変なの *1*
あくびを噛み殺しながら、頬杖をついて空を見上げる。空ではちぎれた雲たちが所在無さげに宙をさまよっていた。
朝学校で勉強するようになってから、こうして空を見ることが多くなった。今日はどんな空かな。どんな雲が流れているのだろう。
グラウンドに目をやると、生徒の姿はすでにどこにもない。つい数分前までは朝練をしている陸上部員たちが走りまわっていたが、きっと今頃は朝礼に間に合わせるために必死で着替えている頃だろう。
「広瀬さん」
ふと聞こえたその声に窓の外から教室へと意識を戻すと、それは私の前の席からかけられた声だった。
「あの、どうかした?」
「ん、別に何もないよ? 倉本くんこそどうしたの、突然」
話しかけてくるなんて珍しい。その言葉を喉の奥に押し込む。
彼の声を聞いたのなんていつぶりだろう。元々口数の少ないらしい彼とは席替えをした直後によろしくね、と一言交わしただけで授業中指名された時以外ではあまり聞いたことがなかった。
「いや……なんだか疲れてるみたいだったから」
「受験生だもん、ちょっとくらい疲れた顔もするよ」
「……あ、そうだよね。急にごめん」
彼は急に顔を赤らめてそそくさと身体を前に戻してしまった。
また空に目を戻すと、様々にちぎれていた雲たちがいくつか身を寄せ合うようにくっついていて、奇妙な形を作り出していた。
雲も、倉本くんも――
変なの。
塾を出て、息が白いことに驚く。いくら秋だとはいえ、もう空気は十分に冷たい。夜空には雲ひとつなくて、電灯が少ないこの町ではよく星が見える。
通りかかった公園に、ベンチに腰掛ける人がいた。人通りも少ないこのあたりで公園に人がいること自体が珍しい。
腰折ってるし、気分でも悪いのかな。少し心配になって目を凝らす。
あのブレザーは……うちの学校? その背中に見覚えがあった私はほんの気まぐれで隣へ座る。
「何してるの?」
「ひ、広瀬さん……?」
伊達に後ろの席なわけじゃないね。目が覚えていたみたい。
「こんなところで寒くないの?」
「寒いよ」
でも、と彼は身体を起こした。
「こいつが寒がるから」
「猫……?」
真っ白の小さな小さな猫が彼のお腹からのぞいていた。うとうとしていたのか、目がうるんでいる。とろんとしたその目は無防備で、倉本くんに全てをゆだねていることが分かる。
「まだ子猫だから、放っておけなくて」
「いつもこうしてるの?」
猫を見つめながら彼はこくり、と頷く。
「餌やってるから、そのついで」
そばには湯気をたてるミルクとパンの耳が入った袋がある。
「普段は朝ごはんの残りなんだけど。兄ちゃんが珍しく早起きだったからいっぱい食べられちゃって、こいつの分残んなかったから作ったんだ」
牛乳と食パン買って、やわらかくしてやっただけだけどね、と笑う。動物が好きなんだろう、いつもとは比べ物にならないくらい饒舌だ。
「お兄ちゃんいるんだ。うらやましい」
「なんで? 全部兄ちゃんに盗られるんだよ」
倉本くんが少し不満げにそうこぼす。確かにそうなんだけど。
「でもにぎやかで楽しそう。一人っ子だと結構寂しいよ」
あ、でもお父さんとお母さんはラブラブかも。毎月のようにお花買ってきたりするし、いつもおそろいの歌ハミングしてるし。
私がそう言うと「十分楽しそうな家族だよ」と彼も笑った。
かじかむ手に息を吹きかけ、どちらからともなくお腹の虫が鳴く。私たちは少し照れながら、顔を見合わせた。
「寒いね」
「お腹もすいたしね」
「なんか暖かいもの、食べようか」
目の前にあるコンビニへ入る。
肉まんもいいな。フランクフルトもいいな。あ、チキンでもいいかも。うーん……
どうせ何度も来るんだから、違うものを買えばいいのに、なぜかいつも同じ、好きな物を買ってしまう。冒険してまずくても嫌だしなあ。
どうしても決まらなくてそっと倉本くんのほうを覗き見ると、彼はもうとっくに買い物を終えていて、その手にはあんまんがあった。思わず頬が緩んでしまう。期待を裏切らないんだから。
私もたまにはあんまん食べてみようかな。
私がレジで支払いを始めたとき、彼はなぜか募金をしていた。