今度は *3*
合宿の時にあったエピソードを思い出して、かっこよかったよなーと呟く。
「サッカーの邪魔になるんなら別れてしまえ、とでも言うかと思ってた」
「だよな。俺も見つかった時、もう終わったと思ってたし」
あれから先輩とは仲良くなることが出来て、今となっては先輩後輩以上の関係だ。
先輩は部活と普段の生活のスイッチがはっきりしている人で、普段はとてつもなく優しい。冗談も言うし、うっかりしたりもする。昔は鬼だと思ってたけど、やっぱり先輩も人間だったらしい。
それでも。
社会人チーム作る、ってなった時に濱崎先輩が「俺は参加しない」と言った時には心底ほっとしてしまったのは俺だけの秘密だ。
「どの写真見ても女の子映りこんでるよな」
孝ちゃんがアルバムをめくりながら、からかうようにそう言ったのを聞いて俺は苦笑する。
「うるせーよ」
「散々代理やら仲介任されてた俺の身にもなれよ、この馬鹿」
確かにこの頃はたくさんの女の子に失礼なことをしてたと思う。遊びで付き合ってたわけじゃなかったし、自分のことを大切に思ってくれる子がいることは感謝してた。
それでも、本気で好きになれた子は――その中にはいなかった。
アルバムを元の段ボールに戻しながら、いかにも今思い出したという風情で孝ちゃんが口を開く。
「咲良ちゃん来るぞ」
「は?」
予想もしない人物の登場に間抜けな声を出す。
「あれ、お前あの子のこと好きだったんじゃないのか?」
「いや、別に? てか、いつの話だよ」
一緒だったの、高校のときだけだぞ。それに同じクラスにもなったことないし。
そう返して残りのコーヒーを飲み干そうとマグカップを傾ける。甘い。底には大量の砂糖がたまっていて、さすがの俺にも甘すぎる。
顔をしかめていると、孝ちゃんがくすくすと笑いだした。
「なんだよ」
これずっと言わないでおこうと思ってたんだけどさ、と前置きして口を開く。
「お前、相当分かりやすいぞ? 強がる時とか、うそつく時、いっつも唇なめんの」
「なっ」
試合に負けて落ち込んでいても、ノリのいいキャラとして見られていた俺は落ち込むこともできず、ひたすら無理に笑っていた。そんな時にも、こいつはこっそり「大丈夫か?」「無理すんなよ」と声をかけてくれていて。
「……以心伝心は俺の気のせいか」
俺の感動を返せ。恨めしげに孝ちゃんをにらみつけるが、孝ちゃんはなおも笑い続ける。
「あ、下唇な」
「うるせ。いい加減黙れ」
ひとしきり笑った後、孝ちゃんは優しくほほ笑んでそう言った。
「まあ分かってたのは俺だけなんだし、以心伝心ってことは変わらないんじゃないか?」
なんか説得力無いけど。まあ、そういうことでもいいか。
結局その日は片付けなんて全くせずに、散らかすだけ散らかして俺は孝ちゃんの家を後にした。
しっかりと締めたはずのネクタイをもう一度締めなおす。徹夜で作ったスライドショーの上映時間がもうすぐだ。自然に胸が高鳴る。喜んでくれっかな、あいつら。少し離れたところにいる新郎新婦を眺める。
柚希、小さい頃からお前のこと見てたけど、今日が一番だ。身に着けたアクセサリー、今日のために伸ばしていた髪、朝から時間をかけてやってもらっていたメイク、最高のウェディングドレス。全部、似合ってるよ。
孝ちゃん、決勝点決めるパスくれた時並みにかっこいいぞ。悪いがお前には今までで一番とは言えない。俺にとっては一緒にサッカーやってたあの孝ちゃんが一番かっこいいからさ。
とにかく。
幸せになれよ、二人とも。
司会のアナウンスを聞いて盛り上がる二人を横目に俺はにやりと笑った。
「じゃあ、俺も頑張ってみますか」
スライドショーが始まり、辺りがわずかに暗くなる。俺は持っていたグラスを近くのテーブルに置くと、さっき見つけた影に向かって歩き出した。
『まだフリーらしいし、頑張れよ』
あの野郎、無自覚と来たか。罪な男だ。ま、孝ちゃんらしいけど。
咲良ちゃん、お前のこと好きだったんだと思うぜ。密かに人気あったんだよ、お前。ひたむきに努力するその姿とか、女の子はそういうのに惹かれるらしいから。
スゥ、と深呼吸をする。今度は俺が幸せになる番、ってわけか。
「二人とも、いい顔してんねー」
振り向いた咲良ちゃんのピアスが微かに揺れた。