百合の花
松明花の匂いがする南の潮風、象牙色の丸い石畳、連なる銀の月が哂う、白花壁と丹色の壁な街並みを背景に人々はお祭り騒ぎ。
夕刻にスペキアへと到着した私たちは失敗の連続。両替商でマネーカードを硬貨に交換するのを忘れ、目玉の大聖堂には閉館時間で入れず、観光客の多さに宿が確保出来ませんでした。
残り少ない硬貨で買った、屋台のシュノッペ(フェットチーネ状のクッキー生地を丸めて揚げたお菓子)を砕きながら食べる。公園のベンチは冷たく、寂しい気分になる。ひよひよは乾燥携帯餌をおいしくなさそうににちゃねちゃ噛締めながら溜息、私も釣られて溜息を漏らす。
「はぁ……これだけ探して泊まる場所がないだなんてねぇ」
「きゅるぅ」
呆れ顔のひよひよは、きっと事前に宿泊所なんて予約位しとけよって言ってるんだろうね。
「このまま公園で野宿なのかな。せめてお風呂かシャワー浴びたいね」
近くで銀装飾品を売っているお姉さんと目が合う。オリーブグリーンのカーゴパンツを、スウェード柄の編み上げ靴にブーツインさせ、白いチューブトップがグラマラスな体型を強調させてる。お姉さんが動くたびに、揺れる長い黒髪と零れそうな胸。
「う……羨ましい」
溜息を1つ。気分が落ち込んでる時は何を見てもヘコみますね!またお姉さんと目が合う。にへらと笑うので会釈で返す。
私は、前屈み頬杖をつき考える。もう少し休憩したら宿探しを再開して、見付らなかったら公園とかで寝るとして、朝一で両替商かなぁ――
どれ位時間がたったんだろう、近くにいたお姉さんもいないし辺りが薄暗くなってきた。
「A-yo! 何ヘコんでんの?」
ベンチの後ろから抱きつかれた。首をむけると近くにいたお姉さんが、私の頬をむにむに弄って来る。むにむにされてるけど背中からはムニムニとした感触がする。
「ほれ、可愛い顔を沈ませてもアタイが嬉しくねぇんだ。笑え、無理にでも笑え。know meen? 」
頬を更に引っ張り口角を上げさせ、お姉さんもにぃって笑う。
「あの…… ちょ…… にゃにしゅるんでふか」
吃驚しながら答えるんだけど、ひよひよなんてもっと驚いて乾燥携帯餌を口からポトリと溢してる。
「困ってる奴、助ける、是スペキアスタイル、a,k,a単なるおせっかい」
歌う調子で擽りながら喋るお姉さんが、温かくて、優しくて、それが嬉しくて――
「ちょ…… 擽るのやめ…… 嫌…… 」
「いいから理由言ってみろって、ASAP! 」
「わかりました…… 言います、言いますから」
呼吸を整えてから、仕事でスペキアへ来た事、宿が確保出来なかった事を伝えると、お姉さんはキレ長の目を細めてにぃと笑った。
「なら簡単だ、アタイの部屋に泊まればいい」
「でも悪いですし、両替商行かないとお金そんなないですし、初対面の方の所に泊まるなんて申し訳な…… 」
細く綺麗な指をビッと目の前の私を指し、言葉を遮って。
「喋ればアタイとアンタはダチだし、何とかするのが流儀だし。そんかわりアクセ買っておくれよ。アタイは売れ残りがはける、アンタ泊まれる、コイン1つで手に入る。それで両方お幸せ」
って、百合の花の彫刻が施されてるペンダントをぷらんと揺らす。
「その…… 本当にお金ないんですよ? シュノッペ買っちゃったし」
「んじゃ、そいつくれよ。あーん」
大きく口を開けたので、シュノッペを運ぶとおいしそうにもぐむぐする。
「ハッハー、まいどありアタイはベルーサってんだ」
「私は、このペンダントと同じでリリーオ、リリーオ・アルネオです。こっちが相棒のひよひよ」
「へぇ偶然だね、やっぱ神様ってのはいるのかね。アタイは信じてないけどな」
石畳をトテテと抜けて、中央通りの1つ裏にある、小さなアパルトマン。ひよひよを入り口前で止めて毛布をかける。
「リリーオの相棒君だけは部屋にあげれないけど、そこは我慢してな」
「きゅるうるぅ」
