片思い *1*
近所のエステやスーパーの広告、ガス料金のお知らせ、夕方の新聞、地域新聞。
いくつかのスーパーの袋がぶら下がる手で、ポストに届いた手紙たちをテーブルに落とす。
白を基調にしたテーブルの天板部分はガラス仕様になっていて、下においた収納ボックスから雑誌がのぞく。
そろそろ月も替わるし、雑誌も入れ替えてチェックしないと。
アクセサリーを外して、鍵を棚にかける。
冷蔵庫に入れないといけないものだけ先に入れて軽く手を洗い、そばに立てていたコップに水を注ぐ。
「ん?」
さっきテーブルに置いたカラフルな手紙の束からひとつだけ、真っ白な封筒がのぞいている。
見慣れない白さに疑問を抱き、コップを片手にテーブルのもとへ近づいて手に取った。
丁寧なかわいらしい字で私の名前が書かれている。見覚えのある字だった。
裏面を確認すると、よく知った名前が並んでいる。
――――――――――
広瀬 孝哉
柚希
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結婚、するんだね。
コップの水を少し口に含み封を切ると、招待状とは別に小さなメッセージカードが滑り出してきた。
「久しぶり! 元気ですか? お互い忙しくてなかなか会えてないね。咲良に会いたいです。ぜひ、来てください」
私のために、わざわざ入れてくれたのだろう。
送り主は高校の同級生。全然連絡を取り合えてないのに、忘れないでいてくれたという事実が嬉しい。
日付は大丈夫。月始めだから締め切りを終えたばかりの一番余裕のある時期だ。
服は結婚祝いのプレゼントも渡さなきゃならないし、新品を買うのはあきらめたとして……。パーティドレスは実家に一枚あったはずだ。
「柚希ちゃんって、高校の時の? 懐かしいわねー」
食事を終えて、お母さんに電話をする。自分で取りに帰ってもいいんだけど、スケジュール的に無理そうだったのでドレスは送ってもらうことにした。
食後の片付けの終わっていないテーブルで温かいコーヒーをすする。
「もうそんな年なのね……あんたはまだなのー?」
はあ、やっぱり言われた。
別に結婚しなきゃいけないわけじゃないし、急かされているわけでもない。むしろ私の家続は他の家庭に比べると結婚に執着していないほうだと思う。
今のもお母さんにとっては冗談だったかもしれない。
でも、それでも。
やめてよ。今だけはやめて。そんなこと言われたら、いやでも現実を受け入れなくちゃいけなくなるじゃない。
「仕事楽しいんだもん。今の私の恋人は仕事なの。――うん、わかってるよ、じゃあね」
そう言って電話を切ると、コーヒーを飲みほして立ち上がった。
食器を重ね、キッチンに運ぶと食器洗浄機に入れていく。
単純な作業をしながら、さっきの自分の言葉を反芻していた。
「私の恋人は仕事なの」
仕事が大好き。それは本当。
大学卒業と同時に就職した出版社は私に合っていた。希望通りファッション誌の編集部に配属されたこともあって、積極的に仕事をする私は少しずつ評価ももらえるようになってきている。
結婚はしたいし、出会いもないわけじゃない。多くの女性と同じように、結婚に対するあこがれもあるし。
告白されたことだってあるし、きっと誰かと付き合おうと思えば一人くらいは付き合っていたのかもしれない。
――なんて、そんなわけないでしょ。
自分で自分を笑う。そんなことが、できるわけがない。いつだって、あのひとのことが好きだったんだから。
でも、と自分の中にいるもう一人の自分が呟く。
しょうがないじゃん、もう結婚しちゃうんだから。私がずっとすきだったあのひとは、結婚しちゃうんだから。