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ふらここ  作者: 美谷咲夢
第4章
12/15

マリーゴールド *2*




「ねえ、プロポーズは?」


 きっとこの子はロマンチックなものを期待しているんだろう。でも、ごめんね。


「お母さんからよ」


 真奈がええっと驚きの声をあげる。


「女に言わせるなんて……」


 お父さんにも言われたよ、それ。


「いいじゃない、孝ちゃんもそう思ってくれてるなら」


 私はそう言ったけど、お父さんは納得いかなかったみたい。いつまでもため息ついてたわ。


『そういう問題じゃ――せめて格好くらいつけさせてくれよ』


「お父さんかわいそう」


 真奈もくすくすと笑いだす。想像がついたのだろう。お父さん、今も昔も変わらないからね。

 だけど。どっちから、っていうのはそんなに大事かしら。

 人間だから合わないところだってある。それでも一緒になりたいと願って、彼もそう願ってくれた。それだけで私は十分素敵なことだと思ったのよ。

 鍵が開いてまた扉を開け閉めする音がする。


「ただいまー」


「お父さん! お帰りー」


 真奈はにやにやしたままだ。

 私は立ち上がっておかずやごはんをよそいながら声を張る。


「夜ごはん、麻婆豆腐なんだけどご飯にかける? そのまま出す?」


「あーどっちでもいいよー」


 着替えているのか、遠くからそのこえが聞こえる。どっちでもいいっていうのが一番困るっていつも言ってるのに。


「やっぱかけてー」


 お皿を出しかけてから、その声が聞こえたのでわずかにむっとする。


「あ、やっぱそのま……」


「わかった、そのままね!」


 次に何か言われる前にお皿に流し込む。


「もう優柔不断なんだから……」


 思わずそう呟き、額をおさえる。

 でも次の瞬間、目の前には小さな花束がつきだされていた。


「ごめんって。ほら、今日は黄色」


「またお花ー?」


 ダイニングから真奈が呆れた声を出すのも無理はない。お父さんは毎月のように花束を買ってくるからだ。

 ありがとう、と受け取って小さな花瓶を取り出す。水を入れて、花束のリボンを解きながら、真奈に問いかける。


「真奈ちゃん、これ何て花か分かる?」


 さあ、と首をかしげている。


「お父さん、正解教えてあげて」


 ……少しの沈黙。まさか、お父さん――


「悪い。何買ったか忘れた」


 きょとんとした顔をしてから真奈は爆笑モードに入る。私も呆れながら、頬には笑みが浮かぶ。

 きっといろんな花を見ているうちに分からなくなったんでしょ。――私も随分お父さんに甘いな。


「マリーゴールド、でしょ」


 花言葉は「所縁の日」。今日は二人が出会った記念の日だからね。

 どうせちゃんと調べたんでしょう? さっきの嘘はそのことを気付かせないためかしら?


「ありがとう」


 改めてお礼を言う。

 お花も、その気遣いも、すごくうれしいよ。








「ごちそうさま」


 三人が食事を終えると同時に、真奈が立ち上がる。


「あのさ、私からもプレゼントがあるんだ」


 待ってて、と言うとリビングを飛び出していく。


「何かあったのか?」


「いいえ、何も」


 少なくとも心当たりは全くない。お父さんも私も誕生日は遠いし――

 考えているうちに真奈が勢いよく戻ってくる。


「今度のアイコンのコンサート!」


 アイコンというのは、私が若いころからのファンの高橋優梨という歌手がボーカルをやっているバンドの名前だ。彼女はもともとシンガーソングライターで、私とお父さんはその頃から、今では真奈もアイコンが好き。まさに家族ぐるみで応援しているバンドなのだ。


「友達がチケット当てたんだけど、行けないからって譲ってくれたんだ」


 真奈は今にも踊りだしそうな勢いだ。


「それでね、これはペアチケットなんだけど……特別にお母さんとお父さんにプレゼントしたいと思います!」


「本当か?」


 お父さんのテンションが目に見えて高くなる。それを横目で見ながら、私は嬉しいけど、と口を開く。


「でもいいの? お父さんと真奈ちゃんで行ってもいいのよ」


「来月、結婚記念日でしょ。二人で行ってきて!」


 こんなところまで、そっくりだ。やっぱり親子は似るのね、とそっとお父さんを見る。


「ありがとう。じゃあ、二人で行ってくるわ」




 ダイニングのテーブルを拭いているといつの間にかハミングしてる私に真奈が声をかける。


「お母さんまたそれ歌ってるね」


「え、また?」


「うん、いつもそれ。お父さんも」


 ほら、という真奈の声に従って耳を澄ませると、お風呂から聞こえる少し調子の外れた歌声。なんていうか――


「下手くそ」


「だね」


 お父さん、こんなに下手くそだったっけ。

 顔を見合わせると一緒に吹き出した。


「あれ、何て曲なの?」


「ふらここ、よ」


 私たちの、思い出の曲。始まりの曲。


「ふらここ?」


「そう、ぶらんこ、って意味よ」


「知らないな」


 そうね、マイナーな曲だから知らないかもしれないけど、あなたも好きな高橋優梨の曲なんだよ。

 まあ、またそれは気づいた時でいいかな。


「次は、……っと」


 笑みを浮かべながら、腕をまくった。


「さ、洗い物でもしよう」


 持ち上げたグラスの中で、水が少し揺れた。



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