荷物を持ってベルーサさんの後を追うように、階段を上って3階の一番奥に行く。ドアの先には没薬の静寂を連想させる香りが充満して、木目調テーブルと椅子、小さなクロスがアクセントになっていて、窓からは夜の群青が聖堂に渦巻いてる。
「荷物適当に置いてよ。洗濯物はそこの籠ね。あと、ローテーブルは作業台だから弄らないでね」
パイプ調なローテーブルの上には、百入茶みたいな深い緑の工作マット、注射器や粘土が雑然としてた。ベルーサさんはごちゃごちゃと散らかってるからって、恥かしそうにし笑う。
「そうだリリーオ、先にシャワー使っちゃいなよ。旅で疲れてるだろ」
鉄のバルブ捻って、嫌だった気分全部洗い流しちゃおう。沸き立つ蒸気、流れ出る音、染入る温もり、指先がらじんわりと伝わる。 水滴が球体のまま肌に留まり、泡と一緒にやがて落ちていく。
心の濁りが緩やかになったのを確認してから部屋に戻る。没薬の 柔らかすぎず、硬すぎず
主張しすぎない、それでいて個性のある神秘的な香りがたちこめていた。ベルーサさんは、ローテーブルの前で棒やすりで銀を磨いている。その指はまるで指揮者のように華やかで、艶やかで――
私のシャワー戻りに気がついたようで、一度中断させながら大きく背伸びを1つ。
「リリーオは会社とか母親に連絡しないでいいのかい? 」
「連絡はしないといけないです。ホロビューグラスの充電させて貰ってもいいですか」
「んぁ、ベッドの脇にコンセントがあるから使っていいよ」
鞄から眼鏡を取り出して、サイドボードに置き、コードを伸ばしてコンセントへ挿す。ベルーサさんは研磨する作業に戻っていた。
「それと母は一昨年に…… 」
暫くの間沈黙だけが続く、銀細工を磨く音だけが響き、連なる月の形をした細工のブローチに人工鉱石が施された。ベルーサさんはゆっくりと重い口を開いた。
「あれだ、ちと聞き方しくった。悪い」
ピピピッと充電完了のアラームが鳴る。
「旅の時なんかは寂しくなったりしますけど、ひよひよがいるので何とかなってます。今は目の前にお姉さんみたいな人がいますしね」
業とおどけた顔をして笑ってみせた。
「そうか、姉ねぇ。イイぜそれで、今日からアタイが姉ちゃんだ」
いひっと微笑んでから研磨へと集中する、姉さんに許可をとってから、ベッドへと腰掛け、セルフレーム眼鏡の電源を入れる。
私の目の前に電子の薄い青が浮かびあがる。同時に会社からの呼び出しがかかる。急いで通話パネルへと指を伸ばしタッチした。
「リィオ聞えてるか? 」
ふわりと包み込む様な優しい声、ホロビューのアイコンからは、編集長@26時には帰りたいと表示されていた。叔母さん今日も帰れないのか……
「あ、叔母さん」
「プライベート以外で叔母と呼ぶのは禁止だ。ちゃんとスペキアに着いたようだな」
「すみません編集長。それと今回のお祭り騒ぎで宿泊施設が取れず、現地の親切な方のお部屋で泊まる事になりました。眼鏡のバッテリーが切れていた為、報告が遅れました」
「まぁいい、予想以上の混み合いだ。それよりも親切な方とやらに換わってもらえるかな」
姉さんに眼鏡を渡すと、何やら色々と話込んでいるようだったので、銀細工に目をやる。
下弦に欠けた月に小さな人工鉱石がびっしりと覆いつくされ、光を吸い哂う連なる月の様だった。百合の花も綺麗なのだけれど、思わず窓から見える本物と比べてしまう、秋の連なる銀色のそれは、5つとも聖堂の後ろから顔をそっと出し、群青の夜を照らす、辺りを極彩色にころころ変化する丸く大きな物体が上へ下へと遊ぶ。
「珍しいだろ、バルーンって生き物なんだぜあれ。中身が全部ガスって以外何もわからないヤツでさ、夜中から昼頃まで聖堂の辺りをああやってんだ」
叔母との通信を終えた姉さんが眼鏡を返しながら教えてくれた。その後、2人で遅めの
御飯を食べ、旅の話をしてスペキアでの1日目が終わりました。
――本日、お姉ちゃんができました――