空中ぶらんこ *1*
試合終了後、チームメイトよりかなり早く着替え終わった俺は先に表へ出ていた。わりと大きな大会だったため、更衣室も比較的きれいなほうだったが、それでもあの汗臭いところに長くいるのはあまり好きじゃない。
夕日を浴びながら、涼しげに水をはねさせる噴水を見つめる。
まだまだ夏の名残は残っていて、体から吹き出す汗がべたべたとして気持ち悪い。
「広瀬くん!」
自分の名を呼ぶ声に振り返る。
「あの、これ……差し入れなんだけど――」
背後にはミニスカートで脚を大胆に露出した女の子。髪はきれいにお団子にしてあって、メイクもばっちり。
今日ここへ来た目的を全身で表現しているようだ。
「受け取ってくれる?」
ほら、手に持ったおしゃれな紙袋からは小ぶりのタッパーがのぞいている。
手作り、か。気合い入ってるね。まったく、しょうがないな。
「やっぱり手作りはだめ……だったかな」
「いや、大丈夫。ありがとう、受け取っとくよ」
そう言いながら手を差し出す。
正直ここまでされると厄介というか面倒だけど――
「これからも頑張ってね!」
はい、頑張ります。満面の笑みになった彼女に、俺はにこ、と笑った。
遠ざかるその背中を見送りながら、俺はひとつ小さなため息をついて紙袋をかばんの隣に置く。
かばんの中へ入れるようなことはしない。そんなのただの手間だ。
俺のじゃないからな。誰への差し入れかなんて、聞かなくても分かる。俺は今までに何度も代理で渡してきているのだから。
正直、面倒くさい。それでも、ほんの一瞬沈黙になっただけで不安そうに紙袋を下げかけた彼女を相手に、「自分で渡したら?」なんて突き放すような真似、俺にはできなかった。
高校に入学してもうすぐ半年。サッカーが強いと有名な高校へ進学した俺は、なんとかレギュラーの座を手にしていた。やはりレギュラーで居続けることはなかなか難しくて、最近ミスが続く俺は少し危ないのだけれど。
そんな中、同じ学年で一番早くにユニフォームを手にし、その後も揺らぐことなくレギュラーでいる奴がいる。うちの大事な得点源の遼だ。
遼はシュート力に長けたプレイヤーで、その決定力はうちのチームでも群を抜いていた。
俺なんかとは全然違う。そもそもポジションが違うし僻むつもりはないが、俺にはあんな風に大胆なプレイはできない。
さらにあいつは容姿も完璧、性格も明るく、人懐っこい。一番目立つタイプだ――とくれば、人気が出ないわけがない。
その人気ぶりは憧れや妬みを通り越してあきれてしまうほどで、練習では遠巻きに遼を見つめる女の子の姿が毎日のように見られ、試合のたびに差し入れが届く。
正直、こんな奴が現実にいるとは思っていなかった。どこぞの青春ドラマの話かと――
「あの……」
振り向くとまた違う女の子が後ろにいた。
もう、頼むから一緒に来てくんないかな。
「もしかして遼? 遼ならまだ……」
遼くんってどこにいるかな。次こそそう聞かれるだろうと先に口を開く。
数多い遼のファンの中でさっきの子のように俺に預けるのはまれで、ほとんどは俺に居場所を聞くと自分で直接渡しに行く。せっかく自分で届けに来たのだから、少しでも顔を覚えてもらいたいのだろう、当たり前だ。
それにしても。
いつも見かける子とはタイプが違う。
素朴な印象の子だ。髪は肩辺りできれいにそろえたショートヘアで、つぎはぎ柄のロングスカートが風を受けて膨らむ。少し小柄だが同じくらいの年だろう。
こんな子も遼目当てで来るようになったのか。ファンの層が拡大してき……ってやめてくれ。これ以上、こんな役目が増えたら、精神的に危ない。
しかしその女の子は小さく首を振った。
「違うの。ま、迷っただけで……」
迷う? この会場で?
――どんだけ方向音痴なんだ、この子。
サッカーの試合会場なんてただの運動場だぞ、極端な話。
「西側の出口ってどこのことか、わかる?」
「あぁ、それなら――あっちだと思うよ」
彼女はうつむきながら、恥ずかしそうに笑った。
そのはにかんだ笑顔が胸の奥までまっすぐ入り込んでくる。
「ありがとう、孝ちゃん」
……え。今、孝ちゃんって。
一瞬黙ったうちに彼女はじゃあ、と背中を向けて立ち去っていった。
彼女の笑顔が残像となって頭から離れない。名前くらい聞いておけばよかったかな。
それが、始まりだった。