと二棟残っている」

「まだ、二棟も有るんですか?」

 ここに来ても、まだ話の食い違っている二人に対して翠は首を振った。

「違います」

「何も違わない。――――この棟の浄霊は終わりました。次の棟に移動して祓いを続けます」

 依頼人にそう説明して、瀬戸は前を歩いていく。そして砂那に対して、依頼人に聞こえないように小声で説教じみたことを言い出す。

「いいか、貼り手とは………」

 砂那は彼の隣に並び歩くと、素直に言われた事をメモしていく。

「待ってください。だから、違います」

「さっきから何だ? なにが違うんだ?」

 あまりにしつこい翠に対して、瀬戸は立ち止り聞いた。

「だから、折坂(おりさか)が祓ったんです。全て(・・)

 瀬戸は翠の言っている意味を理解しようとするが、今一つ何が言いたいか理解できない。

 一つの(とう)を全て祓ったのは解った。しかし、団地はあと二棟ある。

「だから、次に移動すると………」

 理解していない瀬戸にもう一度言った。

「そこも、折坂が祓い終えてます」

 ようやく彼は翠が何を言いたいか解ったが、理解しきれなかったのか半笑いで答えた。

「冗談を言うな。全て祓ったとは、三棟(さんとう)全てか? こんなこと、この短時間では不可能だ」

 この短い時間でこれほどの悪霊達を、三棟すべてなんて祓えるなんて自分には無理だし、そもそも、そんな囲い師など、総本山の中でも見たことは無い。

 冗談と思っている瀬戸に、翠はしぶとく答えた。

「本当です。三棟とも全て祓い終えてます。それも、私が手伝わずに、全て折坂一人で」

「………本当なのか?」

 ようやく瀬戸は驚きの顔で、隣の砂那を見た。砂那は不思議そうに頷く。

「はい。だって、これってわたしの実力を見る試験ですよね?」

「………」

 どういう説明を受けてこの現場に来たのか解らないが、砂那の発言に瀬戸は言葉を失った。

「それに、翠さんは祓うなって言ったけど、祓っても良かったですよね? この程度(・・・・)の悪霊に囲い師が三人も要らないはずだし」

 砂那が言ったこの程度と言う悪霊は、そこそこ霊力(ちから)のある悪霊だ。秒〈A〉では対処できないと思われ、()AA(ダブル)〉の瀬戸が呼ばれるほどなのだから。

 彼女は当然のようにそう言ってから、恐る恐る尋ねた。

「でも、他に(とう)が有るのは見逃していました、すいません。これって、減点ですか?」

「………まずは確認してからだ」

 瀬戸はみんなを引き連れ、三棟を全て霊視してから翠だけを呼び、砂那と依頼人から離れると尋ねた。

「どうやったんだ?」

 確かに翠の言ったとおり、すべての建物の悪霊は綺麗に祓われていた。

「特別なことをした訳ではないです。ただ、建物ごと囲って祓っていただけで」

 お札を張る作業に、使い魔のこぐろを使っていたのが、砂那に口止めされたので、そこだけは伏せておいた。

 瀬戸も建物ごと囲おうとしていたのでそこは同じだ、解る。しかし、こんなに早く祓う方法がわからない。

「二十四囲いでか?」

「いえ、十六です」

 瀬戸は思わす節句だ。

 さきほど無理だと言った十六囲いで、綺麗に祓われている。しかも、この速さだ。これは、生半可なレベルでは無い。砂那はただの親の七光りだけでは無いと分かった。

「………これを、十六でか?」

 速さだけでない、自分では祓えなかった囲いの数に、瀬戸はもう一度、その大きな建物を見上げた。

 翠は少しだけ口元をあげ、依頼人の近くに居る砂那を見る。

 奈良では自分の実力がわからず、ずっと足掻いていたのだ。今は()AA(ダブル)〉クラスの瀬戸でもできないほどの実力があると、彼女に伝えてあげようとしたが、思わず翠の足が止まる。

 さきほどまで、他の棟を見逃していたと不安を口にしていた砂那は、暑いのに未だにロングコートを脱がず、睨んだ様子でその団地を見て唇をかんでいた。

 それはまるで、納得できない様子で。

 ()でも囲えないような速さで祓って、一体何に納得していないのであろうか。

 その時の翠には、まだ、砂那のその表情の理由がわからなかった。

 すいません、ダンディーライオンの後書きで、次は待たせないと嘘をついたオトノツバサです。

 いや、構想は出来上がっていたのですよ。だけど、書く時間が。

 まあ、ここで言い訳をしても始まらないし、言い訳は活動報告の方で山ほどします。

 今回は内容で悩むことは少なく、書く時間の方で悩むと思いますが、頑張って書いていくので、どうか、見捨てないでね。

 せめて、これを読んでいるあなたには、最後までついてきてほしいと願いつつ、二話目を書きます。

 ちょっと眠いが、もう少しだけ。

 ちくしょう! 頑張るぞ!


 次回は、なぜ、砂那が総本山に行ったのかがわかります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